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2020年6月

泣き寝入りはしない

 

泣き寝入りはしない

 

ツイッターでの中傷被害が多い。

デマの投稿で名誉権や人格権を侵害された

との訴えで損害賠償として取り扱う事になった。

 SNSでの中傷は、学校のいじめと同じ構造。

「ネット暴力」「顔見えぬ恐怖」「特定の壁」

を無くす方針を明確にする事が必要だ。

 そこで「投稿者の特定」として

「発信者の氏名、住所、メールアドレス、

 IPアドレス」 開示の

裁判所の判断が決定して、政府・総務省も

手続きの迅速化が検討されている。

 新型コロナウィルスの感染者、クラスター

団体、医療機関、介護施設等への差別する

悪質な投稿やデマも排除させなければならない。

 ネット上の治安が少しでもよくなるような

制度設計をすべきである。

 

 

ここで俳句を。

 

題  素足

スりラーのビートを刻む素足かな   学

 

青空や素足の爪に海の砂

 

砂浜に伸ばす尼僧の素足かな

 

薄明のプラットファーム素足見ゆ

 

素足なり青葉繁れるてふ学舎

 

それとなく素足の指の力かな

 

生と死の間にありし素足かな

 

素足といふ美しきこゝろの調べ

 

潮騒を聞きし素足や存へむ

 

素足なり女嫌ひと言ふまじく

 

素足にてかけてくる少女ありにけり  

 

素足にてオリーブの樹へこんにちは

 

回想や素足の君は変はらずに

 

大地揺らすかに素足で駆けて来る

 

ひと雨ののちの華やぐ素足かな

 

素足行く熊野古道の森の径

 

網戸引く夜は獣めく素足かな

 

どこにでも眠る男の素足かな

 

  

 

 

題  夏落葉

 

青年は蹉跌の森へ夏落葉     学

 

夏落葉夜風も朝の名残かな

 

石垣の穴出る虫や夏落葉

 

体毛の伸び広がって夏落葉

 

夏落葉その先にある月日かな

 

北国の火山灰よな・を浴びたり夏落葉

 

夏落葉果てなき行方知らざりし

 

夏落葉扉開きし介護苑

 

カステラのうすかわあるや夏落葉

 

夏落葉山道ゆかば磨崖仏

 

夏落葉野の音消ゆる野の空に

 

青空に光を返し夏落葉

 

夏落葉足袋はほころぶほかになし

 

夏落葉油をひかぬ餃子かな

 

里山の鏡の裏や夏落葉

 

青空の窪みに溜り夏落葉

 

夏落葉点滅続く信号機

 

夏落葉神のなすままされるまま

 

夏落葉日暮を急ぐごとくなり

 

夏落葉糸屑取ってもらふとき

 

青空の嘆きのこゑや夏落葉

 

夏落葉わが青春の終りけり

 

夏落葉里は光につつまれて

 

幻燈を母の香として夏落葉

 

夏落葉二三度散りて煌きて

 

良寛の遊ぶ子のをり夏落葉

 

夏落葉老いて久しき空のいろ

 

屋根裏に獏を飼ひたり夏落葉

 

夏落葉太鼓のごときものなりて

 

 夏落葉朝から雲に日の射して

 

 夏落葉すこし仏の風まとふ

 

又降るる夏の落葉を見てゐたり

 

生きざまといふ死にざまありて夏落葉

 

夏落葉昼の空より風が吹く

 

夏落葉野兎はいつ子を産みし

 

夏落葉山刀伐峠下り来れば

 

夏落葉真昼おぼろに竜ノ口

 

夏落葉音は容を超えるかも

 

夏落葉巫女のひとりが襷して

 

死に時をときには思ふ夏落葉

 

除染夫の這入りし森の夏落葉

 

夏落葉空一枚が墜つるごと

 

夏落葉散るや原爆絵図の前

 

それとなく虚子の墓前に夏落葉

 

百万の葉の百万の夏落葉

 

真青に雨降つてゐる夏落葉

 

絵地図手に古町歩く夏落葉

 

夏落葉夕日の音に沈みけり

                                                

隠沼こもれぬ・に音立て落つり夏落葉 

 

 

 

 

題 「蚕豆」 

 

蚕豆の莢四寸に五六粒       学

 

蚕豆はさみどり水の匂ひけり

 

