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2019年6月

句集「福島」2011年以前 松島編より

>句集「福島」20011年以前 松島編より

 

> 2004年代

 

  捨玩具るりいろといふしぐれかな

     (すてがんぐるりいろというしぐれかな)

 

> 2005年代

 

  松島の時雨て来たり昆布巻

  (まつしまのしぐれてきたりこんぶまき)

 

  異腹のあやとる橋のしぐれかな

  (ことはらのあやとるはしのしぐれかな)

 

> 2006年代

 

  舟形山の見ゆる川辺に帰省かな

  (ふながたやまのみゆるかわべにきせいかな)

 

  時雨るるや鳴子こけしの小さき眸

  (しぐるるやなるここけしのちいさきめ)

 

> 2007年代

 

  松島の海揺らぎなき帰雁かな

  (まつしまのうみゆらぎなききがんかな)

 

  海鞘喰へば幽かに動き蒙古斑

  (ほやくえばかすかにうごきもうこはん)

>2008年代

 

  仏来て秋の日入るる雄島かな

  (ほとけきてあきのひいるるおじまかな)

 

  松島は時雨て居りぬ萩茶碗

  (まつしまはしぐれておりぬはぎちゃわん)

 

>2009年代

 

  鮭を搏つ他用なき棒や村芝居

  (さけをうつほかようなきぼうやむらしばい)

 

 

>2010年代

 

  旅にゐてなほ旅を恋ふ翁の忌

  (たびにいてなおたびをこうおきなのき)

 

  草枕理無き老いのしぐれかな

  (くさまくらわりなきおいのしぐれかな)

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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6月5日(水)陸奥新報に句集「福島」木村詩織書評掲載

>6月5日(水)陸奥新報12面に句集「福島」木村詩織書評掲載。

 

> 書評

 

「淵に立つ人」の祈り

  赤間 学句集「福島」    木村詩織書評)

 

 

> 赤間 学さんが第一句集「福島」 (朔出版)を上梓された。

   何かの手が「福島」への愛と祈りを俳句にし、世に送り出した。

 

   

    先日、50年振りに仙台でお会いした。

 

         俳句集に纏う風を感じたかったからだ。

 

    彼は団塊世代で、弘前大学農学部農業工学科卒。

 

    共に創生期の弘大フィル、弘前オペラ、青森県作曲家協会等

 

    での仲間であった。

 

    高校から俳句に親しみ、同人誌「飛土」「斜坑」を経て

 

    平成4(1992)年俳誌「滝」(故菅原鬨也主宰、現娘成田一子主宰)

 

    に入会、現在編集部長をされ、また仙台一高楡の会俳句部会員50名

 

    の宗匠という立場にある。

 

 

 

> 句集「福島」は「暮れゆく秋は(東日本大震災以前)」「以後」

 

  「福島の今(日本伝統俳句協会賞佳作一席受賞作品含む)」

 

   の三章形式だ。

 

 

> 帯文より「福島の火蛾にならねばならぬかな」と標し、

 

  港湾中心の土木技術者(日本港湾空港建設協会連合会元理事)

 

  、東日本大震災では八戸港防波堤等の手がけた建造物が一瞬に

 

   崩壊し、大きな葬失感に襲われた、と記している。

 

 

> 先の仙台一高楡の会俳句部推薦句10句が挙げられ、ここでは一部

 

  紹介したい。

 

 

    あの日より水仙は我が地震の花

 

 

    床に膝給ふ行幸夏の月

 

 

   一行の詩の祈りや冬の星

 

 

> 東日本大震災以前の句を拝読した、なんと自由なことか。

 

 

  ゼロといふ数の発見春の水

 

 

  暮れてなほ暮れゆく秋やみちのくは

 

 

  捨玩具るりいろといふすぐれかな

 

 

> 津軽との往来も多い。津軽を俤として詠んだ句には

 

 

   桜又桜又又桜又

 

 

   グッド・バイの代はりに投げし林檎かな

 

 

> 著者が俳句の「定点観測地点」とするふるさと松島、松島芭蕉祭では、

 

   松島は光の器小鳥来る

 

  

   旅にゐてなほ旅を恋ふ翁の忌

 

  

   

> 港湾土木技術者として現場の海の句には

 

 

   夕焼を使ひ切つたる作業船

 

   福島は福島であれ夏の海

 

 

> 東日本大震災への慟哭、午後2時46分に時間を止める。

 

   春恨や海のめり来る逃げて逃げて

 

   文字のなき紙一片や牡丹雪

 

   春蝉の死や少年の喉仏

 

   大海にセシウム洩るる炎暑かな

 

   背高泡立草被曝校舎に浪の音

 

   影踏の影なかりけり鳥雲に

 

 

> 復興再生を目指し、家族とみちのくへの深い愛情と誇り、

 

  そして今を挙げる。

 

   迪花(みちか)生まれ来て海の底まで春

 

   福島のあしたの空へ菊根分

 

 

> 津軽は新緑の季節になった。

 

  「眼下つがる肩離れゆく夏の蝶」(句・加藤楸邨、作曲・川村昇一郎)

 

  津軽の広大な田園風景を歌ってきたばかりだ。福島の一日も早い

 

  復興を心からお祈りしたい。

 

  此岸俳句会会員、陸同人、現代俳句協会会員。

 

   

  

 

 

  

  

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

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句集「福島」2009年代

>5月12日に大学時代の音楽仲間、現在ねむの会代表

 弘前オペラ等で活躍している知北直美さん(俳号 木村詩織)

