« 2019年2月 | トップページ | 2019年4月 »

2019年3月

みちのくの春もそこへ来ていますよ

>みちのくの春もそこに来ていますよ。
>南相馬市の馬事公苑の登り口からの八重桜が
 八分咲きですよ。
 見物の夫婦ずれがめだってきた。
 尚 二三日前の寒の戻りと強風でもう散ったさくらも
 何本かあり、日当たりのよい場所の桜は満開である。
>イチローの引退で、弓子夫人がクローズアップされている。
 8歳上の元TBCアナンサー。イチローと価値観を同じでなければ
 こんな生活おくれなかったでしょうに。いいね。

>句集「福島」より2000年頃から

 
> 五線譜の落つる一枚夕月夜
  (げせんふのおつるいちまいゆうづきよ)


> 門も戸も開けつ放しや稲穂風
 (もんもともあけっぱないしやいなほかぜ)


> 川岸の霧に炉を焚く蝦夷の血
 (かわぎしのきりにろをたくえみしのち)


> しひようしひよう雪積み重ね寒立馬
 (しひょうしほうゆきつみかさねかんだちめ)

> 馬橇のまだ雪蒼き中を行く
 (うまぞりのまだゆきあおきなかをゆく)

> 禽去つて寒林の空墜ちてくる
 (とりさってかんりんのそらおちてくる)


>次回も宜しくお願いします。
 乞うご期待。

| | コメント (0)

青磁会 中山一路会長 雁渡る民族絶えて言葉絶え 学 鑑賞

>私は青磁会会員です。
 十年程前に利根川橋梁や鬼怒川堤防水門築造をして
 いたときに、茨城県常総市水海道の図書館での句会
 に参加させて頂いたのが初めでした。
 その会長である中山一路先生からの鑑賞です。
>雁帰る民族絶えて言葉絶え   学


  近代文明の発達は人類に数知れぬ恩恵をもたらしたが、

 その一方で多くの歪みを生じたことも亦事実である。

 例えば人類史的に見るとアメリカ大陸の開拓によって、

 先住民のインディアンが大陸の片隅に追いやられてし

 まったのは周知の事実。同様の現象はオーストラリア

 の先住民アポリジニも同様。

  日本の場合はこれらの国々よりもさらに早い。北海道

 樺太、千島列島などに古くから居住したアイヌ民族は

 倭人や露人の進出によって、片隅に追いやられ、細々と

 その命脈を保っている。

  この句はそのアイヌ民族とアイヌ語の衰退に深く心を

 寄せ、その悲哀に寄り沿った句であろう。

 「民族絶えて言葉絶え」という強い断定の表現によって

 作者の深く熱い思いが噴出すように表現された。

 ことに下句「言葉絶え」の表現が重い。

 言葉が絶えるということは、その民族の歴史、伝統、文化

 などがすべてこの世から消失してしまうことに繋がる。

  作者はそうした北方の先住民に寄せる深い思いを雁の

 北帰行に重ねて吐露したのであろう。遠い北国に向かう

 雁のこれから先の長い旅路とその困難に思いを馳せ、

 無事に目的地まで辿りついてくれよ祈る気持ち。

  それに、片隅に追いやられ、やっと命脈を保っている

 先住民に対する思いが渾然と融け合って隙がない。

 俳句には珍しく叙事詩的な名句と思う。


>中山先生ありがとうございました。

| | コメント (0)

イチロー ユニホームを脱ぐ

>イチロー ユニホームを脱ぐ
 日米通算4367安打。
 引退会見をずうと見ていた。
 息子夫婦がかみさんのスマホに後楽園の試合を
 バックネット裏からの写真を送ってきた。
 マスコミには引退試合は既成の事実だった
 ようだね。
 ごくろうさん。
 「明日もトレーニングしていると思います。」
 イチローらしい、引退の言葉だね。

>羽生結弦フリーで挽回だ。
>仙台の桜の開花は4月1日、万愚節(ばんぐせつ)
>今日は平日だが有給消化で休みだ。
 平成31年度も元気よく仕事だ。
 そこそこに遊びて仕事梅日和
>NHK俳句の5月第1週目八十八夜、2週目マーガレット
 3週目筍、4週目牡丹
 久しぶりに投稿してみようと作ってみました。
>八十八夜
 八十八夜しゃぼんの匂ふからだかな
 八十八夜真鯛をうまくほぐしけり
 八十八夜舐めて治しぬ指の傷
 八十八夜がばと起きては鎌を研ぐ
 八十八夜シールドマシン眠る地下


>マーガレット

 浅野真央マーガレットの花束を

 マーガレット智恵子の空の晴れ渡る
 旅の途中マーガレットのエーゲ海
 マーガレット土橋の空の揺るゝ中
 マーガレット日の匂ひ持ち帰る児は

>筍
 一寸とは行かずとも竹の子となす
 竹皮の闇に入りたる野川べり
 筍の空のあゆみに汽車通る
 瑠璃空や筍掘ると思はねど
 筍飯電話取り次ぐ子のこゑに


>牡丹

 くちびるの風に敏しき牡丹かな

 俤と見れば消えざる牡丹かな
 女の句女くさしや夕牡丹
 一息に闇は牡丹を押しつつむ
 ぼうたんの散りつゝ天の落ちきたる


>今日はこれまで。


| | コメント (0)

句集「福島」第一章 1998年代

>朝は寒いが日中は日の出ている場所は春を感じる。

>福島の森林整備がF1原発事故発生前の半分

 程度にとどまっている。

  七割が森林である福島は荒廃が進んでいる事に

 なる。間伐の面積は広がったが、植栽や下刈りが

 極端に落ち込んでいるからだ。

 きのこ原木栽培が本格化しないのも大きな要因だ。

 又 浜通り・いわき市・相双の地区が特に荒廃が進んでいる。

 森林再生は地滑り、洪水対策にも有効であるので

 ここにもしっかりと目を配らなくてはならない。

>句集「福島」より 1998年代

>燈籠の吹き溜まりたる向う岸

 (とうろうのふきだまりたるむこうきし)

