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2019年2月

句集「福島」より 第二章 東日本大震災以後 2011年

>第二章 東日本大震災以後 (2011・3・11~2018)

>文字のなき紙一片や牡丹雪      (2011年)

 (もじのなきかみいっぺんやぼたんゆき)

>春浅し津波ひたひた陸奥国司     

 (はるあさしつなみひたひたむつこくし)

>春恨や海のめり来る逃げて逃げて

 (しゅんこんやうみのめりくるにげてにげて)

>新聞紙に釘付けになる朧かな

 (しんぶんにくぎつけになるおぼろかな)

>炊出しを知らせる鐘や梅真白

 (たきだしをしらせるかねやうめましろ)

>繋がりし携帯の灯や春火垂る

 (つながりしけいたいのひやはるほたる)

>能面を脱がず脱がざる凍てし春

 (のうめんをぬげずぬがざるいてしはる)

>棺なく花なく野火の餞か

 (ひつぎなくはななくのびのはなむけか)

>蔵王見るまんさくの咲く処から

 (ざおうみるまんさくのさくところから)

>蓮華田の先で鉄路の途切れけり

 (れんげだのさきでてつろのとぎれけり)

>三陸の空撓らせて鳥帰る

 (さんりくのそらしならせてとりかえる)

>目刺焼き余震が来ると身を固め

 (めざしやきよしんがくるとみをかため)

>仰向けに眠らせてやる花の下

 (あおむけにねむらせてやるはなのした)

>頬杖の指の冷えけり菜種梅雨

 (ほほづえのゆびのひえけりなたねつゆ)

>つばくらめ流失の家探すかに

 (つばくらめりゅうしつのいえさがすかに)

>陽炎の人ら柩を掘り出しぬ

 (かげろうのひとらひつぎをほりだしぬ)

>水道管枝分れして春の空

 (すいどうかんえだわかれしてはるのそら)

>小さな春の日溜りや灯浮標

 (ちいさなはるのひだまりやとうふひょう)

>万力を締め上げてゆく鳥雲に

 (ばんりきをしめあげてゆくとりくもに)

>日高見の長き暮色や行々子

 (ひたかみのながきぼしょくやぎょうぎょうし)

>たましひの色貰ひたる火垂るかな

 (たましいのいろもらいたるほたるかな)

>東北は背骨真直ぐ甲虫

 (とうほくのせぼねまっすぐかぶとむし)

>郭公や死してなほ名もなき輩

 (かっこうやししてなおなもなきやから)

>話し込む一人は拝む不如帰

 (はなしこむひとりはおがむほととぎす)

>蜥蜴鳴く万葉人は膝立てて

 (とかげなくまんようびとはひざたてて)

>漆黒の闇に魚をり月見草

 (しっこくのやみにうおおりつきみそう)

>沙羅の花はやゆふぐれの水に浮く

 (しゃらのはなはやゆうぐれのみずにうく)

>凶報の他なに待たむ夏椿

 (きょうほうのほかなにまたむなつつばき)

>漢をり泰山木を見てをりぬ

 (やからおりたいざんぼくをみておりぬ

>夕焼の馬の身に沁むその途中

 (ゆうやけのうまのみにしむそのとちゅう)

>封鎖してジャングルジムは灼けてゐる

 (ふうさしてじゃんぐるじむはやけている)

>蒲の穂や被災ラジオの尋ね人

 (ばまのほやひさいラジオのたずねびと)

>福島は福島であれ夏の海

 (ふくしまはふくしまであれなつのうみ)

>とりあえず 

    今日はこの辺までで

       又、明日は続きを・・・。

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播广義春氏(俳誌「滝山・主宰桑島啓司)より 句集「福島」の鑑賞

>俳誌「滝山」主宰桑島啓司は「狩」鷹羽狩行氏に四十余年師事した方です。

◇赤間 学著 句集「福島」

 著者は昭和二三年宮城県大郷町生れ。昭和四四年弘前大学同人誌「飛土」創刊同人、五四年同人誌「斜坑」創刊同人、平成四年俳誌「滝」入会、十六年同人、二二年編集部長、二三年東日本大震災後、「滝」存続に注力、二七年「滝賞」受賞、二八年仙台一高楡の会俳句部・宗匠に指名される、三十年「福島2017」で第29回日本伝統俳句協会賞佳作一席受賞。日本伝統俳句協会会員、宮城県芸術協会会員・俳句協会会員。

