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2019年11月

句集「福島」をむじな会の一関なつみ女史鑑賞

> 東北の若い俳人(二十代)の会「むじな」が活動している。

 「2019むじな」令和元年元年十一月二十四日発行、

  編集 発行者 浅川芳直氏 平成四年生、宮城県名取市

  現東北大学院哲学博士課程在学中、因みに高校の後輩である。

 「駒草」同人である。

> この本に一関なつみ女史が「東北ゆかりの句集を読む」から

 句集「福島」を鑑賞して頂いている。

 一関なつみ女史は平成3年生、岩手県出、「小熊座」同人、

 三鷹市在住、第二回俳句四季新人奨励賞、

 

> みちのく、そして福島を詠う素直な言葉  一関なつみ

 

  赤間学氏は昭和二十三年宮城県生まれ、仙台一高楡の会

 俳句部宗匠、俳誌「滝」編集長、青磁会(中山一路代表)会員。

  土木技術者として、2011年の東日本大震災で大津波の

  被害に遇った太平洋沿岸の港湾施設、津波用河川水門や

  揚排水機場等の建設に従事されていた。職業柄、その現地に

  住んではいなくても自分が手掛けてきた物が一瞬で崩壊

 してしまう哀しみは計り知れない。

 

> この度は、福島を中心にみちのくの震災前後をまとめた

 句集を震災後福島県内で暮らしている一人として鑑賞させて

 いただきたい。

  赤間氏の作品の魅力は、震災前から変わらない素直な言葉を

 生かした伸びやかさにあると感じる。

 

>Ⅰ章 「暮れゆく秋や」

   暮れてなほ暮れゆく秋やみちのくは

 

  句集の一句目、初めて参加された松島芭蕉祭全国俳句大会・

 兼題の部で長谷川櫂氏の特選一席を賜った句であり、赤間氏を

 俳句の世界へ魅了するきっかけとなった句の一つ。

  上五中七の< 暮れてなほ暮れゆく >の素直さ、伸びやかさは

 みちのくの夕暮れの美しさ、深まる闇の豊かさが浮かんでくる。

 

>  雪はみな闇より生まる月の山

 月の山は山形の雪深い月山のことか、暮らしの傍にある月を

 浮かべた山でもいい。雪という微光を纏った存在が闇から

 生まれる世界観につい共感する一句。

 

  紅葉散るたび遠くなり母の耳

 

  鬼婆の棲みたる岩屋墜栗花雨(ついりあめ)

 

 鬼婆の棲む岩屋は福島県二本松市に伝わる安達ケ原の

 鬼婆のことだろう。

 

   山の宿蛾の取に来るランプの灯

 

   山里や野積の藁の日のうねり

 

  <蛾の取りに来る> <日のうねり> など難しい言葉を

  使わず情景を読みとれる巧みさに惹かれる。

 

    海鞘ほや・食へば幽かに動く蒙古班

 

  「松島」の句より、海鞘を食べて動く蒙古班が、今まで見た

 蒙古班の句の中一番印象に残る面白い取り合わせであった。

 

> Ⅱ章 「東日本大震災以後」

 

   こひのぼり居久根いぐね・の影に骨の家

 

 居久根は東北では比較的よく見かける座敷林のこと。

 骨組みだけ残った家と解釈したが、鯉幟の存在に

 大震災以後の救いを感じた句。

 

   白神の風留めてをり余苗

 

  徐々に震災の傷も癒えてきた北東北の風景。余苗への

 風はまだ少し冷たそうだが、何気ないみちのくの当たり前の

 風景が優しい。

 

    被曝の町の泡立草と信号機

 

 福島の避難区域となった第一原発付近の様子であろう。

 その町に暮らしていた人々の影はなく、代わりに泡立ち草の

 群生が町のそこかしこにある。電気が通っていれば、何事も

 なかったかのように信号も動いている。しかし 車も人の

 姿もない。まさに東日本大震災以後の世界をはっきり

 描いている。 

 