日照雨そばえ・来てより蚕豆の花盛り

 

軽口一つ二ツそら豆の花  

 

香の立つや空豆の皮剥きたれば

 

雷雲の近づきし蚕豆の花

 

ふるさとの風になるそら豆の花

 

放牧の牛の影空豆の花

 

蚕豆の急くこともなき余生かな

 

空豆の熟れて大地に近づきぬ

 

蚕豆を煮てささやかに生きる事

 

蚕豆を莢ごと煮るか焼くかして

 

蚕豆や玄関先に土地の酒

 

空豆に野暮な話の株価かな

 

人来るか来ないかは空豆に聞け

 

空豆を食うて祭りの準備かな

 

そら豆のその喜びを仲間とし

 

そら豆の花の咲きたり小川べり

 

そら豆の水車ゆるりと時刻む

 

そら豆の母の井戸端会議かな

 

蚕豆の福々として掌に   

 

蚕豆を手に受け風のつのりけり

 

 

 

題 鰹 

 

大空に放り上げたる鰹かな       学 

 

今更に夢と消えたる初鰹

 

大海を凹まして釣る鰹かな

 

初鰹海ゆく雲に乗つて来る  

 

初鰹茶漬けさらりと流し食ふ

 

大海を凹ませてゐる鰹漁

 

初鰹大海駆けていま此処に

 

目に浮かぶ鰹の群や金華山

 

初鰹捌く天意なる一片

 

神童のよく食べてゐる鰹かな

 

初鰹家にちちははみんなゐて

 

震災にあふも忘れて初鰹

 

青空に白雲湧きて初鰹

 

踏切の線路に零るる鰹かな

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プロ野球 無観客試合開幕 うれしい。

> プロ野球 無観客試合開幕

 

  6月19日(金)プロ野球がナイターで開幕。

 伝統の巨人阪神は3:2、

 吉川尚の逆転一発で,巨人通算 6,000勝。

 コロナ禍の中、明るい話題である。

  昭和33年の長嶋選手デビューの頃、

 丁度、テレビが我が家にも入った頃、

 ラジオでプロ野球中継を聞いて草野球、

 三角べースに明け暮れたガキ大将時代だ。

 自分が何をしているかさえ忘れて無中で白球を

 追った時代が昭和の雰囲気とノスタルジーで

 懐かしい。

  あれから60年以上過ぎてしまったが

 あるべき野球がなくて、今回見られた事に

 新たな感動をしてしまった。ありがとう。

 

>  突然 妻から提案があった。

 今日 冷蔵庫と電子レンジを買いに行こうと

 金は私が出すから、車で連れてってと。

 冷蔵庫についてはもう13年経つ。

 水漏れがあるからと。

 夏が来て、故障すると大変だからと。

 電子レンジは息子が独身時代に買ってくれたが

 この前廻る皿を割ったからと。

  Kデンキへ。

 K開店の開発部と一緒に東北各地・盛岡市郊外の

 青山等を回った事を思い出すが、

 実際手がけたのは、八戸店、山形本店、東根店等

 を思い出す。開店前に水漏れになって慌てたり

 開店日に法被を着て、駐車場の整理員に10人

 程会社から応援に出したこと等。

  冷蔵庫記念日は6月21日の夏至の日で100年

 になる。スタッフはよく見ていると、パナソニック

 等の派遣社員で、自分の会社の製品には熱心である。

  それに詳しい。これも買う切っ掛けにはなる。

 幅68cm、高さ1・85cm、両開きに妻が

 決めた。7月6日に家に配送するとの事。

 スタッフと妻が交渉して、リサイクル費など、

 6618円の割り引きにこぎつけつけたようだ。

  これにはだんまりが肝心である。

  電子レンジは手持ちしたが、

 リサイクル代2200円、引き取り代3000円

 との事。又 古いレンジをお店に持ってきたので

 3000円はかからなかった。

 小まめに妻の要求に従う。

  妻が冷蔵庫を予約する様子だったので、

 配送のうち合わせの際に、カードで支払っておいた。

  久しぶりの少し忙しい日であった。

 尚、コロナ給付金10万円はまだ届いていないが。

   

   父の日のじーじへの字と白いシャツ

  

 

> 「月見草」の俳句を作ってみた。

 

   福島の一夜を灯す月見草     学

 

   月見草ほのと原爆資料館

 