 本書は第一句集で、帯に

福島の火蛾にならねばならぬかな

 「私は東日本大震災によって、長年手がけてきた建造物が一瞬にして崩壊するという大きな喪失感に襲われた。震災後、復興・再生事業に従事し、近年では特に福島について句作を重ねてきた。いくらかでも福島の「今」を切り取れていたならば幸いである。」と記す。所収句より

暮れてなほ暮れゆく秋やみちのくは

捨玩具るりいろといふしぐれかな

棺なく花なく野火の餞か

あの日より水仙は我が地震の花

潮出版 

(播广義春)

以上です。感謝します。

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句集「福島」より  第三章 福島2017

福島 2017  

                    赤間 学

>あの日より水仙は我が地震の花

 (あのひよりすいせんはわがないのはな)

>一片の凍てし乾パン忘れまい

 (いっぺんのいてしかんパンわすれまい)

>避難所のふるさと語る吊し雛

 (ひなんじょのふるさとかたるつるしひな)

>地震に津波に耐へ被曝鳥雲に

 (ないにつなみにたえひばくとりくもに)

>野馬追の風になりたる馬の子よ

 (のまおいのかぜになりたるうまのこよ)

>福島のあしたの空へ菊根分

 (ふくしまのあしたのそらへきくねわけ)

>溝浚ふ人ら春日の中に居り

 (みぞさらうひとらはるびのなかにおり)

>桜東風解体進む仮設かな

 (さくらこちかいたいすすむかせつかな)

>子に伝ふ被曝のようす花の雨

 (こにつたうひばくのようすはなのあめ)

>猪檻の置かれ落下の始まりぬ

 (ししおりのおかれらっかのはじまりぬ)

>床に膝給ふ行幸夏の月

 (ゆかにひざたまうぎょうこうなつのつき)

>決壊の溜池ぬらす蛍かな

 (けっかいのためいけぬらすほたるかな)

>百日紅昔のままの水飲場

 (さるすべりむかしのままのみずのみば)

>夏霧の晴れて野馬追帰省バス

 (なつぎりのはれてのまおいきせいバス)

>来て知るや向日葵の空の高さを

 (きてしるやひまわりのそらのたかさを)

>福島の火蛾にならねばならぬかな

 (ふくしまのひがにならねばならぬかな)

>一時帰宅花野の雨となりにけり

 (いちじきたくはなののあめとなりにけり)

>爽やかに眸にて聴きゐるボランティア

 (さわやかにめにてききいるボランティア)

>父母を沖に見しより星月夜

 (ちちははのおきをみしよりほしづきよ)

>秋天に福島ザブザブ洗ひたし

 (しゅうてんにふくしまざぶざぶあらいたし)

>原発事故に遭へどなほ鮭遡上

 (げんぱつじこにあえどなおさけそじょう)

>開通の線路のきしみ雁渡る

 (かいつうのせんろのきしみかりわたる)

>福島の復興の灯の牡丹焚き

 (ふくしまのふっこうのひのぼたんたき)

>里神楽海に呑まれし魂も来よ

 (さとかぐらうみにのまれしたまもこよ)

>除染後の墓地に冬日の移りけり

 (じょせんごのぼちにふゆびのうつりけり)

>一行の詩の祈りや冬の星

 (いちぎょうのうたのいのりやふゆのほし)

>去年今年消してはならぬ村ひとつ

 (こぞことしけしてはならぬむらひとつ)

>白鳥帰るいまだ不明者ゐる海を

 (はくちょうかえるいまだふめいしゃいるうみを)

>種芋を歩幅に合はせ植ゑにけり

 (たねいもをほはばにあわせうえにけり)

