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句集「福島」  第二章  2016年

>今日は天気がいいですね。南相馬市にいますが。

  朝、村上海岸にも、原町の高地区にも白鳥がいなくなっていた。

  馬事公苑の上り口の早咲き八重桜が二三輪咲いていた。

 テレビではまだ放送していない。するとどっと人が来るけどね。

 その上の南相馬市フライングクラブ片倉飛行場にラジコンならぬ

 猿軍団、50匹程が日向ぼっこしている。

 奥州行方、四季の郷の道なりに日が当っている。

>さて、震災復興・復旧のコンサル技術支援者としての仕事の

 話が来てからもう5年目(2016年)の俳句の紹介です。

> その前に、思い出したが、震災直後にすぐに電話で港湾

 関係の財団からコンサル業務依頼の話があったが、

 震災の現状を見るにつけ迷った。

 迷った理由は それ以上にF1福島原発事故の

 影響があり、宮城県最も南の丸森町、娘の嫁ぎ先の

 白石市への放射能の影響が顕在化してきたので

 少し待ってもらった経緯がある。

  F1から白い煙があがったとのラジオ放送を冨沢中学校

 の避難所で聞いた深夜、夜回り中に北風が強く吹いた事

 が思い出される。

  あの北風が宮城県、特に仙台市への影響を少なくしたと

 考えられるが。つまり双葉大熊の原発の放射能が

 北東風にのり、浪江町から川、谷沿いに 川俣、福島市

 、伊達市へと来て、福島と宮城の県境の国見付近にきた

 とき夜回り中の北風が堰きとめくれたようだ。

  その放射能は 福島市、二本松市、郡山市、白河市、

  を過ぎて那須等の北関東へ流れたと思われる。

   それをアメリカのペンタゴンはスピードで追跡測定

 してをり、その結果、危険と判断して軍関係者・日本

 在住者等には避難通知を出していた。

  ところが「ともだち作戦」という名目でアメリカ海軍兵

 は知っていながら 被爆しても救助、救援にあたった。

 今被爆問題がアメリカで訴訟事になっているが。

 感謝である。

 それに引き換え日本もそれを把握していながら、公表は

 なされなかった。、

 その為に、放射能の多い方に、浜通りの住民、双葉相馬

 市やいわき市の人々は福島市や郡山市へ逃げた。

 線量の高い郡山市までしか配達用トラックは来なかった。

 そんなあほらしいことが判るにつれて、

 国、、自治体への不信感が増したものである。

 危機管理における役所の防衛本能という壁があり、

 人災に繋がる隠す体質にいらいらが募ったものである。

 気を取り戻して、2016年の俳句の紹介です。

>2016年

>立春の児の歩き出す地球かな

 (りっしゅんのこのあるきだすちきゅうかな)

>てふてふの野には日の渦風の渦

 (ちょうちょうののにはひのうずかぜのうず)

>いなだ東風いまも同居の仮住ひ

 (いなだこちいまもどうきょのかりすまい)

>すかんぽ齧る曇天に生きてゐる

 (すかんぽかじるどんてんにいきている)」

>菜の花や膝に来る児の日の匂ひ

 (なのはなやひざにくるこのひのにおい)

>桜又桜又又桜又

 (さくらまたさくらまたまたさくらまた)

 大河原町・船岡、白石川原の一目千本桜

>蝶ヒマラヤを越ゆ海底に大和

 (ちょうヒマラヤをこゆかいていにやまと)

>一枚の空一枚の麦畑

 (いちまいのそらいちまいのむぎばたけ)

>呼び水注して野井戸汲む麦の秋

 (よびみずさしてのいどくむむぎのあき)

>セシウムの匂ひを持たず梅雨寒し

 (セシウムのにおいをもたずつゆさむし)

>浜の転覆船に潮満つる夏

 (はまのてんぷくせんにしおみつるなつ)

>空梅雨やセシウムの静かに降りぬ

 (からつゆやセシウムのしずかにふりぬ)

>枇杷熟るるなかなか覚めぬ昼の酒

 (びわうるるなかなかさめぬひるのさけ)

>逃げる子を叩くも楽し天花粉

 (にげるこをたたくもたのしてんかふん)

>冷え曇る硝子の窓や山開

 (ひえくもるがらすのまどややまびらき)

>夜の水に日の匂ひあり青葡萄

 (よのみずにひのにおいありあおぶどう)

>法灯の零るる板間星月夜

 (ほうとうのこぼるるいたまほしづきよ)

>夜までに少し間のあり虫のこゑ

 (よるまでにすこしまのありむしのこえ)

>観音の胎内に人満ちて秋

 (かんおんのたいないにひとみちてあき)

>鯊日和山は山として据わりをり

 (はぜびよりやまはやまとしてすわりをり)

>一握りの新米を盛る家祠

 (ひとにぎりのしんまいをもるいえほこら)

>汚染水のタンク増設秋暑し

 (おせんすいのタンクぞうせつあきあつし)

>被災者の戻らぬ町の無月かな

 (ひさいしゃのもどらぬまちのむげつかな)

>草の穂の翔んでまもなく風のもの

 (くさのほのとんでまもなくかぜのもの)

>稲架の棒立てて大星雲の中

 (はざのぼうたててだいせいうんのなか)

>雁の道ゆく雁の一途かな

 (かりがねのみちゆくかりのいちずかな)

>ランボー忌ビニール傘の中の空

 (ランボー忌ビニールかさのなかのそら)

 ランボーは仏の詩人。アフリカで死亡。

>アフリカを発つ原人に時雨けり

 (アフリカをたつげんじんにしぐれけり)

 人類はアフリカが起源で、今列島まで日本人は旅をしてきた。

>冬かもめ戦争のなき世のために

 (ふゆかもめせんそうのなきよのために)

>ぱらぱらと鳥獣戯画の小春かな

 (ぱらぱらとちょうじゅうぎがのこはるかな)

>ランナーの鎖骨枯野を明るくす

 (タンナーのさこつかれのをあかるくす)

>奥山の樹になるまでの日向ぼこ

 (おくやまのきになるまでのひなたぼこ)

 「おおいお茶」の掲載句、

>冬日抱き白き服ゆく廃炉棟

 (ふゆびだきしろきふくゆくはいろとう)

>一塊の心臓動く白鳥ら

 (ひとかたまりのしんぞううごくはくちょうら)

>凍て空に突き刺さる猟銃の音

 (いてそらにつきささるりょうじゅうのおと)

>次回は 2017年ですね。福島県浜通りの仕事が多くなりました。

 

 

 

 

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