 と仙台市で50年ぶりにお会いした。

 陸奥新報社(弘前市)へ句集「福島」への批評記事を掲載するために。

 それが6月5日朝刊に掲載されるとのメールが届いた。

 御苦労かけてしまったが、大変うれしい。

 音信のとれてない人々も多いので、連絡があるかもしれない。

 

 

>句集「福島」2009年代

 

> 新春の空に志功の天女かな

  (しんしゅんのそらにしこうのてんにょかな)

 

> 鬼怒川の光る魚道や寒明くる

  (きぬがわのひかるぎょどうやかんあくる)

 

> マンモスの凍解進む地球かな

  (マンモスのいてどけすすむちきゅうかな)

 

> 春かもめ河口に浪の逆巻けり

  (はるかもめかこうになみのさかまけり)

 

> 路地裏の芥積む舟花は葉に

  (ろじうらのあくたつむふねはなははに)

 

> はつなつの汐満ちきたり芭蕉像

  (はつなつのしおみちきたりばしょうぞう)

 

> 朱夏の雨何処ぞで逢ひし阿修羅かな

 (しゅかのあめどこぞであいしあしゅらかな)

 

> 下町の火消纏や立葵

  (したまちのひけしまといやたちあおい)

 

> 青田より出で来る鷺の二つ三つ

  (あおたよりいでくるさぎのふたつみつ)

 

> 打水を了へて子らにもかけてやる

  (うちみずをおえてこらにもかけてやる)

 

> 万緑や人形は眼を開きしまま

  (ばんりょくやにんぎょうはめをあきしまま)

 

> 蝉時雨古りて綿ばむ紬糸

  (せみしぐれふりてわたばむつむぎいと)

 

> 八重洲の鐘や板前の夕涼み

  (やえすのかねやいたまえのゆうすずみ)

 

> 西瓜番小石飛び来る夜の小屋

  (すいかばんこいしとびくるよるのこや)

 

> 貝合の尼門跡の桔梗かな

  (かいあわせのあまもんぜきのききょうかな)

 

> すれ違ひざま秋刀魚零るる埠頭

  (すれちがいざまさんまこぼるるふとう)

 

> 山芋と鯨煮てゐる囲炉裏かな

  (やまいもとくじらにているいろりかな)

 

>この時代は 利根川への橋梁工事、

 鬼怒川の右岸堤防、水門工事(常総市花島町)をしていましたが、

 2016年(昭和27年)6月13日の鬼怒川氾濫の堤防

 決壊はこの工事の500m程上流の左岸(私の工事の反対側)

 国の下館河川事務所の出先や常総土木事務所側、国道357号線側

 現園央道の付近、で大水害に遇いました。左岸工事の補強工事計画が

 遅延していたようですね。

 

>2010年代

 

> 吾輩は爬虫類なり松の内

  (わがはいははちゅうるいなりまつのうち)

 

> 寒雀翔ぶや蛤御門より

  (かんすずめとぶやはまぐりごもんより)

 

> つばくらめ低し隅田の十二橋

  (つばくらめひくしすみだのじゅうにきょう)

 

> 菖蒲湯を焚きて訣れのあることを

  (しょうぶゆをたきてわかれのあることを)

> 早乙女の水を濁して植ゑにけり

  (さおとめのみずをにごしてうえにけり)

 

> 青嵐修司詩集をポケットに

  (あおあらししゅうじししゅうをポケットに)

 

> 鶴嘴の飛び散る火花百合の花

  (つるはしのとびちるひばなゆりのはな)

 

> 木簡乃以呂波仁保部止梅雨晴間

  (もっかんのいろはにほへとつゆはれま)

 

> 地のこゑの高(恭造田水湧く

  (じのこえのたかぎきょうぞうたみずわく)

 ※弘前市の眼科医、方言詩人。

 

> 山の子の山動かして泳ぐかな

  (やまのこのやまうごかしておよぐかな)

 

> 朝の蝉洗ひ晒しのシャツを着る

  (あさのせみあらいさらしのシャツをきる)

 

> いつまでも父の影ある大暑かな

  (いつまでもちちのかげあるだいしょかな)

 

> 竹筏曳く一艘や夏燕

  (たけいかだひくいっそうやなつつばめ)

 

> 地球儀の海に漕ぎ出す冷し酒

  (ちきゅうぎのうみにこぎだすひやしさけ)

 

> 嫁ぎゆく娘と旅やアロハシャツ

  (とつぎゆくむすめとたびやアロハシャツ)

 

> 爽やかや誘導灯に浮かぶ闇

  (さわやかやゆうどうとうにうかぶやみ)

 

> 露けしや月の裏側見て還る

  (つゆけしやつきのうらがわみてかえる)

 

>  陸奥のむかさり絵馬や秋の虹

  (みちのくのむかさりえまやあきのにじ)

 

> もう鮭のかたち留めず流れゆく

  (もうさけのかたちとどめずながれゆく)

 

> いま語りはじめたばかり後の月

  (いまかたりはじめたばかりのちの月)

 

> グッド・バイの代わりに投げし林檎かな

  (グッド・バイのかわりになげしりんごかな)

 ※グッド・バイは太宰治の最後の未完の小説。

 

> 鼻先に航空母艦大根引く

  (はなさきにこうくうぼかんだいこひく)

 

> 神々の意とは異なる海鼠かな

  (かみがみのいとはことなるなまこかな)

 

 

>2011年代

> 初春や海を真横に一輪車

  (はつはるやうみをまよこにいちりんしゃ)

 

> 縄文人の骨の飢餓線冬銀河

  (ぼうもんじんのほねのきがせんふゆぎんが)

 

 

>そして 2011年3月11日14時46分 時計は止まったままだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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