   白妙の源氏の君や月見草 

 

   忽こつ・と立つうさぎの耳や月見草

 

   月見草遠き記憶の疼きをり

 

   月見草明日帰るべき息子居り

 

   月山の沢音聞こゆ月見草

 

   有線の谺す日暮れ月見草

 

   月見草大地太古の韻きあり

 

   コロナ禍に独りの暮し月見草

 

   月見草見えざる水にそよぎけり

 

   月見草しばらくは白妙にして 

 

   松島に月白妙の月見草

 

 

> 7月号 楡の会俳句部選句及び講評 赤間  学

  を編集の笹川さんへ送付した。

    尚、仙台一高同窓会東京支部ホームページ

  (笹川さんは事務局で編集長)「

  に 7月上旬に掲載されます。

 

> 天 54 鯛の切身焼きませうか桜桃忌

 

  上句の「鯛の切身焼きませうか」というフレーズで

 ピントくる読者はいないでしょう。

 しかし下句の太宰治の命日、「桜桃忌」「大宰の忌」

 とくると、謎解きの如く思い出される方々もおられる

 でしょう。

  大宰の作品から戦時中の作品「津軽」の一節「鯛事件」

 を思い出す。

 二尺余りの鯛を旅館に持ち込み、姿焼きをお願いしたら、

 夕食に鯛の切身が出てきた事に怒ったとの実話であるが、

 大きすぎて七輪では焼けないし、

 時間がかかるから切り身にしたらしいが。

 そんなオタク情報での句作りもありだが、

 太宰の逸話としての玉川の句もあったが、

 有名では面白みがない。

 切り口のうまさで、たまたまの成功例だろうが、

 いや私個人の趣味からであろうが、

 ついつい取らされた句である。

 句会でもつい取らされる事があるが、

 作者との距離が近くなる瞬間でもある。

 百足さんの新刊書長編「荷風と戦争」の力作から

 「荷風」の題材の句などもどしどし俳句として

 作品化してほしいものである。

 

> 地 16 コロナの夏帰去来の辞は書けぬまま

 

  一読して、この句も類想句がない。

 新鮮な句である。

 さらに時事俳句に陥っていない。

 程よい思いを感じる句である。

 上句の「コロナの夏」とは今現在進行形の

 新型コロナ襲来の夏の言葉である。

 季語として「夏」「コロナの夏」が効いているかは

 別にして。

 切れにより、下句の「帰去来辞」「ききょらいのじ」

 は書けぬまま」に心情を察する機能が働く事になる。

 田園詩人の陶淵明が官職を辞して故郷に帰るときの

 漢詩である「帰去来兮」の(かへりなんいざ)と

 訓読で塩田先生に教えられたような気もするが、

 下句とコロナのどうにもすることができない夏との

 取り合わせが響いている佳作である。

 

> 人 17 厄和(な)ぎて帰りなんいざ夏来る

 

   この句も題が「帰」から「帰りなんいざ」

 を選んだが、下句の季語が「夏来る」が

 明日の希望へも繋がる明るい雰囲気に以て来ている。

 「コロナ」を使うか、「厄」を使うか、

 「疫」を使うか、臨機応変に使用が可能のように

 思うが、そのチョイスが俳句の内容と雰囲気に

 より相応しいか判断する事も重要である。

 

 

> 佳作50 青梅を漬ける季節となりにけり

 

   季語「青梅」をそのまま詠っていていいですね。

 そうだ。青梅を漬ける季節になったのだという

 呟きが俳句の命になっていて、「けり」できっぱり

 とした清潔感があふれる作品に仕上がった。

 

> 佳作18 夜釣りあけ手ぶらで帰る亘理浜

 

  季語は「夜釣り」で三夏ある。夜、川や池などで

 釣をすること。火を焚いたり、

 カンテラをつけたりすれば、おのずと魚が集まって

 くるので、手で捕まえることも可能である。

 涼みもかねた魚釣である。

 亘理浜とは私はイメージしぬくいが、荒浜の事かと、

 尚五音であれば「鳥の海」の吃水湖があり、

 夜釣りには、浜よりは川、池、湖が相応しい雰囲気

 があるように思います。

  尚、何が何でも亘理浜としてもいいのですが、

 俳句は虚実があって発展してきた文芸ですので、

 それはそれで考えてみては。

 「手ぶら」でも「大漁」でも俳句的感興は読者に

 とっては同じなようですね。

 

