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「滝」俳誌9月号(仙台市) 解体新書 6人による相互鑑賞

   解読人   加藤信子

  屹立の骨八月の沖を向く   あきら

  作者の二句には同じ「八月の沖」の言葉が使われている。私たち世代にとって、それは忘れることの出来ない、忘れてはいけないあの戦争を土台にしている言葉であることは、明らかだと思う。

 仙台空襲と終戦は強烈な印象として残っているが、それに至る時代はまだ幼くてあまり記憶に残ってはいない。しかし私の従兄も終戦の年、学徒動員でビルマに向かう船中、砲撃にあって戦死した。

 従兄とは年の近かった兄から、その従兄の優秀さを聞かされ、兄自身の悔しさとして聞かされた。

「屹立の骨」は、戦う前に海に沈んでいった青年たちの悔しさ、やるせなさを代弁する重い重い言葉と、思われてならない。 

八月の沖より鉄の匂ひかな   あきら

                 

 昨年の夏の猛烈な暑さは忘れられない。焼ける海面から立ち昇る鉄の匂ひ、やはり土台にあるのはあの戦争である。私たちは映画、小説でしか硫黄島、テニアン島などの惨状を知ることは無いのだが、それでも「鉄の匂ひ」といわれると納得できるような気がする。

 若人にとっての青い海は、青春、明るさ、健康などの代名詞。世代によってその感じ方の違いは大きい。

 二十代、三十代の人たちの鑑賞を聞きたいと思った句である。

 それに加えて三月の海も強烈な印象を残した。生涯忘れることは無いだろうと思う。

 たゆとう海、穏やかな美しい海の句は、しばらくは作れそうに無い。

   解読人  佐藤憲一

屹立の骨八月の沖を向く   あきら

 作者の強い意思が伝わってくる句だ。骨・八月・沖と言えば終戦日。八月は戦争で亡くなった人への鎮魂の月でもある。

 ここに登場する骨は単なる骨ではない。屹立して沖を向く、明確な意思を持った骨なのだ。

 水平線の彼方から聞こえてくる幾万の戦死した仲間の声、声、声。その沖に向かって屹立する兵士(この兵士自身すでに骨である)の姿。戦争への憤りが、これほど強く伝わってくる光景があるだろうか。屹立する骨は反戦への強い意思なのだ。

 作者の具体的なメッセージを文学的に昇華し、俳句の可能性を拡げる作品。「屹立の骨」の措辞が素晴らしい。

八月の沖より鉄の匂ひかな   あきら

 多くの日本兵が玉砕したサイパン島の海岸に、今もある上陸用舟艇や戦車の残骸。その光景をテレビで観たことがある。

 八月・沖・鉄とくると思い浮かべるのはこの光景。鉄は沈没した戦艦や輸送船、そして夥しい数の武器・武具だろうか。赤茶けた海の底に沈むそれら鉄のかたまりが発する匂いが、水平線の彼方からやってくる、というのだ。

 鉄が発する錆の匂いの後ろからは、それこそ夥しい数の死者の慟哭が聞こえる。鉄の匂いは死者の声でもある。

 鎮魂と反戦への思いを「鉄」という無機物の匂いに昇華させた深く、重い句。

   解読人 栗田昌子

草笛を吹いてやさしくなりにけり  きみ子

 五年位前「歩いて自然と歴史に親しむ会」に参加していた頃、会の幹部に草笛の名手がおられ、私たちは四季折々の曲をリクエストして合唱したものである。

彼は老人ホームや幼稚園の人気者であったようだ。

 実に簡単明瞭,余計なことは何も言っていない。

それでいて読者を納得させ懐かしく郷愁が誘うのである。詠嘆を込めて感慨を表現しょうとする場合は、よほど季語の斡旋に気配りが必要となる。

 この句の場合は「草笛」という誰もが共感できる季語との取り合わせで、その感慨が深まったようだ。草笛を吹いているのは親との誘いのあとの少年、あるいは妻ともめたあとの初老の男性だろうが、前者だとしたら拙いこともまた草笛のよろしさである。