  広瀬川の灯篭流しの光景であり、母の灯籠。

>椰子の実の流れ付く日の無月かな

 (やしのみのながれつくひのむげつかな)

 菖蒲田浜(七ケ浜町)の海岸で。

>竹林の揉まれて濃かり野分前

 (ちくりんのもまれてこかりのわけまえ)

 利府から松島街道の道すがら

>通草あげ径広げ来る子らのこゑ

 (あけびあげみちひろげくるこらのこえ)

  瀬見が森公園への歩道で

 、(隣は松島国際ゴルフ場ですが)

>赤とんぼ空に無数の穴あけて

 (あかとんぼそらにむすうのあなあげて)

  粕川から品井沼の田んぼの中で

>天穹に浮かぶ都市あり秋の空

 (てんきゅうにうかぶとしありあきのそら)

  竹田城の吟行で。

>次回まで

  乞うご期待。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

句集「福島」 第一章 続く 浅野祥がすごい

>NHK総合 10:15~ 北国からのコンサート2019 
 (東北六県向け)が ハンパなかった。
>それは最後の浅野祥さんと柴田さんとの津軽三味線である。
>浅野祥さんは「滝」俳誌と同じ時代を歩んできた縁がある。
 小学校5年の時に「滝」10周年に、三味線の
 演奏をして頂いている。更に15、20周年にも
 演奏を依頼して、秋保温泉岩沼屋での演奏は
 丁度プロ前、最後の演奏となった。
 ちなみにその時の司会は私でしたが、
 打ち合わせで高校の同窓と知ったので、
 妹(民謡歌手で)との演奏に徹した会として、自由に
 二人でぶっつけノンストップ1時間の演奏会になった。
 宮城県の各俳句界の主宰ものりのりで気に入り、
 盛大に盛り上げて頂きました。
 現在29歳で益々繊細な津軽三味線奏者である。
>因みに、東日本大震災で実家は全壊扱いと
 なったが、その祖父の大工のおじさんとの思い出の家
 でもあって、実家の木材を使用して再生楽器第一号
 として、各地で演奏会も開いています。
 BS 3月20日(水)15:45~ 見るべきですね。
>それに弘前大学入試出題ミス、ああ我が学部。
>さて 第一章 続きを
 
> 灼け土のまんまるまるの中に立つ
 (やけつちのまんまるまるのなかにたつ)
> 向日葵や土偶は並べて女なり
 (ひまわりやどぐうはなべておんななり)
> 浜茄子や遠き国より浪寄せて
 (はまなすやとおきくによりなみよせて)
> 滝壺の渦の離るる晩夏かな
 (たきつぼのうすのはなるるばんかかな)
> 稲光浮き上がりたる火焔土器
 (いなびかりうきあがりたるかえんどき)
> 縄文遠し蜻蛉の眼は赤し
 (じょうもんとおしとんぼうのめはあかし)
>次回に続く
  乞うご期待。
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

句集「福島」 第一章 暮れゆく秋は 1992年以後

>ほんとうに気温の出入りが激しい日が続きますね。

 3月15日(金)今日は一転して 穏やかでいい日。

>朝 検査の立会しながら、南相馬市小高区吉名の道で、

 泉沢の薬師寺・大悲山方面からの40代くらいの夫婦に

 出会った。 9時30分程であろうか。

 あれ 福島民報で随筆を提供していて、この道を

 自分の自宅兼本屋兼舞台フルハウス 

 (JR小高駅前大通りにあるが)から薬師堂まで、

 よく散歩していると書いてあったが、まさにそれである。

 芥川作家兼戯曲家柳女史、現在ふたば未来高校で

 演劇も指導していると書いてあったが。東京公演あり。

 なお、この道を歩く人は車以外いないであろうから。

 すぐわかった。毛糸の帽子を深く被っているので。

  そこで、句集「福島」を渡してあるので、

 知らない訳でもないが、仕事中でもあり、

 声はかけずに、軽く車から会釈した。

 なるほど随筆の内容は本当だったのである。

 バックミラーにはブラックもこもこコートの楽しそうな

 夫婦二人の後ろ姿が映っている。

>句集「福島」 第一章 つづき

 

> 寺山の鷹の空なる五月かな

 (てらやまのたかのそらなるごがつかな)

  いい具合に 寺山修司さんへの追悼句にあたった。

> 山刀伐の径薫風の立ちにけり

 (なたぎりのみちくんぽうのたちにけり)

  奥の細道の山刀伐峠での吟行句である

> 板の間に眠る子のをり雲の峰

 (いたのまにねむるこのおりくものみね)

> 東日流野の海いつぱいの代田かな

 (つがるののうみいっぱいのしろたかな)

  津軽の十三湊(シジミ貝で有名)からの干拓地。

 その為の若宮揚排水機場の築造工事をしました。

  平成4年度東北農林水産局長賞を受賞しました。

> 出羽の国山高くして囮鮎

 (でわのくにやまたかくしておとりあゆ)

> 新聞紙に鮎並びたる五六匹

 (しんぶんしにあゆならびたるごろくひき)

>又   次回まで

 乞うご期待。

 

 、

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

句集 「福島」 第一章 暮れゆく秋は  連載中

>昨日に比して気温は8度は下がったようだ。

 朝は 角田市では雪2cm程降っていて、車の

 フロント硝子には雪がしっかり残っていた。

 だが 朝6時にワイパーを回すとそのまま

 作動したので、凍ってはいなかったようだ。

  南相馬市は風が強く、10m以上 で寒い。

   マーガレットが咲いていた。

 