   新米の線量記すペンの先

 

  震災前より福島は東北の果物の名産地の一つで、米の産地

 として「コシヒカリ」や「ひとめぼれ」をはじめ、オリジナル

 品種を「天のつぶ」などを育ててきた。見た目では何も

 変わりないお米なのに放射線量を計測し、計らなければならない

 米農家や流通に携わる人たちの苦労や風評に対する苦難が浮かび、

 <ペンの先>にはつらい過去と少しずつ落ち着きはじめた未来が

 見えてくる一句。

 

   冬すみれ被曝検査を受けにけり

 

   セシウムの匂ひを持たず梅雨寒し

 

  <被曝検査>や目に見えない<セシウムの匂ひ>。

 福島を離れるとなり一層現実離れした言葉ばかりなのだが、現地に

 暮らす人々が一番気が気ではなかったのだ。 

  私が福島県の郡山市に住んでいた時は震災から二年ほど経って

 いたが、小中学生たちは首から測量計を下げているのが

 日常であった。

  セシウムに もし匂いがあったのなら少しは気休めと

 なったかもしれない。

 

   鯨波忌の昨日の海が今日も在る

 

 前書きに「師菅原鬨也を偲んで」とあり、中七下五の

 過去と現在の詩情が師への敬意と喪失感をたたえている。

 

   除染女の日焼の顔にマスク痕

 

 「除染」も震災後の福島ならではに思う。私も福島県に

 暮らしていた時に除染作業員の姿を見かけることがあった。

  炎天下でも作業員はマスクを着用し公園や公邸、庭先の

 地表部分をカリカリ削る地道な業の音が今も思い出される。

 「跡」ではなく、私たちのために作業してくれた女性の

 顔に残るのも放射能禍の一つの「痕」なのである。

 

> Ⅲ章 「福島2017」

 

   桜東風解体進む仮設かな

 

 個人的には仮設住宅という言葉が身近なものに感じる

 きっかけになったのもやはり東日本大震災の影響は

 大きいと思う。駅の近くや学校の近くに建てられた

 仮設が徐々に解体されていく光景。自宅へ帰りたい

 場所を失った人々たちが平穏な生活に戻れることを祈る。

 

 

   猪檻の置かれ落花の始まりぬ

 

  前の句とは対照に、住民の居なくなった町中には

 猪が現れるようになったことが話題になった。自然の

 の強さと本来の豊かな美しさの対比が儚い一句。

 

 

  秋天や福島ザブザブ洗ひたし

 

  福島や復興の灯の牡丹焚き

 

 表題となった「福島」を詠んだ句はいくつかあるが、

 <ザブザブ洗ひたし>と言い切った思いや

 <牡丹焚き>を通しての福島ならではの復興の

 期待が飾らない素直な言葉に込めれている。

 

   原発事故に遭へどなほ鮭遡上

 

   去年今年消してはならぬ村ひとつ

 

   白鳥帰るいまだ不明者ゐる海をかい

 

 少し前述と重なるが震災・津波・原発事故に対しての

 人の無力さと儚さ、自然界の動植物の力強さのコントラスト

 から福島の今を切実に伝えている。

 

> 赤間氏の句集を通して思いと言葉の力を痛感し、

 最後に改めて震災詠について考えるきっかけとなった。

 

> 震災直後、それから七、八年が経過して震災詠は

 誰が詠むべきか、題材としていつまでも詠むべきか

 私自身も再度考える。

 

  被災地の住民はもちろん東北在住者、出身者、学校

 や仕事でゆかりのある人、旅行でその地域を訪れた人、

  思い入れがあるすべての人が詠んでいい題材である

 と思う。

  そして 空前絶後の大津波を、原発の放射能禍の

 事実を風化させないためにも詠み続けることが

 大切であると考える。

  俳句の大会結果や誰かの選評を気にしすぎては

 いけない。

  自分にしか表現できない分野の一つとして ふと

 我に返った時に残していくのが、震災詠ではないだろうか。

  辛さや悲しみが込み上げる読み手もいるかと思うが、

 何百何千句を詠まれた類似した内容のようだと

 ないがしろにせず、過大評価せず受け取ってもらえたら

 と私は願う。

 