>以上 30句の作品により

 平成最後の平成30年度

 公益社団法人日本伝統俳句協会

 協会賞佳作第一席を受賞しました。

>追伸、尚 火蛾の読み方ですが、玄海等の辞典では

 「かが」が標準的な詠み方のようですが、

 ここでは「ひが」を採用しています。

 理由は水原秋桜子先生が門弟の石田波郷氏に

 「ひが」と読みべきといっていたと藤田湘子氏が

 俳誌で語られていたので、福島での気分も

 「ひが」の境地であったからです。

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土木工学・室達朗愛媛大学名誉教授より句集「福島」の鑑賞を得ました

>土木工学・室達朗愛媛大学名誉教授より

 句集「福島」の鑑賞を得ました。

>尚室夫妻は 松山 「櫟」(くぬぎ)俳句会同人。

>著書に奥様室 展子との「心の器ー四国遍路」電気書院

 「すてきなサモア便り八十八話」北斗書房

 2009年1月JICA平成20年度3次隊シニアボランティア

 で電力土木の仕事、最後の楽園サモアでの生活の本。

 (挨拶代わりにこの御本を贈呈して頂きました)

>尚 東日本大震災以降の句に心引かれたとの事

> 春浅し津波ひたひた陸奥国府

  棺なく花なく野火の餞(はなむけ)か

  つばくらめ流失の家探すかに

  東北は背骨真直ぐ甲虫

  凶報の他なに待たむ夏椿

>松山市湯の山の住所に御住まいとありました。

>東日本震災時の記憶が又甦ってきました。

>あれから来月で8年が経ちましたね。

>今回は御本まで頂きありがとうございました。

 

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仙台一高楡の会俳句部で赤間が宗匠しています

>仙台一高楡の会俳句部で赤間 学が宗匠しています。

>仙台一高の会報で 俳句人生の記事を三人が投稿した事が

 切っ掛けで、現在 月一回のメール句会を会員50程、

 投稿者は10人前後で5句投稿。題詠2句、自由3句が基本です。

 選句は50人の会員で20人前後が入れ替わり

 「天・地・人・佳作○2句」をつけて、選評もしてくれる人、

 自句自解を選句の後に必ず入れる人。

 (これは仙台一高楡の会俳句部らしいが・・・アピールが好き)

 だから俳句的でないとも。又 俳句は小学校以来などといいながら

 選句してくるサッカーJ1、元社長’(自分が15年したあと

 辞めたら、連続優勝したが)、60歳になって中国での現地

 社長で麻雀を覚えてきた人とか) 因みに私はこの人達には

 2年以上になるが、一句も選句してもらった事がない。

 

>今日は 特別、2月号からの高得点の句を名前を伏して書きます。

 ★湧水の音閉じ込めて崖氷柱          A氏

 ★澄みてなほあをのいやます初御空      B氏

 ★北風に頭突きしペダル踏む子かな      C氏

 ★鳰鳥の嬰児籠(えずこ)となりぬ浮寝かな  D氏

 ★古希といふ大海原の初日かな         E氏

 何と言っても、PCあれば 

 無料で、楽しく遊ぶ事が出来る事に尽きますので。

 尚 96歳の会員のお母さん、奥さんも選句に参加しています。

 成るほど、的確な選句ですね。

 それで 家族で会話が弾めば 夕飯のおかず一品ぐらいには

 なりそう。

 継続が力なり。

 

 

 

 

 

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句集「福島」    俳誌「たかんな」(八戸市)の俳書紹介について

>句集「福島」 月刊俳句誌「たかんな」2月号(八戸市)に俳書紹介コーナーに
 三野宮照枝さんの紹介記事が掲載されている。
>著者は土木技術者。
 先の東北大震災でてがけりた構造物が一瞬にして崩壊。
 大きな喪失感に。そんな視線からも自分で見たものを
 切り取り俳句に詠みたいという。
>暮れてなほ暮れゆく秋やみちのくは
 門も戸も開けつ放しや稲穂風
 人生の美しい時黒セーター
 秋天や福島ザブザブ洗ひたし
 日本伝統俳句協会会員 他。
 