ジャズ鳴って廻る人形山眠る   きみ子

 アメリカで発生したジャズは黒人と白人の音楽が融合してできたもの。あの独特の力強いリズムとスイングがとても魅力なのである。

 人形は発条仕掛けのオルゴールか、もしやセンサー式の人形だろうか。否否、それではつまらない。

 春はまだ遥か彼方だ。田舎のとある小さな酒場。

  洋風のスタンドバーである。イルミネーションがやけに朱い。中は、ジャズの音が溢れている。ママがボリュームをいっぱいに上げた。針跳びのレコードの所以だ。小太りの若い女が一人、人形の様な派手な衣装を身につけて床いっぱいに踊っている。

  お客は四人の男たち、カウンターの隅にはひげ面の漢が酔いつぶれて眠っている。山の様に。

   解読人  浅野 広

草笛を吹いてやさしくなりにけり  きみ子

何か些細なことで夫婦喧嘩でもなさったのだろうか。(失礼!)思わず家を出、近くの河原まで来てしまった。そうして何気なく草の葉を取って唇に当て、草笛を吹いた。が、少女の頃上手だった筈なのに、長い年月吹いたことがなかったものだから、うまくいかない。ついむきになって何度も試していたら、さすが昔取った杵柄、うまく鳴った。そうこうしているうちに何やら気が晴れて来た。あゝ、わたしも大人気なかったわ、許してあげるわ、と思い返す。

 私の川柳に「女房と喧嘩するため生きている」があるが、その評に「一番身近なライバルが女房とか。

(省略)長生きの秘訣かもしれませんね。」とあった。作者はいっそう仲むつまじく暮らしたことでしょうね。 

 ジャズ鳴って廻る人形山眠る   きみ子

 日差しが暖かく感じられる冬の日、友人と思い切って山里に出かけた。少し汗ばんだ頃、偶々出会った瀟    

酒な店に入り、小休止。店内はレトロ風。十二時になった。突如、小さなステージに数人の楽士風の人形が飛び出して来て、ジャズを奏でながら回り始めた。

(多分、本当はレコードをかけているのだろう。)思いがけない歓迎を受け、笑い会う。昭和三十年代のジャズ全盛の頃の曲だ。あの時、こんなこともあったわ、とふと若き日を思い出し、友と語り合う。しんと静まり返った山中、思いがけないジャズの音色、美味しいコーヒー:::。ゆったりと懐旧の情に浸る作者の姿が浮かんで来る。穏やかな寛いだ一日であったなあとの思いを込めた一句である。

   解読人  服部きみ子

   資料館の兵士のベッド昭和の日   広

 仙台市歴史民族資料館常設展の兵士のベッドだ。

戦争を知らない世代には遠い歴史の一頁とうつるだろうが、私には子供時代とは云え空襲警報におびえ、防空壕で泣きながら聞いた爆音は今も耳に残っている。

戦争は現実だった。

  戦後物資不足、食料難とまずしかったが大人達は、日本復興に向けて懸命に働いた。四十年代の高度成長期をへて、経済大国にまでのし上った現在だが、戦争のあったことを忘れてはならない。

  うすいマットレスの質素な兵士のベッドを資料館で歴史の一員としてみている。あの激動の時代を生きてきた世代には胸にひびく一句だ。

この句は、県俳句大会で俳句協会賞を取っている。

しぐれ忌やいつもの子らの三輪車   広

 この句は、二十一年十一月松島瑞巌寺陽徳院本堂で行われた。松島芭蕉祭全国俳句大会で特選になった。

当日全国から集まった俳人達が次々と総門に入る。

そこは静寂の世界である。本堂の中は豪華絢爛たる狩野派の襖絵で仕切られている。俳句供養が始まると、鐘の音とともに大勢の僧による読経が始まる。蝋燭に照らされた襖絵の牡丹の花が美しくゆらぎ、読経はうねりとなりその中に身をおくと芭蕉の世界、非日常の世界にひきこまれてしまいそうである。やがて供養が終り吟行が始まる。松島には芭蕉ゆかりの句材がたくさんあるが、それを詠まずに「いつもの子らの三輪車」と詠んだ。この落差の大きいしぐれ忌と、三輪車との取り合わせがとても新鮮だ。  