>マーガレットどうせ咲くならエーゲ海

 マーガレット見知らぬ人が声かける

>それでは第一章 暮れゆく秋は  昨日の続き。

> 凍て解けて崖の窪みの苔斑

  (いてとけてがけのくぼみのこめまだら)

> 石の上に一頭の蝶とまりけり

 (いしのえにいっとうのちょうとまりけり)

> 我に棲みつく古池の蛙かな

  (われにすみつくふるいけのかわずかな)

> いちめんの菜の花父の肩車

 (いちめんのなのはなちちのかたぐるま)

> 若鮎の瀬に来て川のふくれけり

 (わかあゆのせにきてかわのふくれけり)

> 曲家の歪みたる夜や田螺鳴く

 (まがりやのゆがみたるよやたにしなく)

>又 明日に続きます。

   乞うご期待。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

南相馬市馬事公苑の八重さくら二分咲きですよ3.13

>南相馬市馬事公苑上り坂前、片倉入り口の

 八重さくらが二分程咲きはじめました。

 16日、17日頃が見頃かな

>赤間 学第一句集「福島」  第一章 暮れゆく秋は

 1992年~2011年3.11

 暮れてなほ暮れゆく秋やみちのくは

 (くれてなおくれゆくあきやちのくは)

 立春や甕の底より藍立つ日

 (りっしゅんやかめのそこよりあいたつひ)

 春風やど真ん中なり太白山

 (はるかぜやどまんなかなりたいはくさん)

 ゼロといふ数の発見春の水

 (ゼロというかずのはっけんはるのみず)

 一湾の風に列なす芽吹きかな

 (いちわんのかぜにれつなすめぶきかな)

 エジプトの天秤思ふ春の月

 (エジプトのてんびんおもうはるのつき)

 よく食べてよく寝て野山焼きにけり

 (よくたべてよくねてのやまやきにけり)

>こんな感じで 第一章を書いてゆきます。

 乞うご期待。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

3.11が過ぎて 新たな課題へ

>3.11  暴風雨がすぎていった。

 今朝はすこぶる天気がいいし、気温も高い。

 浪江町等浜通りは軒並み16度を越えた。

 梅が満開であり、相馬家家老の梅は昨日の

 暴風雨で散ってしまっていた。

>さて 3.11 地方FM12社で東日本大震災の

 特番番組があった。

 その中の「FMいずみ」で「震災と俳句」のコーナー

 を20分程2回にわたってあった。

 仙台JR病院2階ロビーに俳句短冊を掲げている

 俳誌「澪」(52年間継続の)、主宰佐藤さんが

 話をされていた。

 そこで赤間学第一句集「福島」の帯句の仙台一高

 楡の会俳句部推薦句中心に披露して頂いた。

>その影響か 今朝、赤間学の俳句室 企業戦士の残照

 のブログの解析から、検索数が通常の5倍ほ約千件に

 増加していたが、なるほどラジオの影響は大きい

 ものである。

>ちょっと吟行すると

  村ぢょうのほとけ出で来ぬ梅の花

  (むらじゅうのほとけいできぬうめのはな)

 

>今後もこんな感じで、第一章の書き込みをしていきます。

 乞うご期待。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

{2019.3.11  まる八年が過ぎたね

>朝方から暴風雨である。

 仙台市は昨日と今日の気温差が10度(下)

  と予想されている。

>暴風雨低気圧(最大風速35m)は6時ごろが

 伊豆半島らしいので、福島浜通り ・いわき市が

 11時頃、F1が12時頃通過かかな。

 今日は南相馬市(原町区)に居るが、11時少し

 雨風が強く・冷えてきたようだ。

>5時30分の勤務終了時はここを抜けて

 釜石沖ぐらいでしょうか。

 高規格化常磐道は50km制限かな。

>暴風雨が通過してまもなく午後2時46分が近づいてくる。

>仙台市で被災したあの時は、地震後泉崎1丁目の

 一時避難所に集合し、ビニールシートを

 引き終えたとき、みぞれが降り始めた。

 宮城県沖地震対策(地震が38年周期で来襲する)

 で手巻きラジオが配布されていたが、それから

 津波が来襲してその高さが3mと放送されていた。

 10分もしない間にそれが、6mになり、30分後には

 9mと聞いた記憶がある。

>(尚 2日前に夕方に7弱の宮城県沖地震があり、

  テレビ等放送ではの理学部地球物理学の教授が

 その38年周期の地震が来たので、今後余震が

 あるが、今日よりは大きな地震はこないと発言して

 いた。この教授はこの見解のミスを認め、丁寧に陳謝

 していたことも思い出されるが。)

 

> この津波高さ・50年程前のチリ地震の志津川湾を

 襲った津波の記憶が甦ったが。

 まさかと信じられなかった。

> それよりも、町内会の事・自分の事でいっぱいであった。

 みぞれが降ってきたので、本避難所

 冨沢中学校(明日卒業式)の体育館へ避難誘導

 班と町内会への周知班、再度の安否確認予定者の

 移動班等に分かれて、私はハンドマイクでの周知

 者として2回ほど巡回した後、体育館へ。

 午後5時頃であったが、もう500人程と、

 校庭は車100台程に占領されていた。

>やはり 霙がいつのまにか止み、夜回り中の

 満天の星空がやはり忘れられない。

>そして 朝に知る海岸つたいの悲惨さを。

  ちなみに被災者向け 冨沢中学校への一番新聞

 は読売新聞、次ぎの日に河北新報社、

 夕方に朝日新聞が配布された。

>それから1年後には、ボランティア活動が目に

 見えてきた。多賀城の国交省にいたので、

 特に目にしたのは、七ヶ浜町・しょうぶた海岸前駐車場

 に東京方面からの若い人達が夜行バス2台程が

 毎日のようにきていたことに感謝の念でたまらなかった。

  後で聞いたが、活動後風呂にもはいらずだったと

 ききますます感動した。

>現在防災教育が叫ばれ、多賀城高校に防災科

 があるらしい。

 校内」でしか役にたたないとか、の負のイメージも

 あるが、防災教育はアンケートをとると

 64%が防災教育肯定派でパニックにならなかった。

 落ち着いて行動できたなどがあるが。

 若者への防災教育の充実が必要でしょう。

 更に現在ボランテア活動経験者が9%弱しか

 居ないようだが、この受け皿と充実が求められる。

>尚 最後に今日福島民報に忘れられた震災の記事があった。

 「藤沼湖」の悲劇と、(須賀川市の農業ダムの決壊)