 以上
>尚 私は昭和53年から平成4年まで八戸市根城に居を構えていたが
 「たかんな」も八戸市根城に発行所があり、又 俳句を本格的に始めた
 頃の1993年に創刊されたとの事。気になる存在でした。
 又八戸港の港湾施設は昭和二十九年頃より勤務していた
 若築建設株式会社(八戸市河原木)も参画していた。
 八戸は 八戸港建設安全協議会長、八戸清港会長、等 
 施工関連では 一番忙しく楽しい時でしたね。
 又、現日本港湾空港建設協会連合会理事として
 明治神宮の明治記念館で理事会に出席したり、
 日本港湾協会総会の為沖縄へ行き、石垣島視察や
 鹿児島県の開成山、宮崎県のフィニックスクラブ等
 楽しい思い出がいっぱいの時期でした。
 思い出に更けすぎるのも宜しく無いので このへんで。
 
 
 

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句集「福島」を読む    小林邦子さんの鑑賞

>句集「福島」を読む   小林邦子の鑑賞
>「東日本太平洋沿岸の港湾施設、
  津波用河川水門 (岩手県大槌町小鎚川)、
  揚排水機場(青森県北津軽郡中泊町中里町、若宮揚排水機場)
 等を主に建設してきた土木技術者」である赤間さんの第一句集である。
  四五五句のうち東日本大震災以降の句が三分の二を占めます。
>文字のなき紙一片や牡丹雪
  あの日は名のみの春、雪が舞いましたが、満天の星空は
 今も語り草です。
>たましひの色貰いたる火垂(ほた)るかな
  蛍より火垂るの措辞がもの悲しきを膨らませます。
>春灯し指差す津波到達点
  瓦礫が片付けられると、背丈の何倍も越すところ、
  天井まで、何キロ先まで、津波到着点は恐ろしさを
  教えます。
>がらんどうの相馬双葉や秋の空
 震災直後から朝日新聞に自分の命は自分で守るという
 意味の″てんでんこ″という連載記事が六〇〇回以上
 続いており、原発事故のその後も、様々な角度から
 何度も取り上げられていて、読むたびに心が痛みます。
>時雨るるや被曝ノートにある余白
 セシウムの匂ひを持たず梅雨寒し
 浪江町、双葉町、大熊町等通る国道六号線から、除染
 された枝葉や廃棄物を閉じ込めたフレコンパックが、
 異常なほど積み重なった場所が何か所も見られます。
 不安は終わりが見えません。
>一時帰宅花野の雨となりにけり
 芋種を歩幅に合はせ植ゑにけり
 津波禍から、原発の災いから人々は立ち上がり、笑顔が
 増えてはいますが、復興はまだまだ先と思わざるを得ません。
  私がこれを書いているのは、十二月二十五日、部屋の
  BGMは第九シンフォニーです。来年の三月で震災から
 八年。仕事柄、大きな喪失感に襲われたという
 赤間さんの心の復興の一つに、「福島」を詠むということ
 があったのですね。
>心に残る句、共感する句を並べてみます。
 
    いちめんの菜の花父の肩車
    梟の森刃こぼれの斧のあり
    空蝉やコップに少し指の跡
    松に雪文字の小さな大辞典
    捨玩具るりいろといふしぐれかな
    棺なく花なく野火の餞か
   福島の火蛾になれねばならぬかな
   沖はなほ鉄の匂ひや敗戦忌
   銀河鉄道の来る夜の氷頭膾(ひずなます)
   桃青忌蚤蝉蛙皆化身
(句集「福島」を読む       「滝」俳誌上より)
 
 

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句集「福島」を読む  谷口加代さん鑑賞

>句集「福島」を読む  谷口加代さん鑑賞
> 平成四年「滝」創刊時に入会して以来、俳句生活
 26年になる作者の初めての句集である。
 この句集は、年代順に三部に分かれていて、第Ⅱ部が
 東日本大震災以後、そして第Ⅲ部は福島2017である。
 第Ⅰ部と第Ⅱ部のあとには、抄として松島を詠んだ句が
 収められている。
  初期の頃の句は、ゆったりした呼吸の春風駘蕩という
 趣きを持った句が多い。
 