> 佳作35 昼見えぬ葉脈灯す蛍かな

 

  上句の「昼見えぬ葉脈灯す」のは何かと謎解きの

 如き俳句であるが、

 落としどころが、感動したのが「蛍」としてすばらしい

 句に仕上がりましたね。

 尚 俳句上級者に寄ると「昼見えぬ」が説明的と

 指摘がありそうです。

 読者をどれほど信じられるかは、句会での句友の

 感じ方から学ぶ事ができますね。

 だから、句友のレベルアップが必要になりますね。

 がんばりましょう。

 

> 佳作20 一人また帰らぬ友や初蛍

 

 この句も句姿はいいですね。

 季語は「初蛍」で夏である。

 蛍は夏の夜、水辺で冷たい光を明滅させながら集団

 で飛び交う昆虫。

 夜になるとルシフェリンという発光物質の働きに

 よる冷光を腹部に点滅させる。

 集団での求愛行動である。

 日本には四十種類以上のホタルが確認されているが

 代表的なものは国内で一番大きな源氏蛍とそれより

 小さな平家蛍である。

 独特の匂いがある。

 下句が「初蛍」から、蛍に死のイメージがあり、

 題が「帰」であるので「一人また帰らぬ友」と

 あるがよくわからない。すみません。

 

> 佳作11 花火果て潮の香渡る松林

 

  中学校時代、今の東松島市の菖蒲田浜の林間学校

 で石巻の花火を見た思い出がある。

 興奮して友達と見た後、潮の香渡る松林を星を

 みながら、将来の希望を話した記憶が蘇った。

 懐かしい思いの句である。

 

> 佳作52 衣替えおしゃべり弾む登校路

 

  季語は「衣替」で初夏、 俳句的には「更衣」

 (ころもがへ)の表記が多いようだが、

 先生などの学校関係者はよく見ておられる光景で

 あろうが、自分にとっても懐かしい風景である。

 参考までに

  通学の自転車の列更衣

  俳句では動詞より名詞で作る方が普通です。

 俳句は室町時代の連歌師の時代の漢詩の影響が

 あり、歌仙の発句を俳句として歴史がある

 からだろう。

  だから説明的にならない潔さが俳句の

 魅力なのです。

 そこから読者に詠みの自由ももたらします。

 最後は俳句は読者の解釈をとともに、

 作者の手から離れて一人立ちします。

 

> 佳作10 花火失せ月光輝く北の浜 

 

   季語候補は 「花火」と「月光」であり、

 季語は活かすには季語は主従関係をもたねば、

 曖昧になりやすくなる。

  この句では従「花火」で、主「月光」の関係

 になっている。

 花火は夏、月光は秋という具合に季も違う。

 つまり秋の句になる。

 それは時間経過で句作りしていると陥りやすい

 傾向になる。

 俳句は一時のある瞬間を切り取った画像であること

 が最善である。

 参考までに

  月光や音の失せたる北の浜 

 

 

> あとがき          赤間 学

 

 コロナ禍の新時代へ一歩一歩ずつ歩み始めたようだ。

 いろいろな生き方、働き方、

 学び方等提言がなされている。

 その中でテレワークの流れは止まらないように思う。

 その流れからこの句会もウエブで行おうという

 考え方もあるようだ。

 パソコンにカメラも内蔵されているから、

 簡単な設定で可能ですね。

 ウエブでの句会はいいですね。

 少しプライバシーが侵害されますが。

 考えてみましょうか。

 ただこの方式がいやで会員が減るのもいやだしね。

  ただし俳句は自分で静かに毎日毎日作り続ける事

 が肝心だと思います。

 コロナ禍、命の格差、人種差別、経済差別、

 怒りや暴動、絶望、社会の分断等、

 世界が何処に向かおうとも。

  俳句的な生活をそれなりに納得できると

 いいと思います。

 俳句的生活が暮らしのリズムになるといいですね。

 季節を感じながら、命の営みを感じながら、

 生活する事。

 それが俳句的生活かとも思うこの頃です。

 

> 推奨の暗唱句

 

 あるときは一木に凝り夏の雲     原  裕

 

 頭の上に夏の本流うごく夜明け    佃 悦夫

 

 庭草に梅雨入りし後の日数見ゆ    石塚友二

 

