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『復旧を急ぎ、復興を共に成しとげる。』

『復旧を急ぎ、復興を共に成しとげる。』
7月26日付

東日本大震災後、世界中から日本は他人への思いやりや忍耐
強さ等で称賛された。
しかし、日本が称賛されたのではなく、日本の東北、みちのくの
忍耐強さが称賛されたのである。

750年代、大和朝廷に奈良の大仏建立に金を献上した奥州涌谷、
802年には征夷大将軍坂上田村麻呂が、みちのくの首、アテルイ
を京都に連行し打ち首にした。
それはねぶた、ねぷた祭りに伝えられている。
869年、みちのくを襲った貞観地震があり、数万の死者の霊を
悼むかに、京都では祇園祭りが始まった。
1100年代、世界遺産に登録された藤原四代の栄華があったが、
義経討伐を口実に、(1192年)源頼朝に滅ぼされた。
1600年代関が原以後、徳川幕府が260年間、文化的に、平穏な
時代が過ぎた。
伊達政宗公がボルトガル等の外国の力を借りて、徳川家を破らん
とした企みがあったとしても。
 1860年代、統幕の動きの中から、天皇を仰いで薩長同盟という
西側の勢力が強くなり、東北は松平合津藩主を中心に奥州列藩
同盟を構築したが、間単に瓦解した。
その為の明治政府は北海道、東北を未開の地と位置ずけ、日中
日露戦争へ人馬を提供する基地とした。
先の敗戦でも、東北から出征した多くの人々が犠牲になった。
1950年代から、東京の大都市化によるエネルギー問題が
表にでると、政府は又もや、東北へ、福島県沿岸部への原発銀座
建設と青森県六か所村への、核使用済燃料処分や貯蔵場所
として積極的に推進してきた。
政府は地元に金を落とすとして、地元も了解した。
2011・3.11 福島第一原発事故も、大きな歴史時間軸から
見れば、東北への惨劇は折込ずみだったような気になる。

 大震災が歴史的必然があったとしても、政府の対応が素早く
復旧復興が進めば、救われるのであるが。

 仙台市は死者が700人以上、行方不明者が30人程だそうだ。

大震災当日仙台市若林区ニュース(YouTobu)

http://www.youtube.com/watch?v=xPg7gAO___I&feature=fvwrel

http://www.youtube.com/watch?v=EdmcfFisFo4&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=oZSy1ZkvTKA&feature=relmfu
3月末の死者行方不明者は3000人を越えていた。
しかし義捐金、住居の罹災証明書の申請等で行方不明者が
判明し、減る結果になったようであるが、うれしい誤解だった。

 だが、よく見てくると、松本復興相暴言辞任や、政府の機能
不全で進まない。
仙台市の瓦礫処分でも、一次仮置場への搬入さへ約40%にも
満たない。
2年間で全部を処理するということだが、分別での処分である
から時間がかかるのも仕方がないが、他都市との連携での
早い処分が求められる。
環境省、厚生労働省、国土交通省等、縦割り行政に翻弄され
てはいけない。
瓦礫処分は主体的には仙台市の責任だ。

石巻市や気仙沼市の友達は、60歳も過ぎたので、新たな金で
商売を開くのはあきらめたという。
「あきらめた」というより「気力が起きない」という。
国も、県も、市も、希望の持てる再生ビジョンを提示することは
急務だが、今、困っている、やる気が失せつつある人々に
何かの対策が必要である。

私もそうであるが、東日本大震災で、予定していた仕事が
キャンセルになった。
体はバリバリ、やる気はムンムン。寝れば疲れも消える。
とは思うが、そんな人だけではない。

 大震災から4ヶ月半も立つので、被災地の現状を書く。

 報道できない現実。震災の裏側。

http://www.youtube.com/watch?v=zrJje5pTZ0A

震災の裏側 パート2

http://www.youtube.com/watch?annotation_id=annotation_445617&v=MVKWtxXtZ3E&feature=iv

震災の裏側 生きる、希望を

http://www.youtube.com/watch?v=OnfQL2G-44s&feature=mfu_in_order&list=UL

石巻市の友達だが、牡鹿半島の先の鮎川にお母さんがいたが、
運良く津波は2軒前迄でで、引いていったが、知り合いは居なく
なったので、お母さんを一人にはできないので、仙台市南仙台
の自分の家で引き取ることにしたそうだ。
嫁さんとの今後がどうか心配だと。