> 暮れてなほ暮れゆく秋やみちのくは
  エジプトの天秤思ふ春の月
  紅葉散るたび遠くなり母の耳
  俎に海を吐き出す海鼠かな
  捨玩具るいいろといふしぐれかな
  この句の流麗な美しさには脱帽した
>第Ⅱ部は震災詠が中心であり、平常の生活を詠んで
 いても、悲しみが付きまとう。
>  文字のなき紙一片や牡丹雪
   棺なく花なく野火の餞か
   陽炎の人ら棺を掘り出しぬ
 
 
     作者は震災時、いち早くボランティアの組織を
   立ち上げて、地元の人々と苦難をともにしただけ
  あって、震災詠には経験に裏打ちされた実感がある。
>  話し込む一人は拝む不如帰
   蒲の穂や震災ラジオの尋ね人
   福島は福島であれ夏の海
  福島が「フクシマ」と呼ばれることのないようにという
  祈りがこの句にはある。
>第Ⅲ部の句には福島に対する作者の気持ちとあいまって
  なにか花鳥諷詠のベールが一枚剥がれたような、
  切迫感を感じる句が多い。作者の使命感と意思が
  結合した魂の詩だ。
> 一片の凍てし乾パン忘れない
  桜東風解体進む仮設かな
 福島の火蛾にならねばならぬかな
> 最後に私の好きな句をひとつ
>あの日より水仙は我が地震(ない)の花
(句集「福島」を読む   「滝」俳誌上より)
 
 

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句集「福島」を読む から梅森翔さん

>句集「福島」を読む  から梅森 翔さん
>赤間 学氏の句集「福島」を五つの項目から共鳴、共感した
 32句を列記する。
>〇大学、仕事で縁のある青森への愛着の句
  縄文の風を纏ひし土筆かな
  陽炎の遮光器土偶目覚めけり
  土偶みな大きな尻や豊の秋
  新春の空に志功の天女かな
  青嵐修司詩集をポケットに
  縄文人の骨の飢餓線冬銀河
  跳人らの汚るる前の足袋の群
>〇この句集のメイン東日本大震災関連句
  能面の脱げず脱がざる凍てし春
  海深く雪あたたかく息をせり
  被曝の町の泡立草と信号機
  空梅雨やセシウムの静かに降りぬ
  ランナーの鎖骨枯野を明るくす
  床に膝給ふ行幸夏の月
  原発事故に遭へどなほ鮭遡上
〇家族、友人、句友への思慕の句
  いちめんの菜の花父の肩車
  紅葉散るたび遠くなり母の耳
  枯芒昭和は馬に乗つてくる
  柿の花父の行李に長江と
 
  迪花(みちか)生れて来て海の底まで春
  紅梅はまだ早かりし白石忌 
             (俳号白石は実兄仁)
  鯨波忌の昨日の海が今日も在る 
           (鯨波忌、「滝」元主宰菅原鬨也氏)
>〇松島、芭蕉祭等の関連句
  仏来て秋の日入る雄島かな
  松島は時雨れて居りぬ萩茶碗
  薔薇寺も雄島も小春日和かな
  読経にぞ足裏冷えたり冬紅葉
〇その他の句
  夕焼けを使ひ切つたる作業船
  玲瓏や灯火親しむ大言海
  万緑や人形は眼を開きまま
  グット・バイの代はりに投げし林檎かな  (太宰修のグッド・バイ)
  東北は背骨真直ぐ甲虫
  鑑真の海鑑真の月の道
  流れ星ハポンの姓の蒙古斑
(句集「福島」を読む  「滝」俳誌上より)
 
 
 
 
 