 > 今の福島を、みちのくを詠うには素直な言葉があれば

  充分なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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蓬田紀枝子著句集「黒き蝶」が出版された

>蓬田紀枝子著句集「黒き蝶」が出版された。


>2019年11月16日発行 できたての句集である。

 私の句集「福島」と同じ出版社 朔出版(鈴木忍社長)から。

 

>蓬田紀枝子さんは昭和5年、仙台市生、阿部みどり女に師事。

 「駒草」の三代目の主宰、平成15年に西山氏に継承。

  俳人協会顧問、

>私などにとって、俳句を始めた時から、先生であった。

 宮城県俳句協会幹事、現顧問であり、俳句大会では

 松島芭蕉祭、壺の碑の全国俳句大会の選者をなされていた。

 句集は「野茨」「一文字」「青山椒」「はんてんぼく」

 「自註蓬田紀枝子集」を既に発行されている。

  仙台野草園には、句碑がある。

  

   秋雲のあくまで高し碑の坐る  紀枝子

 

>句集「黒い蝶」は「平成十六年から平成三十一年」の

 第5句集である。

 題名は東日本大震災後の四か月後、夫の亡くなった日の夕方

 ふと庇より小さな黒い蝶が入ってきた事の句、

  

  黒き蝶庇をくぐる夕立かな  紀枝子  

 

 から句集名にしたとの事があとがきにある。

 

> 気になったのは 東日本大震災後のあとの句に変化が

 あるのかないのかであったが、

 私の期待に反して、その句風は変わっていなかった。

  震災後は「余震」を詠んだ句が4句並んでいるが、

 それ以上に夫の死別の念が強かったためであろう。

 それだけに、長年の修練があったのではないかと

 推測される。

  私などはかえって力が入って、気持ちをいれすぎのきらいが

 あったと反省しているが、やはり先生はちがっているとの思いだ。

 

> さて 今後長く読み返す句集であるが、

 それなりに現在の感銘句を示します。

 

> 北窓を開き背文字を覚ましたる

 

  底冷えや遮光器土偶の背の丈

  

  半円はまなこにかろし冬の虹

 

  家移りへ鰻屋のくる春夕焼

 

  菊の香の葉より立ちたるみどり女忌

 

  棲み古りて新しきもの花八つ手

 

  東日本大震災後

 

  淡雪として消えゆけり余震また

 

  黒き蝶庇をくぐる夕立かな  (夫の逝く日に)

 

  雪ぼたる吾子の小さき位牌かな

 

  盆提灯いよよ仏となりたまふ

 

  雪くるかステンドグラスのみどり消ゆ 

 

  雲雀野のはじまる一歩海嘯碑

 

  元旦の礼拝堂におく棺

 

  曾孫とふ手首足首菊日和

 

  ほととぎす廊下の奥に水の音

 

  初雀一羽のときもありて濃し

 

  雨はらと草濡らしたる虚子忌かな

 

  一草の揺れ止まざりしお元日

 

> 年とともに詠まれる句の深さが滲んで

  とても長く読み続けてゆく句集でした。

 

  

 

 

 

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2019.11/13陸奥新報社朝刊へ「俳句を歌う」記事寄稿 

陸奥新報社への寄稿文

「俳句と歌とピアノのコラボレーションに寄せて」

           

>「一字入魂 慈愛の歌声」   赤間 学

 

> 今年の俳句甲子園の優勝は弘前高校であった。

 この快挙を俳句を愛する者として誇りと

 祝杯を分かち合いたい。

 

> さて縁あって弘前市の名曲喫茶「ひまわり」で

 「俳句と歌とピアノのコラボレーション」

 のドイツ風俳句歌曲中心のコンサートを聴く機会を得た。

 歌は木村直美さん、ピアノは鈴木久巳子さん。

 又俳句の作曲は川村昇一郎氏、奈良岡英樹氏。

 