 梅雨の海また夕ぐれを重ねけり    間立素秋

 

 梅雨の夕日まぶた伏したる青蛙    五十嵐春草

 

 田を植ゑる親子に雨の一巨石     新村写空

 

 八ケ岳雨吹きおとす田草取      相馬遷子

 

 麦を刈りし鎌よみがえる夕日の丘   大井雅人

 

 七月の囀り近きほど穢れ       福田甲子雄

 

 夕刊を見て息災の暑さかな      丘村清風

 

 五重塔暗き各階驟雨の中       波多野 清

 

 象眠る喜雨のしぶきにつつまれて   有賀史郎

 

 頬白は陰を好まず夏の山       梶井枯骨

 

 わつと夏野がありて大仏殿ありぬ   針 呆介

 

 大降りのあと雲群るる夏木立     矢野芳湖

 

 樹といれば少女ざわざわ繁茂せり   金子兜太

 

 

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仙台一高楡の会俳句部6月号講評から

> 新型コロナ禍の新時代への対処策として

  政府、金融機関の中小企業支援策として

  持続化給付金の受注の幽霊法人問題、

  その給付金の遅れ等が懸念されている。

  しかし 今 考えなければならないのは

  今後の日本企業の生き残り策である。

   つまり 新時代の流れを推定しながら、

  時代にあった事業戦略策を査定する方法の制定、

  それにより、厳しく「企業のトリアージの仕組み」

  を早急に作成する事が重要であり、必要である。

  それが国の、政府の仕事である。

  つまり 企業の淘汰、取捨選択が必要になる。

  新しい時代へ新しい企業が必要である。

  変わらなければ生きていけない。

  

 

> 6月号 仙台一高 楡の会俳句部 選句及び講評 

  赤間 学 宗匠選

  (プライバシーから 作者無しで)

(尚 仙台一高同窓会東京支部のホームページで確認可)

 

 

天 42 まどろめば銀河の果ての遠蛙

 

 虚実は俳句の特権である。

 まどろんで夢に銀河の果を見ていたら、

 現実に戻れば遠くで蛙が鳴いているという

 意味に読んだが。

 そこに詩情があるか、感じる人がいるかということ

 でしょうが、私はいたく感動した。

 春の駘蕩感が新しい表現で示されている。

 「まどろめば銀河の果や遠蛙」と句を切った読み方

 をしたのだが。

「切字」を活かして、又、切字特有の、俳句特有の、

 一瞬のうちに別の世界を表現しているからである。

 新しい詩情が表現されている。

 尚 第65回角川俳句賞受賞者は ともに37歳、

 西村麒麟氏、抜井諒一氏は(第23回日本伝統俳句

 協会新人賞受賞者)で題「鷲に朝日」の50句の中

 の一句として「遠蛙ときをりすぐそこの蛙」がある。

 皆様はどう鑑賞するでしょうか。

 

地 1  風は良し賜り物はこの泉

 

 俳句は季語を活かしているかが評価の分かれ目になる。

 この「泉」はまさにこの泉である。

 こんなにも自由に俳句であそべる作者はすばらしい。

 上句の「風は良し」が効いているのだろう。

「風は良し」と「この泉」が化学反応を

 しているのだろう。

清々しい一句に仕上がった。

 

人 4  月山の霊溢れ出す清水かな

 

 この句も、虚実が活きている句である。

「月山の霊」と「清水」との呼応があって

 の感動である。

「月山の霊」の虚と、その感動の大きさが、

 現実の目の前の「清水」への思いだろう。

 俳句は説明でなく、見て、触れて、その現実の感性を

 天から降りて来るまで待つ文学である。

 

佳作25 学び舎は物音もせず花は葉に

 

 このコロナ禍で学校閉鎖が続いている。

 仙台市も5月31日まで休校である。

 人気のない学びやに人も影も物音もしない。

 母校の校庭の土手の桜も今は葉になっている。

 時の移ろいが必ず明日の希望をもたらしてくれる。

 いい句ですね。

 

佳作35 早苗饗や早乙女の手を神に添え

 