 である。内陸部でも被害があたのである。

  これには弘前大学等含め土木科・農業土木科、地域環境科

  地滑り研究協会等がその検証をしている。

>その時の俳句

  決壊の溜池ぬらす蛍かな         学

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

句集「福島」 2017年 2018年

>今日は昨日と違い、気温は7度程下げて、又雨である。

 全国的のようである。仙台で昨日初めて梅が咲いたと。

 榴ヶ岡公園の梅でしょう。それにしても遅いけど。

 そういえば枯芝に若葉も添ゑて雨の中でしたね。

>2017年

>町捨つる人もありけり赤い雪

 まちすつるひともありけりあかいゆき)

 (大郷町史に大松沢あたりに 5月に赤い雪が

 降ったとあるが、大陸の黄砂が混じったものか)

>海隠す防潮堤や冴返る

 (うみかくすぼうちょうていやさえかえる)

 東北沿岸600kmに防潮堤が作られているが、

 何の為か、判らない。

>紅梅はまだ早かりし白石忌

 (こうばいはまだはやかりしはくせきき)

 実兄仁事俳号赤間白石が死んで3回忌だ。

>鯨波忌の昨日の海が今日も在る

 (げいはきのきのうのうみがきょうもある)

 「滝」元主宰の菅原鬨也師が逝去されて満1年が過ぎた)

>パーシモンの打音やさしや橘忌

 (パーシモンのだおんやさしやたちばなき)

 学友秋保温泉岩沼屋当主がご逝去された。

 ゴルフ仲間、練習場仲間でもあった。

>石棺の噂も立ちて凍返る

 (せっかんのうわさもたちていてかえる)

 (チェルノブイリ原子炉施設にしてはいけない祈り)

>鳥曇城はいつしか石のみに

 (とりくもりしろはいつしかいしのみに)

>メルトダウン後の春の闇の冥く

 (メルトダウンごのはるのやみのくらく)

>除染女の日焼の顔にマスク痕

 (じょせんめのひやけのかおにマスクあと)

>夏草や被曝の牛と生かさるる

 (なつくさやひばくのうしとうかさるる)

>大海にセシウム洩るる炎暑かな

 (たいかいにセシウムもるるえんしょかな)

>海底に山脈ありぬ夜の秋

 (かいていにさんんみゃくありぬよるのあき)

>桑楡の迫り来て蝉しぐれ一寸

 (そうゆのせめりきてせみすぐれちょっと)

>涼新たうす絹なせる山の水

 (りょうあらたうすきぬなせるやまのみず)

>曼珠沙華核廃絶のほむらとも

 (まんじゅしゃげかくはいぜつのほむらとも)

>流れ来て紅葉そのまま氷り付く

 (ながれきてもみじそのままこおりつく)

>枯菊を焚きて今年の畑仕舞

 (かれぎくをたきてことしのはたしまい)

>2018年

>浅春や竹林に聴く風の音

 (せいしゅんやちくりんにきくかぜのおと)

>下萌の有線ラジオ幕を閉づ

 (したもえのゆうせんラジオまくをとづ)

>春風を入れて農婦の授乳かな

 (はるかぜをいれてのうふのじゅにゅうかな)

>三陸の海の昏さや初燕

 (さんりくのうみのくらさやはつつばめ)

>大空に風の道ある遍路かな

 (おおぞらにかぜのみちあるへんろかな)