>  万葉集等の和歌を歌う事は以前にもあったが、

 私が知る限り俳句を純粋な歌曲として歌ってきたのは

 弘前オペラの重鎮・弘前ねむの会主宰木村直美さん

 しか知らない。

  コンサートは九回目で青史で辿るプログラム形式で

 構成されて、俳句を歌曲として歌ってきた二十余年の

 中から十七句を発表した。

  その中から記憶に残った作品は

 

> 眼下つがる肩離れゆく夏の蝶   加藤楸邨

> 鳥の群れ密談しきりななかまど  泉風信子

> 非常口に緑の男いつも逃げ   田川飛旅子

> 花は葉に別れの時の容赦なく  葛西秋遊子

> 母逝きて皮長々とりんご剥く   牧ひろし

> 遠花火切れし鼻緒の下駄のこと  鳴海顔回

> 星ふるや氷柱のなかに金平糖   大瀬響史

 

> 暮れてなほ暮れゆく秋やみちのくは 赤間学

 

>  鳥の群れの句は木村直美(俳号木村詩織)さんの

 恩師此岸俳句会代表泉風信子の句である。

 恩師との縁は二十余年前弘前公園での「夜桜を楽しむ会」

 でゲストの「天為」主宰有馬朗人氏(前東大総長)の

 オペラに詳しい俳人の姿に感銘した折、

 有馬氏への紹介の労が切っ掛けで入会した。

  恩師の突然の訃報の後だけに、追悼コンサートの趣があり、

 大胆さと繊細さに充ちた慈愛の歌声で一字一字心を込めて

 の歌い振りにとても感銘した。

  最後は初演の奈良岡英樹作曲の暮れての句であり、

 みちのく津軽の秋の夕暮れを、現代的感性でリズムと

 言葉のリフレーンを自由に駆使し、

 明快なテンポから断絶の超絶技巧を凝らした様式でありながら

 その作品の調和を図る若い才能が発揮され、

 それに応え得る歌唱であった。

  一方、ピアノ独奏はショパンのノクターン夜想曲 

 作品9―3が良かった。鍵盤を流れるような指の滑らかさ、

 そうしながらも芯の強い意志を示す指のタッチの確かさに

 酔いしれながら優美な秋の日の昼下がりを過ごさせて頂いた。

 今回のコンサートから市民一人一人の音楽文化の理解

 の深さを感じ、やはり弘前は楽都であることを

 実感した旅であった。

>  因みに私は現在仙台市在住の会社員であるが、

 五十年程前弘前大学で木村さんと学部は違うが

 音楽仲間であった。

 創生期の弘大フィル(チェロ奏者)弘前オペラ(フィガロの結婚)

 青森県作曲家協会(第一回出品・白いデスタンス)等

 楽しい音楽の日々を過ごした。

  又、「ひまわり」は同人誌「飛土」の仲間を誘っての

 恋花を咲かせた青春の場所であった。

 

> (仙台一高楡の会俳句部宗匠、

 俳誌「滝」編集長、日本伝統俳句協会員)

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「みちのく」と「海」を題としての記事から

>みちのくの今を生きる 海編    赤間  学

 

  海上の構造物築造土木技術者として四十余年の経験から、

 毎日のように海の句を作る機会を得られた。私は

 

>夕焼けを使ひ切つたる作業船   学

 

  十数年前、「滝」月例句会で菅原鬨也前主宰に初めて

 認められた俳句と自負している。

 「夕焼け」の季語が効いている事、独創的で生活感

 もあり佳作であるとの評価であった。

 しかし、東日本大震災の大津波に襲われた海岸部の崩壊、

 その被害を見るにつけて、海を見る見方も変わってきた。

  そんな折に、平成三十年十二月十九日朝日新聞夕刊用に

 十二句の原稿依頼があった。

 題「みちのく」として発表した句を示す。

 