 さなぶりの説明になっていますが、

それを差し引いてもさなぶりの雰囲気が出て

 いいますね。

 「早乙女の手を神に添え」の「神に添え」が

 いまいちわからないが。

 できるだけ神とか天とか仏とか使わないで俳句を

 作りたいとおもうのですが、私もついつい使用して

 しまいますが。俳句らしい句になってきていますね。

 具体的な物に替えられたらいいですね。

 神に添えを碗に添えとか。例えば、

 早苗饗や早乙女の手を椀に添へ   

 参考まで

 

佳作39 孑孑のくねるを猫と見てをりぬ

 

 とてもいいですね。

 孑孑のくねる様子を猫とみていることを

 俳句として表現されており、

 俳句に手慣れた手腕が見えています。

 こんな肩の力を抜いた句もいいですね。

 

佳作37 夏めきぬ雲の白きに鳥鳴きて

 

 これもいいですね。

 素直で。爽やかな夏の到来がよりこの句で

 よみがえりますね。

 こんな句をどんどん見たいですね。

 

佳作44 筍の飯湯気立てて喉鳴らす

 

 喉鳴らすまで必要かな。

 喉鳴らす状況が上句で語られているので、

 それを読者に想像させのが俳句だと

 私は思っています。

 筍のご飯の湯気の立ちあがる

 参考まで

 

佳作34 薫風を受けてオルレの道光る

 

 これも初夏の雰囲気がでていますね。

 題材として韓国由来のオルレ、

 学生時代のワンゲルぽいものを想像していますが。

 宮城オルレは海も山も見えて景色のいい所を

 歩くようですね。

 新題材をいれて本当に「薫風を受けて」で

 とてもいい句になりましたね。

 季語の力が活きていますね。

 

佳作24 アクリルに透けて見えるは春遥か

 

 詩情あふれる俳句ですね。

 アクリルの持つ質感がうまく表現されていますね。

 それをハイカラに、ハイク仕立てにして「春遥か」

 と落とし込んだ手腕はお見事ですね。

 意味を問わない事が俳句の基本であるが、

 意味が通じなければ俳句にならない矛盾も

 含んでいるので難しいですよね。 

尚、 アクリルはコロナ対策のあれでしょうが、

 この句はとても気に入りました。

 

 また来月を期待して。

 

> 尚 赤間 学の句は

 

 若き女のしめやかに岩清水   学

 

 写生子のパレットの中風立ちぬ

 

 くちびるの風に敏しやライラック

 

 白樺の山毛欅はしづかに暑に向ふ

 

 夏霧を脱いで顕はる馬百頭

 

 

>尚 あとがきと推奨の暗唱句を掲載中

 

 暗唱句 (新みちのく歳時記から)

 永井孫柳編(東北大学生物学教授。饗宴創刊主宰)

  尚、1946年、永井教授は桑原武夫教授

(現代俳句は第二芸術とする論争)に俳句の資料

 を提供した人物です。

 

棒になる霜のみみずを掴みけり 阿部みどり女

日ねもすの風花淋しからざるや 虚子

毛衣を脱げば真肌のあらはなる 虚子

如来への道狭はまりて若奈畑  永井孫柳

沖に消えし流灯風を残しけり  菅原鬨也

津軽三味三十挺の弾始     大和田

冬の蠅逃げれば猫にとられけり 一茶

遠野路や曲り屋飾る掛大根   安部

雪掻きて手足の火照り抱きねむる 古賀まりこ

ひたひたと寒九の水や厨甕    山口青頓

みちのくの雪深ければ雪女郎   山口青頓

寒鮒の雲のごとくにしづもれる  山口青頓

行きちがふ顔をあげずに雪眼かな 皆吉

樹々の雪はたはた落ちて女坂   馬淵

水責の道具揃ひて紙を漉く    後藤夜半

 

 

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父の忌やいつしか麦秋の空に

 

 

>  芸術の灯を守れ

  音楽の灯を守れ 

  ウィーン・フィル活動再開 (6月5日)

  6月10日(水)NHKBS 

  22:00~22:40 放送予定

  世界もロックダウン後の再開へ

 

>尚 6月7日 NHK俳句 「夏」 小澤選 

   入選

 

   接岸時 大タイヤ凹みたる夏    学

  

   2月の 雪匂ふ蔵王の闇の追儺かな 井上選

  

   の句同様、今回も

 

   司会の戸田菜穂さんに好評であったが、残念。

 

 

> 父の忌やいつしか麦秋の空に

 