   解読人  木下あきら

  資料館の兵士のベッド昭和の日   広

 歩兵第四聯隊跡地に建つ仙台市歴史民族資料館常設

展示室にて。「その日::昭和20年8月15日、真っ青な空、朝から空襲警報のサイレンが一度も鳴らず蝉

が時折鳴き静まり返っている。近所の大人が三々五々

集まり雑音のラジオを囲む。シ!子供を叱る声。泣きだす女たち、張り詰めて居たものが切れたような声々::。その日から空襲も灯火管制も無くなった。

 やがて、ラジオから聞こえてきたジャズ。復興の槌音がそこここに聞こえ始める。

 資料室に来ると必ずその日のことを思い出す。八十代の男は懐かしみ、七十代は頻りに解説を、若者は蔑みの声を。このベットには幾人の兵士の涙が染み込んでいるのだろうか。後世に残すべき一句である。

  しぐれ忌やいつもの子らの三輪車   広

 真っ青な高い空、秋とは思えないほど暖かな一日。

とある路地から子ども達の歓声が上がる。ゲームか耳を澄ますと懇願する様な声と勝ち誇った様な声が綯い交ぜに風に乗って聞こえてくる。がちゃがちゃと三角

乗りをした自転車が過ぎる。ちょっと昔テレビがまだ

家族から主役を奪う前の子ども達は、一日一杯いろん

な遊びを発明し工夫しえルールを作りよく遊んだものだよ。秋は一日を削り取られたみないで損をした様な

気がしたね。日が傾く頃には路地裏の空気もひんやりとして、勝ち誇ったご主人様の乗り捨てた三輪車が淋し気に:: 

 季語から視点を外した意外性を持つ句。松島芭蕉祭全国俳句大会嘱目特選第一席の句である。

   解読人 加藤信子

木の実降る薄紅色の猫の耳   昌子

 

 膝元に丸くなっている愛猫は、たぶん少し年老いた白がちの日本猫。

 私は猫派。夫が猫嫌いなので、仕方なく犬を飼っているが、子供の頃から家を離れるまで、回りに猫がいなかったという記憶がない。血管が透けて見える薄紅色も忘れられないが、それに触れている感触も忘れられない。

 折って耳の中に押し込んだりして遊んだ日々が蘇った。誰もいない静かな夕暮れ、猫の体温を感じながら猫に触れている。名を呼べばニャーと返事をし、話しかければまた返事をする。猫好きにとっては至福の時間。屋根を打つ木の実ふる音は、なお一層その静けさを際立たせている。

  さざ波の私語菜の花蝶と化す   昌子         

 

 「しご」 「ささやき」どちらの読み方なのか。一瞬迷ったが「ささやき」と読みたい。

 さざやみ、ささやきと、リフレーンめく用法が句を叙情性に富んだものにしてをり、さ、さ、という軽い音は中八の字余りをあまり感じさせない。

 満開の菜の花畑、その向こうに広がる内海はあくまでも静か。かすかに聞こえる波の音は、紋白蝶の羽化を促すささやきのように聞こえている。

 その蝶も時間とともに増え、まるで菜の花のひとひらひとひらが、蝶になって舞い上がるのではないかと錯覚するほど。季寄せによると伝説をもとにした季語という。花の精が蝶、蝶の精が少女、そんな風景が眼前に広がり心豊かになる句である。 