>年代別 俳句は取りあえずここまでです。

 第二句集はこれ以後となる予定です。

>尚 句集「福島」は第一章 1992年~2011年

   暮れゆく秋は

   次ぎの頁に書きます。乞うご期待。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

句集「福島」  第二章  2016年

>今日は天気がいいですね。南相馬市にいますが。

  朝、村上海岸にも、原町の高地区にも白鳥がいなくなっていた。

  馬事公苑の上り口の早咲き八重桜が二三輪咲いていた。

 テレビではまだ放送していない。するとどっと人が来るけどね。

 その上の南相馬市フライングクラブ片倉飛行場にラジコンならぬ

 猿軍団、50匹程が日向ぼっこしている。

 奥州行方、四季の郷の道なりに日が当っている。

>さて、震災復興・復旧のコンサル技術支援者としての仕事の

 話が来てからもう5年目(2016年)の俳句の紹介です。

> その前に、思い出したが、震災直後にすぐに電話で港湾

 関係の財団からコンサル業務依頼の話があったが、

 震災の現状を見るにつけ迷った。

 迷った理由は それ以上にF1福島原発事故の

 影響があり、宮城県最も南の丸森町、娘の嫁ぎ先の

 白石市への放射能の影響が顕在化してきたので

 少し待ってもらった経緯がある。

  F1から白い煙があがったとのラジオ放送を冨沢中学校

 の避難所で聞いた深夜、夜回り中に北風が強く吹いた事

 が思い出される。

  あの北風が宮城県、特に仙台市への影響を少なくしたと

 考えられるが。つまり双葉大熊の原発の放射能が

 北東風にのり、浪江町から川、谷沿いに 川俣、福島市

 、伊達市へと来て、福島と宮城の県境の国見付近にきた

 とき夜回り中の北風が堰きとめくれたようだ。

  その放射能は 福島市、二本松市、郡山市、白河市、

  を過ぎて那須等の北関東へ流れたと思われる。

   それをアメリカのペンタゴンはスピードで追跡測定

 してをり、その結果、危険と判断して軍関係者・日本

 在住者等には避難通知を出していた。

  ところが「ともだち作戦」という名目でアメリカ海軍兵

 は知っていながら 被爆しても救助、救援にあたった。

 今被爆問題がアメリカで訴訟事になっているが。

 感謝である。

 それに引き換え日本もそれを把握していながら、公表は

 なされなかった。、

 その為に、放射能の多い方に、浜通りの住民、双葉相馬

 市やいわき市の人々は福島市や郡山市へ逃げた。

 線量の高い郡山市までしか配達用トラックは来なかった。

 そんなあほらしいことが判るにつれて、

 国、、自治体への不信感が増したものである。

 危機管理における役所の防衛本能という壁があり、

 人災に繋がる隠す体質にいらいらが募ったものである。

 気を取り戻して、2016年の俳句の紹介です。

>2016年

>立春の児の歩き出す地球かな

 (りっしゅんのこのあるきだすちきゅうかな)

>てふてふの野には日の渦風の渦

 (ちょうちょうののにはひのうずかぜのうず)

>いなだ東風いまも同居の仮住ひ

 (いなだこちいまもどうきょのかりすまい)

>すかんぽ齧る曇天に生きてゐる

 (すかんぽかじるどんてんにいきている)」

>菜の花や膝に来る児の日の匂ひ

 (なのはなやひざにくるこのひのにおい)

>桜又桜又又桜又

 (さくらまたさくらまたまたさくらまた)

 大河原町・船岡、白石川原の一目千本桜

>蝶ヒマラヤを越ゆ海底に大和

 (ちょうヒマラヤをこゆかいていにやまと)

>一枚の空一枚の麦畑

 (いちまいのそらいちまいのむぎばたけ)

>呼び水注して野井戸汲む麦の秋

 (よびみずさしてのいどくむむぎのあき)

>セシウムの匂ひを持たず梅雨寒し

 (セシウムのにおいをもたずつゆさむし)

>浜の転覆船に潮満つる夏

 (はまのてんぷくせんにしおみつるなつ)

>空梅雨やセシウムの静かに降りぬ

 (からつゆやセシウムのしずかにふりぬ)

>枇杷熟るるなかなか覚めぬ昼の酒

 (びわうるるなかなかさめぬひるのさけ)

>逃げる子を叩くも楽し天花粉

 (にげるこをたたくもたのしてんかふん)

>冷え曇る硝子の窓や山開

 (ひえくもるがらすのまどややまびらき)

>夜の水に日の匂ひあり青葡萄

 (よのみずにひのにおいありあおぶどう)

>法灯の零るる板間星月夜

 (ほうとうのこぼるるいたまほしづきよ)

>夜までに少し間のあり虫のこゑ

 (よるまでにすこしまのありむしのこえ)

>観音の胎内に人満ちて秋

 (かんおんのたいないにひとみちてあき)

>鯊日和山は山として据わりをり

 (はぜびよりやまはやまとしてすわりをり)

>一握りの新米を盛る家祠

 (ひとにぎりのしんまいをもるいえほこら)

>汚染水のタンク増設秋暑し

 (おせんすいのタンクぞうせつあきあつし)

>被災者の戻らぬ町の無月かな

 (ひさいしゃのもどらぬまちのむげつかな)

>草の穂の翔んでまもなく風のもの

 (くさのほのとんでまもなくかぜのもの)

>稲架の棒立てて大星雲の中

 (はざのぼうたててだいせいうんのなか)

>雁の道ゆく雁の一途かな

 (かりがねのみちゆくかりのいちずかな)

>ランボー忌ビニール傘の中の空

 (ランボー忌ビニールかさのなかのそら)

 ランボーは仏の詩人。アフリカで死亡。

>アフリカを発つ原人に時雨けり

 (アフリカをたつげんじんにしぐれけり)

 人類はアフリカが起源で、今列島まで日本人は旅をしてきた。

>冬かもめ戦争のなき世のために

 (ふゆかもめせんそうのなきよのために)

>ぱらぱらと鳥獣戯画の小春かな

 (ぱらぱらとちょうじゅうぎがのこはるかな)

>ランナーの鎖骨枯野を明るくす

 (タンナーのさこつかれのをあかるくす)

>奥山の樹になるまでの日向ぼこ

 (おくやまのきになるまでのひなたぼこ)

 「おおいお茶」の掲載句、

>冬日抱き白き服ゆく廃炉棟

 (ふゆびだきしろきふくゆくはいろとう)

>一塊の心臓動く白鳥ら

 (ひとかたまりのしんぞううごくはくちょうら)

>凍て空に突き刺さる猟銃の音

 (いてそらにつきささるりょうじゅうのおと)

>次回は 2017年ですね。福島県浜通りの仕事が多くなりました。

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

句集「福島」 第二章 2015年

>2015年

>舞台を復興が一段落した仙台港・塩釜港・仙台空港から

 勤務実態は 福島県浜通り方面へ。

 初めて 福島県の大震災の復旧の進捗が遅れている

 事に唖然としました。

  福島第一原発の影響が色濃く、立入禁止措置がとられ

 通行許可証が無ければ通過できません。

>通行許可証を取得して、浪江町の請戸漁港等にいってきました。

 陸に舟が座礁し、墓の一団が倒壊してあります。

 コンクリートの家も崩壊し、木造の家は骨の家になって

 いました。そこころから 震災の悲惨な思い出と、原発事故の

 杜撰さと何故防げなかったかの疑問と、本当に原発は必要で

 あったのか等怒りが湧いてきました。

> 基本的に港湾技術者であれば、福島原発の設計浪高が土木学会

 での通常想定高さ6.5mを基準としており、普通の構造物の高さ

 を採用している事。因みに宮城県の女川原発は東芝が管理会社で

 すが、陸の原子炉などの陸上構造物と港湾施設建設とは

 分離発注受注形式であり、F1の一括受注とは違っている。

 つまり一括であれば、ゼネコンの施工会社は波高等の算定に、

 不馴れで、 安易に海を考えて設計していたとも考えられる。

 それにH教授の如くそれに意義を挟まない学者が多いのある。

>女川原発は江戸時代初期の浪高さ約12mを元に、港湾施工会社

 が設計して、それからいくらか上げて設計したものであり、実際にも

 12m近くの浪高さを記録している。それで海の被害が無かった

 と考えられる。

> 一方、仙台市若林区の連合町内会が、浪分神社という地名等から

 東北大学の理学部に貞観地震の地質ボーリングを依頼して、

 そこから工学部のH教授に算定してもらった。

 結果は12m程と想定された。東北大学の学内誌(まなびの舎)