 1975年 昭和50年 6月4日 

 父栄吉60歳 永眠。

 もう四十五年になるんだね。

 今日 6月6日(土)父の墓参りに行ってきた。

 妻と近くに住む姉と一緒に。

 供花は大郷町プラザ「道の駅」が定番。

 百合、カーネーション、菊、紫の花等いきがいい。

  又、生産者の名のついた野菜、モロヘイヤ、

 ほうれん草、レタス、玉ねぎ 茄子、ゴボウ、

 わらび、さくらんぼ、ミニトマト、種無しぶどう、

 尚大郷町の宮城県北から一ノ関市等の岩手県南は

 米どころ、餅どころでもある。

 きょうは 栗おこわ等を買って、お墓へ

 役場から瀬見が森(阿部みどり女句碑がある)

 への径で、長崎の明星中学校の見える大郷共同墓地。

 300程の墓以外は白いマリンゴールドや

 ニッコウキスゲが咲き花園に化している。

 お墓をきれいに洗って、供花を挿し、線香を

 焚き清め、コロナ禍でも何もないように

 父 母、兄 にお守り                                   

 して頂くように真剣にお祈りした。

 そばの丘には千台程の太陽光パネルがセットしてある。

 眼を転じると麦秋の空があった。

 帰りは松島経由で仙台へ。

 瑞巌寺を過ぎて 少し左へ

 双観山の展望台から松島を展望、

 代ケ埼、煙突を短くした火力発電所、島々、

 桂島を見ながら、姉の子を海水浴に連れて

 いった思い出等をはなしながら

 三色団子を食べた。お茶がじつにうまい。

 更に、酒のつまみだろうが

 莫久来ばくらい:海鞘と海鼠の肝和え注文して

 食べながらいつかこの俳句を作ろうと思った。

 

> 「滝」俳誌は3月、4月、5月、6月7日も

 句会中止。

 主宰一子さんは2句千円の紙上句会を開催して

 6月号で会員40人が参加して講評を記載。

 特集でアクターコロナと俳人欄あり。

 私も「コロナ禍の中の俳人」を寄稿。その中の俳句

 

   コロナ禍の春の寒さの自宅にて 

   

   年寄りはかかれば死ぬや春嵐

 

   医療者へ銀座の鐘や春灯し

 

   五月憂しコロナ休暇といふ次第

 

 

> 「滝」8月号 「滝集」7句提出、4句選で掲載予定:

 締切6月25日

 

  忽こつ・と立つうさぎの耳や月見草

 

  郭公や久しく巻かぬ掛時計

 

  水はじく斧ほてるなり梅雨山河

 

  髪洗ふ洞に風の吹くごとく

 

  あの~といふ容のグラス夏の雲

 

  皿割って二夜三夜経てねむの花 

 

  俤の影を濡らして青田かな

 

 

   「8月号」 瀬音集

 

    「滝」

 

   白妙の源氏の君や月見草 

 

   写生子のパレットの中風立ちぬ

 

   桜桃忌髪洗ひつゝいくつ過ぎ

 

   黒き太陽の初夏遠き記憶の疼きけり

 

   ひと夏の海へ氷河の滝しぶき

 

   コロナの世くちなはの舌炎とも  

 

 

> 7月号、仙台一高楡の会俳句部 メール句会 

  締切6月12日

 宗匠として投稿者現在13名、選句と講評、あとがき等

 選句会員は同窓生と家族で30人前後。

 尚、仙台第一高校同窓会東京支部の会報としてメール配信中。

 尚 宮城県俳句協会会員 6人。

 百足副宗匠による題「花火」「帰」、5句

  

  > 遠花火俳諧の火を消すまじく

 

    手花火に帰るべき子のをりにけり

 

    白妙の源氏の君や月見草 

 

    ひと夏の海へ氷河の滝しぶき

 

    梅雨寒やメルトダウンの無明の灯

 

 

>  「6月号」 青磁会(常総市 中山一路代表)

  題「風薫る」「天道虫」「休」8句  選句中 

 

   宿坊の大き塗椀風薫る          学

 

   天道虫スカイツリーの空高く

 

   五月憂しコロナ休暇といふ次第

 

   夏迎ふ大いなる山抱くごとく

 

   さみどりの山繭の村通りぬけ

 

   種蒔に志功天女を与へばや

 

   掴みたる鮒のぬめりや青葉冷

 

   つばくらめ畳あをくて冷たくて

 