  解読人 浅野 広

 木の実降る薄紅色の猫の耳  昌子

  「木の実」と「猫の耳」の何とも妙な取り合わせであるが、他を一切削ぎ落とし、この二つに絞る最小の表現が、かえっていろいろ想像させて面白い。

 山里の別荘であろうか。籐椅子に腰掛けた貴婦人が猫を抱きながら、窓越しに深まった秋の樹々をぼんやりと眺めている。気持ちよさそうに愛撫されるままの猫。よう見ればピンク色の耳。木の実がしきりに落ちるかすかな音に聴き入っているようにも見える。

 このような一幅の洋画をも想像させ、静謐な情感が漂って来る佳句である。

 季語の本意を踏まえ、聴覚・視覚を効かせる詩才豊かな作者である。                

                                    

  さざ波の私語菜の花蝶と化す  昌子

 

 童謡「ちょうちょう ちょうちょう 菜の花にとまれ:::」をメルヘン的な句に昇華したように思う。

 春の暖かくやわらかい日差しが降り注ぎ、鮮黄色の菜の花畠が、果てしなく広がっている。その中に分け入っていくと菜の花の香りというよりも噎せるような独特の匂いに包まれる。そのとき、さっと風が吹いて来て、菜の花が細波のように揺れた。その音が菜の花たちのかわいらしいお喋りのように聞こえた。そうして菜の花の妖精が蝶となって飛び立っていった。今まで見えなかったものが、忽ち見えたのである。

 『荘子』に、自分が夢の中で蝶になったのか、それとも蝶が夢をみて自分になったのか、判然としないという話があるが、作者には詩的真実なのである。

   解読人  服部きみ子

冬怒涛国道沿ひの一夜干   憲一

 旅人の目で詠んだ句。豊潤な海の恵みを力いっぱい受けとめて命懸けで漁をする男達、そのおかげで私達はおいしい魚をいただき命をつないでいくことが出来るのだが、それはきびしい仕事だと思う。

  冬怒涛が物語るように厳寒の海へ出て行く。いつも大漁とはかぎらないだろう。又ガソリンの値上げで時には油代にもならないこともあろう。それでも海に出ない漁師はいないと男達は働く。水揚げした魚はその場で女達が捌き一夜干しの準備をする。

  やがて月が出る頃には、長い一夜干しのすだれが海辺につづく。ようやく一家団欒の窓に灯がともる。

  旅人はそんな美しくもきびしい風景を見ながら国道を走り去る。

春泥やキャッチボールの緩き音   憲一

 どこかでキャッチボールをしている音がきこえる。

春を待ちかねた野球少年か、日曜の父と子のキャッチ

ボールか、少し手加減した父の球の音がゆっくりと子にとどく。受け取った球の音が子の手の中に消える。

子の球の音が父の手の中で消える。

  やさしい父の球音と、懸命に返す子の球音が一定のリズムでくりかえし、くりかえしいつまでもつづく。

 日曜の身も心も開放した状態できくキャッチボールの音は、のんびりと明るい春の空気にとけ合って心地よく響く。やがて、それは少年時代に父としたキャッチボールの音と重なる。「キャッチボールの緩き音」はまさに少年時代の春の空気まで呼び戻すのにふさわしい表現だと思う。大きな空間を詠んだ句。

   解読人 木下あきら

  冬怒涛国道沿ひの一夜干   憲一

 とある国道沿いの小さな飲み屋。網の上で反り返る

干し物を撮っている青年。

もう一枚、バシャ。

「写真、自分で撮るんだ」

「ええ、予算無いんだよ。それに俺バイトだから」

「でもいいカメラ持ってるね」

「これは親父からの借り物なんです。しかし寒いですね。みちのくは」    

「きょうはしばれるなあ。熱いの一本つけようか。

被写体のサカナは食べていってよ」

外は小雪交じりの風が荒れ狂い、波はうなりを伴い

その怒涛は凄まじい。

男が一人、コートの衿を立て前かがみに入って来る。

春泥やキャッチボールの緩き音   憲一

 春になればしがこも解けて::