>みちのくの深き黙あり牡蠣筏   学

 

 震災後の復興再生の南三陸の海の姿である。

 そして最後の句として、

 

>みちのくのざらつく空や冬木の芽 学

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第50回定期演奏会 弘大フィルを聴く

>仙台から弘前へ車で東北高速道を走っていたが、

 安代ICで事故で閉鎖、下を走り小坂ICから

 また復帰したが、のんびり紅葉の中走って着いた。

 

>11月2 日(土)午後4時から 

 第50回定期演奏会 弘前大学フィルハーモニー管弦楽団

 の演奏会が 弘前公園の弘前市民会館で挙行された。

 

>演目は  第一部    指揮:三浦翔之輔(学生)

 「ぺール・ギュント」Op.46より 第一組曲:E.グリーグ

 

 聖譚曲「キリスト」S./R.478より  第5曲

 「東方三博士」  :F.リスト

 

      第二部   指揮:今 廣志

 交響曲 第2番 ホ単調 Op.27   :S.ラフマニノフ

 

>第一部は学生指揮者での演奏であったが、丁寧な指揮ぶりで

 好感ももった。

>今回の第50回記念の演奏会は6月にあって、その演奏を

 聞いたが、新入生も40人程おり、しっくりいかない点も

 あったが、反省会、二次会午前様で一緒に呑んだりしたので

 そこそこに演奏の記憶しかなかったが。

>今回の第二部は指揮者:今氏の第50回を意識した渾身の

 演奏ぶりに震撼せんしたほどである。

 尚、今氏は第1回定期演奏会時は1年生であった。

 第一回から指揮者は45年間、安達弘潮氏(弘大名誉教授)

 であり 、安達先生の推薦で、大学の先生でなく、弘前

 交響楽団の常任指揮者今氏に白羽の矢が。

 あれから5年、納得の指揮者になっていた。

 円熟の演奏である。指揮棒より音が優しく遅れて

 出て来る瞬間の間のありかたが、すべてを示しているようだ。

 曲は学生が決めているとの事であるが、「ラフ2」を

 まさか学生オーケストラがこれほどの完成形で

 提示できるとは思わなかった。

>まさに第一回からの集大成としての「ラフ2」であった。

>弘前市民会館の大会議室での例年の反省会も1時間にのぼり

 佳境に際に、指揮者の今氏と私が感想を話させて頂いた。

>因みに第2回目のインスペクター(団長)は私であり、

 今指揮者は後輩にあたるが。

>私の弘大フィルのつなぎも一段落したように感じているが

 チェロの後輩からまた来年もとのコールを頂いている。

 

 

 

 

  

 

 

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弘前大学フィルハーモ二ィ管弦楽団50周年記念演奏会へゆく。

>弘前大学フィルハーモニィ管弦楽団(弘大フィル)の

 50周年記念演奏会が年11月2日(土)

 午後4時から弘前市民会館で挙行される。

 

>朝出発の準備中にこの記事を書いている。

 

>嬉しくて書かずにいられないからだが。

 

>10月23日(水)にも弘前市へ車でいった。

 木村直美(旧姓知北直美)(俳号木村詩織)の

「俳句を歌う」演奏会を聴くためにある。

 この記事はおって赤間 学署名で 陸奥新報に

 掲載予定ある。こうご期待。

 

>尚 6月には50回のサマーコンサートも聴きに

 いったが、二次会の飲み会まで参加させて頂き、

 楽しかった。何故なら指揮は5年前から安達先生から

 後輩の友達今氏になっていること。

 同じチェロの後輩、高橋氏、藤田氏がいたので。

 

>第一回定期演奏会は安達先生作曲指揮「ラプソディー津軽」

 で始まり、エグモント序曲、べートーベン第一交響曲等

 であったが、今回のプログラムはブログを見てね

 

>愉しんで行ってきます。

 日曜日の句会は欠席ということで。

 

 

 

 

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