 

「7月号」 青磁会 締切6月30日

 題 「夏めく」「芍薬」「無」 8句 予定

 

   生真面目な眉毛伸びゐて夏めきぬ    学

 

   芍薬の紅を湖畔に零したり

 

   梅雨寒やメルトダウンの無明の灯

 

   黒牛の日照雨明りや桐の花

 

   蛍の夜土間通らせてもらひけり

 

   漆負けして甚平に痒くをり

 

   滝壺に生まれし風のありにけり

 

   桜桃忌髪洗ふつついくつ過ぎ

 

   黒き太陽の初夏遠き記憶の疼きけり

 

   あの~といふ容のグラス夏の雲

 

   コロナの世くちなはの舌炎とも  

 

 

 尚 5月号での 高得点句は

 

   大空にトランペットの暮春かな    学

 

 

>     青磁会 五月号句から 赤間 学の鑑賞

 

   ゆく春や下枝に白き花残し     中山一路

 

 下句の「下枝に白き花残し」から漠然とした連想は、

 白い花の咲く樹は清潔感があって美しい、

 又白い花が咲く樹は家のシンボルツリーとして

 植えている方が多いようだ等。

  花季の順から「白い花」は白木蓮、辛夷、雪柳、

 ジョーンペリー、満天星の花、小手毬、白山吹、牡丹、

 ハナミズキ等が図鑑的に思い出した。

  句の中の「花」を最初は桜とも思ったが、

 「ゆく春」と「下枝」から判断して、

 ハナミズキの映像として鑑賞した。

  なぜしつこくしらべたかは、一読したときの

 清潔感と懐かしい感覚、何故この句の何処から

 そう感じさせるものが生れるのかという

 思いからである。

  掲句を鑑賞すると、「

 ゆく春や」と下句と分断することにより、

 「白い花残し」の「白い花」の幻影が残像として

 目の前に残る効果。だから、

 青空の中に「白い花」を見ている作者の清廉な生き方、

 真摯な暮らしぶりをうかがえしれる清々しい人生哀歌

 に仕上がったのではないかと思う次第である。

  写生した十七音の詩にその生き方がはっきり見えて

 くるのが俳句ですよといっているようでもある。

 

 

   水底の石ひかりあふ啄木忌     永島理江子

 

 上句の「水底の石ひかりあふ」という

 透明な写生に対して、下句の「啄木忌」という啄木を偲

 んでの取り合わせの句である。

  因みに石川啄木は、岩手県渋民村、盛岡、青森、函館、

 札幌、小樽、釧路、そして東京へ、歌集「一握の砂」等

 を残し、最後は小石川にて肺結核の為、享年26歳、

 妻節子、父、友人の若山牧水に看取られ、

 四月十三日永眠。

  都会での成功を夢見て破れた無念の想いが、

 四月のまだ冷たい水底で石ひかりあっている

 季節感と相通じるものを感じた。

  啄木は心の奥底のいろいろな情の断面を表現

 する事に長けており、その哀感の歌を連想させて

 共鳴し合っている句姿と取り合わせた啄木忌は

 心に滲みる一句に仕上がった。

 

 

> 2020年1月から4月までの納得句。

 

  漉く紙に漉きし手をもて賜りぬ     学

 

  それぞれのふるさとにある雑煮かな

 

  藤蔓の太く捩じるる淑気かな

 

  寒鯉の寒鯉として動かざる

 

  大寒の光の粒の中にあり

 

  シベリアに遺骨残れり冬の星

 

  大鷹の命ひとつを掴みけり

 

  洗ふたび深まる藍や冬の川

 

  テノールにソプラノからむ雨水かな

 

  除染田に客土の山や日脚伸ぶ

 

  探梅の誰とも遭はぬ野山かな

 

  校庭の大樹忘れず卒業す

 

  石段のすきまにこぼるる菫かな

 

  灯の点る雛の間に父いましけり

 

 

 

> 新型コロナも地方では落ち着いてきましたが、

  プロ野球無観客試合を 6月19日からとして

  決定しています。坂本選手大城選手の抗体検査

  陽性、陰性判定それからどうするか。

  解決する課題が多いですが、少し少しずつ

  普通の日常へ、コロナと共生して

  ウイズコロナの世界をうまく作ってほしいですね。

  句会は仙台市民会館で7月5日からと予定しているが。

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