また、津波で家の一階が流され6日間目に発見された夫婦は
若林区の娘の家に疎開していたが、ボランティア等でヘドロを
撤去して頂、大工に床を敷いてもらい、又、住めるようになって
よかったということだ。河北新聞に出ていたあの人だ。

石巻市の離島田代島の友達は、船を流されたが、家族は無事
だとのことだが、娘の元に夫婦で引越しをすることになったと。
 みんな新しい道を決めて進み始めた。
ところが、海の工事をしていた人は仕事がまだ発注されず、
会社も厳しいとのことで、解雇になり、ハローワーク暮らしだ
そうだ。
会社都合であるのでハローワークの支給期間が延びたのだけ
はよかったと。
62歳であるので前の給料の45%だと。
加算期間も入れても7ヶ月だけだから、
あと3ヶ月しか残っていない。
やる気がでないと、ぶらぶらしているのも奥さんに見せたく
ないので、パチンコ三昧だと。
自分でもだめだと思いつつ、打ち友達もできて、結構楽しいと。

しかし、水産会社に勤めていた20代の息子が4月に解雇を
通告された。雇用保険も8月までだ。
貯金もないし、仮設住宅の親父のところに転がりこんできて
、首が回らないと。
又は、信号機が消えていて、交差点で事故をおこしていまい、
負傷して仕事ができなくなった等。
聞けば、聞くほど、失業者が多い。

被災地は農漁業者まで仕事がないのだ。
海も船を流され、又、瓦礫で漁ができない。
田圃も畑も塩害で今年は植え付けは無理だ。
政府は短期の雇用創出のために、自治体で行っているが、
瓦礫の撤去や仮設住宅の見回り等の臨時職員だ。
やりたい仕事ではない。
事業再開のめだがたたず、前向けになれない。

テレビでは被災地を助けている人のいい話が多いが、一過性で
継続的でない。
家族はテレビの前では笑っているが、仮設住宅へ帰ると避難所
と違って、人の目を気にしないでいいので、口論が尽きない。
こんな事は大震災前はなかったのにと愚痴る婦人が多い。
仮設住宅には入れたのに、夜に眠れず、アルコールに溺れる
日々が多くなったという。
阪神淡路大震災でも仮設住宅での、孤独死や自殺者で600人
程があったとされている。
全体の死者の10%強であった。
こころのケアやふれあいの部屋を作ったりて、被災地を支えて
いるボランティアも多く活動している。
仙台市ではあすと長町の仮設住宅でも地域の人と入居できる
ように配慮する仕組みで応募したが、以外に応募者が集まらず
入居率は三回の最終応募でも、約70%以下と聞く。
仙台市は民間賃貸住宅の入居が可能なので、みんな其方に
入居したのであろう。
4月に仮設住宅予定入居者の事前のリサーチが進んでいれば
こんなミスマッチはおきなかった。
このブログでは、仙台市は空き部屋が多い状態なので、だから早い
段階から民間住宅への入居を推進していたので、複雑な気持ちだ。
それにしても、仮設住宅に入居できたが、仕事がなくて、生活苦
が徐々に押し寄せてきている。

田老町では、十分な収入が得られないことで、避難所に通って、
無料の食事の提供を受けている人も多いと聞く。
以前居たので、食事をもらうのは、自分たちで配膳をしていたので、
掃除や洗濯等のお手伝いをして、いまだ、避難所の一員として
暮らしているようであるとも言っている。
自立がおぼつかない。

農漁業者は、地域と結びつきが大きく、他の地域での再就職が
難しい。
政府も農漁業者の就労支援として、全国から求人を募って紹介
したが、若い人でも、約3%の就職に繋げられただけだった。
国も個人も就職にがんばっているが、ミスマッチが多いという
事態ではないようだ。
被災地は元々、仕事が少ない地域であったのだ。
だから、国、県、市がすぐに雇用が確保できる企業を誘致する
のがいい。
女性には通販のコールセンターがいい。
男性は自動車や機械部品に従事して生涯の仕事になればいい。

昨日、第二次補正予算も成立した。
予算額は決定しているが、使い道はグレーだ。
グレーだからこそ、地域にあった雇用対策に最大の努力が
図れる施策を作り出さなければならない。

それを、推進するためにも、首相はいつ辞めるのであろうか。

(首相の支持率の推移)7月10日調査 支持率12.5%

 http://www.jiji.com/jc/v?p=ve_pol_cabinet-support-cgraph

そして新しい体制で、復興の方向性を早く示せ。

失業者を救え。

被災地は閉塞感が増すばかりだから。

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