  歌詞の意味もわからずに歌っていたのはいつの頃だったか。しがこを知ったのは秋田の人と知合ってからのことだから、四十数年も前になる。

「春泥::春を迎えた喜びと土のぬくもりへの愛着」と歳時記にあるが、なつかしい言葉ですね。しかし今ごろ何処に出掛けたら、あの忌まわしい「おしるこ」の様な所にでっくわすのだろうか。

 私が中学校の頃は、東京の下町も凍てが緩む春は道路も学校のグラウンドもおしるこのようになって::

 掲句の「春泥や::::緩き音」この閑かな、のんびりした様子が春らしくていいですね。キャッチボールをしている当人たちは結構大変ですがね。                

   解読人  栗田昌子

木の芽張る赤子の喉くすぐれば   信子

 春の生命力がこの句の主題である。冬の間厳しい寒さをじっと耐えていた木の芽が、春の訪れと共にあたかも大声を上げてわめきたがっているのだ。一方赤子はただ其処に存在しているだけが実に可愛いい。 誰しも笑いかけたり、喉をくすぐったりした経験がお有りだろう。 「ケラケラ」と笑い転げている赤子の姿が目に浮かぶではないか。丸々と太ったその総身は喜怒哀楽に満ちている。

 木の実の生命力と赤子の生命力がうまく連動し溶け合っている。季語と赤子の取り合わせの妙味である。

  平明でありながら、奥の深い力強い作品に仕上がっている。今年の春は寒い日が続き木々の芽吹きも遅かった。

流星や鉄路は熱を放ちをり   信子

 宮沢賢治作の「銀河鉄道の夜」に思いを馳せた。貧しく孤独な少年が、友達の身代りとなり水死する。その後夢の中で親友と星座巡りの列車で死者たちと宇宙を旅するとても幻想的な物語である。

  流星とは宇宙の塵だとか、地上に落下した物は隕石または隕鉄となる。そんな定義付けはここでは無用。

 夏の絶頂期を過ぎたとはいえまだ残暑である。鉄路は日中に備えた太陽熱を放ち続けている。かたや流星は大気の中を発光しながら燃え尽きて行くのだ。

  流星と鉄路、互いの熱の温度差にも着目したい。季語と無機質の鉄路の取り合わせが素敵であり効果的である。蛇足ながら、秋の陽に日焼けした女性には「橋の下の乞食も惚れぬ」という諺をご存知だろうか。

   解読人  佐藤憲一

木の芽張る赤子の喉くすぐれば   信子

 日一日とふくらみを増す木の芽。春は近い。

喉もとをくすぐられた赤ん坊も、笑うたびに大きくなるようだ。

 早く春風の中を乳母車に乗せて散歩に出かけたい、そんな作者の思いが伝わってくる。

 お孫さんだろうか。

  誰だったか、「孫が来るとうれしい。帰るともっとうれしい」と言い放ったのは、言いえて妙だが、それはもっと大きくなって走り回るようになってからの話。赤子は無条件にかわいい。

 「木の芽張る」の季語に、赤子の健やかな成長を願うやさしいまなざしがある。

流星や鉄路は熱を放ちをり   信子

 流れ星に願いをかけると叶うというが、本当だろうか。そういえば、ディズニーの歌にも「星に願いを」という歌がある。

 星空の下、鉄路が真っ直ぐのびている。冷たいはずの鉄路。それが熱を放っているという。

 どんな状況なのだろう。

 降り注ぐ流星が隕石となって落下し、鉄路にぶつかって熱を帯びるのだろうか。そういえば流星には人々の夢や願いが詰まっている。ぶつかれば熱を発するかもしれない。

 鉄路は目的地へ向かう道、きっと熱き夢や願いを目的地に運んでいるのだ。

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