 に東日本大震災2年前には発表されていた事実もある。

 これは高速道路を避難所にしてほしい為の査定であったのだが

 当時の仙台市長はその町内会の要望を無視していた。

 荒浜小学校付近の住民の命は守られたかもしれない。

 

>これらいろいろな事柄が 後の俳句に影を落としている

 ように今思っているが。

 それは時間が3年程経ってからふつふつと湧いてきた

 事と福島の現状を見たためであるかはわからないが。

 時間が経つと震災がよく見えてくるようだとも思う。

 冷静に語れるようにも思われるが。

>2015年

>山眠る男の眉の和むごと

 (やまねむるおとこのまゆのなごむごと)

>迪花生まれ来て海の底まで春

 (みちかうまれきてうみのそこまではる)

>春の日や生きるものへと水動く

 (はるのひやいきるものへとみずうごく)

>横丁に古井戸ありぬ朧月

 (よこちょうにふるいどありぬおぼろづき)

>地球上寝転べる若草あるや

 (ききゅうじょうねころべるわかくさあるや)

>白鯨を見たる記憶や朧月

 (はくげいをみたるきおくやあぼろづき)

>卒業できず家に帽子と鞄

 (そつぎょうできずいえにぼうしとかばん)

>春灯し指差す津波到着点

 (はるともしゆびさしつなみとうちゃくてん)

>校門に大空のあり卒業子

 (こうもんにおおぞらのありそつぎょうし)

>遠蛙目なし耳なし童子仏

 (とうかわずめなしみみなしどうしぶつ)

>薪能飛び火を闇の花とせし

 (たきぎのうとびびをやみのはなとせし)

>大空の根つこを探す揚雲雀

 (おおぞらのねっこをさがすあげひばり)

>鷹の巣や谷の底まで蔵王晴

 (たかのすやたにのそこまでざおうはれ)

>校庭の白線うすれ土手桜

 (こうていのはくせんうすれでてざくら)

>能面の裏の凸凹虚子忌なり

 (のうめんのうらのでこぼこきょしきなり)

>馬の息吾にかかりし春愁

 (うまのいきわれにかかりしはるうれい)

>竹皮を脱ぐや地酒の酔ひ少し

 (たけかわをぬぐやじざけのよいすこし)

>白神の風溜めてをり余苗

 (しらかみのかぜためておりあまりなえ)

>水音の聞こゆ山繭さみどりに

 (みずおとのきこゆやままゆさみどりに)

>青胡桃までの数歩に昏さあり

 (あおくるみまでのすうほにくらさあり)

>股引の干されしままに夏の果

 (ももひきのほされしままになつのはて)

>立木みな谷に傾ぎぬ蝉時雨

 (たちぎみなたににかしぎぬせみしぐれ)

>命なき命のかたち花氷

 (いのちなきいのちのかたちはなこおり)

>みちのくを源流として天の川

 (みちのくをげんりゅうとしてあまのがわ)

>死者は色鮮やかに盆の落雁

 (ししゃはいろあざやかにぼんのらくがん)

>畳換へ父母を待ちゐる門灯かな

 (たたみかえふぼをまちいるかどびかな)

>貞山運河の精霊蜻蛉かな

 (ていざんうんがのしょうりょうとんぼかな)

>同姓の浜の墓標や草の花

 (どうせいのはまのぼひょうやくさのはな)

>被曝の町の泡立草と信号機

 (ひがくのまちのあわだちそうとしんごうき)

>鰯雲ダンプ連なる浜街道

 (いわしぐもダンプつらなるはまかいどう)

>新米の線量記すペンの先

 (しんまいのせんりょうしるすペンのさき)

>がらんどうの相馬双葉や秋の空

 (がらんどうのそうまふたばやあきのそら)

>背高泡立草被曝校舎に浪の音

 (せいだかあわだちそうひばくこうしゃになみのおと)

>秋茄子と回覧板は笊の中

 (あきなすとかいらんばんはざるのなか)

>蒼天の光の束や花芒

 (そうてんのひかりのたばやはなすすき)

>魚屋は大蛇の中や村芝居

 (さかなやはだいじゃのなかやむらしばい)

>福島をじつと見てゐる万年青の実

 (ふくしまをじっとみているおもとのみ)

>被曝の屋根をそのままに柚子熟す

 (ひばくのやねをそのままにゆずじゅくす)

>冬すみれ被曝検査を受けにけり

 (ふゆすみれひばくけんさをうけにけり)

>田の瓦礫拾ふ女等冬日向

 (たのがれきひろうおんなやふゆひなた)

>時雨るるや被曝ノートにある余白

 (しぐるるやひばくノートにあるよはく)

>何を好んで年越の夜に行かむ)

 (なにをこのんでとしこしのよにいかむ)

>月冴ゆる音なき町の夜警団

 (つきさゆるおとなきまちのやけいだん)

>天仰ぐ虎の現や雪の中

 (てんあおぐとらのうつつやゆきのなか)