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句集「福島」を読む 鈴木清子さんより

>句集「福島」を読む   俳友 鈴木清子さんより
 
>赤間 学第一句集「福島」(455句)が上梓された。
 帯句の「福島の火蛾にならねばならぬかな」が目を引く。
 大震災後7年を経た現在も、行方不明者の捜索は続いて
 いるし、福島の方々の受けた原発による被害の傷跡は
 深すぎて、癒えることはない。
 そんな中作者は「福島の火蛾に」とこれからを共に
 強く生きていこうという固い決意と同時に行動を起した
 姿に共感を覚える。ここに彼の詩性がある。
 目次を追って感銘句を数句挙げる。
 Ⅰ 暮れゆく秋は(1992年~2011年3月10日)
>暮れてなほ暮れゆく秋やみちのくは          学
  豚カツにキャベツ大盛り更衣
  初春や海を真横に一輪車
 <松島>
  捨玩具るりいろといふしぐれかな
  旅にゐてなほ旅を恋ふ翁の忌
 Ⅱ東日本大震災以後(2011年3月11日~2018年)
  春恨や海のめり来る逃げて逃げて
  迪花(みちか)生まれ来て海の底まで春
  大海にセシウム洩るる炎暑かな
 <松島その後>
  松島は光の器小鳥来る
  海のうねりは子守唄牡蠣育つ
Ⅲ 福島2017
  あの日より水仙は我が地震の花
  福島の火蛾になれねばならぬかな
  秋天や福島ザブザブ洗ひたし
>句集「福島」の発行は、作者の「古希」という節目が
 大きいと聞いたが今年は「平成最後の年」にも重なった。
 作者とは、滝俳句会の同人としてお付き合いだが、
 高校生の時から俳句部を立ち上げ、大学においても
 同様に部の立ち上げに関わってきたというから句歴は
 実に長い。このことが「福島の火蛾に」の措辞に繋がって
 いるのだと改めて強い印象を持った。
   本句集発刊にいたる間、更にこれからの生き方や
 俳句への想いを深めたことだろう。
> (「滝」俳誌上の赤間学句集「福島」を読むから)
 
 
 

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山田真砂年さんからも拝読鑑賞あり

>句集「海鞘食うて」の山田真砂年さん(未来図 同人)俳人協会
 から句集「福島」を拝読して、しっかりと自分の世界を確立させ、
 詩情豊かな句集ですねと感想を得た。
>句集「j福島」から
> 凍て解けて崖の窪みの苔斑           学
 
  封鎖してジャングルジムは灼けてゐる     学
 
  海鞘食へば幽かに動く蒙古斑          学
 益々の御健吟をお祈り申し上げますとのご返礼がありました。
 

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富士真奈美さんからのハガキ、毎日新聞に句集「福島」掲載よと。

>富士真奈美さんは 女優であり、俳人である。

>俳句大会の縁で、少しの知り合いですが、

 句集「福島」を拝読中に、毎日新聞朝刊1月28日

 俳句短歌欄の中心の「俳句月評」岩岡中正教授の鑑賞文、

 赤間学さんの句集「福島」と宇多喜代子さんの句集「森へ」が

 掲載されており、どちらも知り合いなのでとても

 うれしくなりましたとハガキを呉れました。

>因みに 松島は光の器小鳥来る  学  句集「福島」より

 が富士さんはお気に入りとあったが。

>さて岩岡中正熊本大学名誉教授の鑑賞文を掲載します。

>東日本大震災からもうすぐ八年、復興が進む一方で、

 なお再生への課題と不安は大きい。

 

  赤間 学著句集「福島」(朔出版)は長年沿岸の港湾

 や水門の建設に携わり崩壊後の復興を担ってきた

 土木技術者の句集。崩壊の大きな喪失感から再生へと

 揺れ動く内面の記録である。

 

  死者は彩いろ・鮮やかに盆の落雁

  大海にセシウム洩るる炎暑かな

  除染女の日焼の顔にマスク痕

  これらの地震の衝撃と原発事故への危機感が、

 著者に覚悟を促したが、この再生への決意の

 背後には、みちのくへの強い愛着と誇りがある。

   あの日より水仙は我が地震ない・の花

  去年今年こぞことし・消してはならぬ村ひとつ

  福島のあしたの空へ菊根分

  みちのくの源流として天の川

>岩岡教授の震災だけでなくみちのくへの深い

 愛情と誇りの中からの詩作であるとの言葉は

 肝に命じました。感謝・合掌。

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