>次回は 2016年ですね。乞うご期待。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

句集「福島」 第二章 2014年

>2014年

>この年まで 多賀城の国交省事務所内で

 仙台新港復旧復興事業の仕事をする。

 津波被害の事務所(1F)での勤務、この年事務所

 (設計 新建築事務所、施工 東洋建設㈱」で新築されました。

 因みにコンサル技術者として 設計、施工、発注者の三者会議の

 の議事録作成等の業務を行っていました。

 仙台新港は、仙台新港国際ターミナル埠頭の本格的北米ライン

 運行が行われ、トヨタや三菱等の積み出し雷神埠頭等の運行

 、フェリー埠頭は完成しましたが、運航船が2社から1社で運航。

 塩釜港湾の拡張航路浚渫が完成し、新埠頭のボーリング調査が

 行われていました。

>何もせぬことが肝腎お元日

 (なにもせぬことがかんじんおがんじつ)

>事始先ずは撫でゐるヘルメット

 (ことはじめまずはなでいるヘルメット)

>一心になりて遊べば独楽澄めり

 (いっしんになりてあそべばこますめり)

>天地の間合を計り弓始

 (あまつちのまあいをはかりゆめはじめ)

>寒木瓜や手当の指の脈探る

 (かんぼけやてあてのゆびのみゃくさぐる)

>寒の内蒲団に付きし身の匂ひ

 (かんのうちふとんにつきしみのにおい)

>冬銀河鎮かに海へ降りてくる

 (ふゆぎんがしづかにうみへおりてくる)

>みちのくの海鼠骨あり鬼房忌

 (みちのくのなまこほねありおにふさき)

 (俳句四季賞 佳作)

>津軽凧さみどりの血の奔るべし

 (つがるだこさみどりのちのはしるべし)

>雪形や仔馬にもある短き尾

 (うきがたやこうまにもあるみじかきお)

>帆柱の直立虚子の忌なりけり

 (はばしらのちょくりつきょしのきなりけり)

>土を揉む節くれの手や風光る

 (つちをもむふしくれのてやかぜひかる)

>影踏の影なかりけり鳥雲に

 (かげふみのかげなかりけりとりくもに)

>丹田の力青竹撓りけり

 (たんでんのちからあおたけしなりけり)

>太陽の黒点蛇の交むなり

 (たいようのこくてんへびのつるむなり)

>卯の花や円空仏の荒瞼

 (うのはなやえんくうぶつのあらまぶた)

>鶏鳴きて穂麦の空にある昏さ

 (とりなきてほむぎのそらにあるくらさ)

>柿の花父の行李に長江と

 (かきのはなちちのこうりにちょうこうと)

>百日紅雨よりはやく空晴れて

 (さるすべりあめよりはやくそらはれて)

>白絣膝に鯨の写真集

 (しらばかまひざにくじらのしゃしんしゅう)

>金魚吊る町は天女のねぷたかな

 (きんぎょつるまちにてんにょのねぷたかな)

>阿弖流為の闇を劈く立佞武多

 (アテルイのやみをつんざくたちねぷた)

>跳人らの汚るる前の足袋の群

 (はねとらのひごるるまえのたびのむれ)

>心臓の剝き出しになるねぶたかな

 (しんぞうのむきだしになるねぶたかな)

>蜩や海はでつかく鹿狼山

 (ひぐらしやうみはでっかくかろうさん)

>流れ星ハポンの姓の蒙古斑

 (ながれぼしハポンのせいのもうこはん)

 (読売新聞社:日西交流支倉俳句会でスペイン語で創作)

>芋嵐反りて帰りし身重の娘

 (いもあらしそりてかえりしみおものこ)

>舟は櫓で櫓は唄でやる白秋忌

 (ふねはろでろはうたでやるはくしゅうき)

>常長の胸のロザリオ冬の星

 (つねながのむねのロザリオふゆのほし)

>次回は 2015年 舞台は仙台から福島浜通りへ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

句集「福島」より  第二章 2013年

>3.11 があと1週間、近づいてきましたね。

>仙台市のFM局 いずみ にて 3.11に

 東日本大震災の特集番組があるとのこと。

>そこで 「澪」俳誌の佐藤主宰の方へ

 去年に続いて震災と俳句という仮題で

 20分程度、2回にわたって話をしてほしいとの

 依頼があったとの事です。

>そこで今年は赤間学の句集「福島」から

 俳句を引用させて頂きたいとの話がありました。

>この句会はJR関係者の方々で、知り合いも多いので

 又、52年間も続いている古参句会ですので了解

 を出していますので、佐藤さんがどのような切り方で

 話されるのか興味が尽きません。

>放送時間がわからないので、すみません。

 ちょっと告示させて頂きました。

>2013年

>大空にエーテル充つる初日の出

 (おおぞらにエーテルみつるはつひので)

>青鮫の来たりて仕事始めかな

 (あおさめのきたりてしごとはじめかな)

>雪兎溶けゐて月の海があり

 (ゆきうさぎとけいてつきのうみがあり)

>直線の馬群抜け出して来る春

 (ちゅくせんのばぐんぬけだしてくるはる)

>水切つて野芹の青を一掴み

 (みずきってのぜりのあおをひとつかみ)

>湖の夕日切りたるカヌーかな

 (みずうみのゆうひきりたるカヌーかな)

>十八歳の己に出会ふ修司の忌

 (じゅうはちのおのれにであうしゅうじのき)

 修司の忌=寺山修司  5月4日

>交差点マチスの薔薇のカフェテリア

 (こうさてんマチスのばらのカフェテリア)

>垂直な柱を蔵す水芭蕉

 (すいちょくなはしらをぞうすみずばしょう)

>梅雨しとど草木深く息をせり

 (つゆしとどそうもくふかくいきをせり)

>水馬池の張力ほしいまま

 (あめんぼういけのちょうりょくほしいまま)

>滝の前おほむらさきの吹かれをり

 (たきのまえおおむらさきののふかれをり)

>一筋の水の流れや蝉の殻

 (ひとすじのみずのながれやせみのから)

>夕立の来たり瓦の見ゆるなり

 (ゆうだちのきたりかわらのみゆるなり)

>甚平着て晩年といふ軽さかな

 (じんべいきてばんねんというかるさかな)

>青空の歪みてをりぬ金魚玉

 (あおぞらのゆがみてをりぬきんぎょだま)

>七夕の蕎麦屋の熱き番茶かな

 (たなばたのそばやのあつきばんちゃかな)

>新盆や雲より山のやはらかし

 (にゅうぼんやくもよりやまのやわらかし)

>シャガールの絵を流星の過りけり

 (シャガールのえをりゅうせいのよぎりけり)

>白樺の暁司る啄木鳥

 (しらかばのあけつかさどるけらつつき)

>秋の海地球は丸くなりつつあり

 (あきのうみちきゅうはまるくなりつつあり)

>銀河鉄道の来る夜の氷頭膾

 (ぎんがてつどうのくるよのひずなます)

>露けしや什の掟を身に纏ふ

 (つゆけしやじゅうのおきてをみにまとう)

 (会津若松市日新館にて)

>次回は 2014年です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

句集「福島」より  第二章 2012年

>第二章  2012年

>墨汁の一滴落つる寒の水

 (ぼくじゅうのいってきおつるかんのみず)

>寒晴や花の浮き出る洗ひ張り

 (かんばれやはなのうきでるあらいはり)

>待春の古き楽譜の走り書き

 (たいしゅんのふるきがくふのはしりがき)

>如月の馬如月の光なり

 (きさらぎのうまきさらぎのひかりなり)

>梅林の中に入つてゆく軍手

 (ばいりんのなかにはいってゆくぐんて)

>春光や大海揺する鮭の稚魚

 (しゅんこうやたいかいゆするさけのちぎょ)

>春蝉の死や少年の喉仏

 (はるせみのしやしょうねんののどぼとけ)

>散り初めて花の盛りになりにけり

 (ちりそめてはなのさかりになりにけり)

>こひのぼり居久根の影に骨の家

 (こいのぼりいぐねのかげにほねのいえ)

>ざりざりと髪の切らるる雲の峰

 (ざりざりとかみのきらるるくものみね)

>立つ雲に閃光の夜や沖縄忌

 (たつくもにせんこうのよやおきなわき)

>政宗の子への詫び状風入るる

 (まさむねのこへのわびじょうかぜいるる)

>真直ぐに真鯉群れ来る大暑かな

 (まっすぐにまごいむれくるたいしょかな)

>産み立ての卵に羽毛原爆忌

 (うみたてのたまごにうもうげんばくき)

>沖はなほ鉄の匂ひや敗戦忌

 (おきはなおてつのにおいやはいせんき)

>鬼灯を口にふふめば歎異抄

 (ほうずきをくちにふふめばたんにしょう) 

>体から何か抜け行く秋の暮

 (からだからなにかぬけゆくあきのくれ)

>鑑真の海鑑真の月の道

 (がんじんのうみがんじんのつきのみち)

>海荒れて浜に火を焚く暖鳥

 (うみあれてはまにひをたくぬくめどり)

>一葉忌七輪の炎のうつくしく

 (いちようきしちりんのひのうつくしく)

>大寺の屋根の反りたる小春かな

 (おおでらのやねのそりたるこはるかな)

>王羲之の模写の手鑑雪山河

 (おうぎしのもしゃのてががみゆきさんが)

>荒星や砂に埋もれし古代都市

 (あらびしやすなにうもれしこだいとし)

>2011.3.11以降の一年間程は震災句、或いは

 その影響、影が今にして、色濃く残っているように思います。

> 2012年は 逆に震災の句が少なく、

 それは 震災を忘れたいためなのか

 私も震災復興事業、仙台国際港の24時間体制等

 多賀城の国交省の事務所内でのコンサル業務が

 多忙を来たしていたからかもしれませんが。

 

>次回は 2013年作品に続きます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

句集「福島」 第二章 2011年後半

>土器に箆の痕あり稲の花

 (かわらけにへらのあとありいねのはな)

>黒胡麻をずりずり摺つて野分かな

 (くろごまをずりずりすってのわけかな)

>鎌池と鉈池とあり紅葉山

 (かまいけとなたいけとありもみじやま)

>秋の日や蔵の漆喰地まで塗る

 (あきのひやくらのしっくいちまでぬる)

>凩や瓦礫は今も街の中

 (こがらしやがれきはいまもまちのなか)

>暫くは焚火に滅ぶばかりなり

 (しばらくはたきびにほろぶばかりなり)

>指揮棒のしはぶき止むを待ちてをり

 (しきぼうのしわぶきやむをまちており)

>暁に裸木の他なかりけり

 (あかつきにはだかぎのほかなかりけり)

>冬の蝶電球の灯りつつ消ゆ

 (ふゆのちょうでんきゅうのともりつつきゆ)

>この空の齎す寒さ言ひ別るゝ

 (このそらのもたらすさむさいいわかるゝ)

>海深く雪あたたかく息をせり

 (うみふかくゆきあたたかくいきをせり)

>人類に尾てい骨ありペチカ燃ゆ

 (じんるいにびていこつありペチカもゆ)

>雪しんしん絵本の兎動きけり

 (ゆきしんしんえほんのうさぎうごきけり)

>降る雪や書きつつ文字の濃くなりぬ

 (ふるゆきやかきつつもじのこくなりぬ)

>俤の消ゆるはいつも雪の中

 (おもかげのきゆるはいつもゆきのなか)

>雪原に機関車の音赤き月

 (せつげんにきかんしゃのおとあかきつき)

次回は 2012年の作に進みます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2019年2月 | トップページ | 2019年4月 »