« 宮城県漁協ー村井知事の「水産業特区」、撤回を要望 | トップページ | なぜ進まぬ瓦礫の撤去ー石巻市、宮城県、 »

杜の都の早慶戦ー仙台一高2:と仙台二高3の野球定期戦

杜の都の早慶戦ー仙台一高2:と仙台二高3の野球定期戦

5月14日

五月晴れの土曜日、宮城県クリネックKスタ球場(楽天のホー
ムグランド)で、入場無料で、午前11時開場して、両校の
応援合戦の後、午後1時に試合が開始された。
一高:二高=2:3. 二高の勝利だ。残念。
仙台第一高等学校
http://www.sen1.org/school/sen1start.htm
仙台第二高等学校
http://sen2-h.myswan.ne.jp/frame/index.htm

仙台第一高等学校は、東北地方最古を誇る高校で、119年を
迎え、甲子園出場も4回を数える伝統校である。
30年以前、宮城県下学区制が引かれる前には、一学年400人
中、東北大学に170人、東大20人、国立大学合計300人入学
の快挙の時代があったが、国立大学入学80人前後までに低下
している。
学区制で、仙台第一高校と変わったのが、仙台第二高校であり、
仙台市を南北に分けた関係で、北部は三菱地所の開発した泉区の
最優良宅地パークタウンも控え、また高校が東北大学教養部川内
の隣接地にある地理的優位性から大学の師弟など多く、学力の
伸びは顕著であった。
 一方、仙台一も仙台二も県立で男子高校として全国的に有名で
あったが、浅野知事(仙台ニ高)(東京都知事にも立候補)時代に、
男女共学化を進めて、仙台二高は5年前から女子が320人中
100人ほど入学している。

仙台一高は、男子高校に固守したが、宮城県学区制廃止を条件に、
女子の生徒の受け入れを果たし、1年前から320人中、80人ほど
入学している。
仙台駅からも近く、今後、郡部の伸び盛りの生徒が入学することが
予想され、自由な校風により、昔のように東北六県からの入学を
呼びこみ、再び、東北の雄へ期待されている。
骨太の教育が基本であり、高校では受験勉強をしない、教えない
校風でもある。

仙台一高は、バンカラの校風として、男子応援団が、高下駄、
ぼろの袴姿で、佳境にはいると上半身裸で旗を振るのが決まりだ。
仙台二高は、去年から女子の応援団長しかおらず、団員もにわか
作りの学級推薦で選別されているらしい。
応援の服装は、昔から、白い長い学生服に鉢巻が決まり文句
であり、今日見た団長も同じ服装であったが、身長150cm前後
体重50kgほどの華奢な体である。
歩くときに、いちいち手と足を一緒にしながら、見栄を切って歩く
のが、なんとも愛嬌があった。

試合の前の応援合戦では、他校へ応援団長がゆき、他校の
応援歌(やあまもいかれば、ばんじょうの・・・)の先導をする。
エールの交換ということである。

この定期戦の宣伝として、2日前に、各校から、仙台市の中心街
の一番町にアピール行進として、応援団と在校生が練り歩くことで
杜の都の早慶戦として市民に親しまれている。
60~30年前までは、仙台一高在校生の行進は、高下駄と決ま
っていたが、履きなれなくて大変だった。

さて今回は東日本大震災後であり、自粛も考えられたようであっ
たが、開会式の挨拶で、当番学校の仙台二高校長が、被災にあわ
れた人々に元気をだしてほしいとの思いを込めて開催したとの
メッセージがあり、一分の黙祷のあと試合が始まった。

仙台一高が先攻、3回に1点、4回1点、仙台二高が3回に1点、で
試合は8回の裏になり、2点の追加点を得た仙台二高が逆転で勝った。

圧巻は、2回の裏の仙台二高の攻撃で、ヒットで、ホームに駆け
込んだ選手が、仙台一高のキャッチャ深堀駿君(3年、4番打者)に
アメフト張りに、体当たりしてきた。
深堀君(みどり台中)は飛ばされながらボールを離さず、アウトにした。
しかし、深堀君は動けず、その場に倒れたままだ。
深堀君を二三人で抱えて起き上がらせたのだが、一歩歩いては
ふらつき、またふらつき、6歩ほど歩いてその場に倒れた。
完全にのうしんとうを起こしているようだ。
マラソン選手がゴール前で脱水症状でふらふら歩く症状と同じだ。
5分間ほど、その場にいたが、立ち上がって、キャッチャーに戻った。
仙台一高の4番、中心選手である深堀君は責任感からプレーを
続けたが、指導の先生は、辞めさせるべきであった。
結果的には、次の回の打順で、一塁へヘッドスライデングしたあと、
2年生の岩波勇汰(東華中)にキャッチャを変わった。
審判は、このホームへのプロまがいの体当たりについて、高校野球
ルールの、危険プレーとしてペナルティーを科すことがあってもいい
ように思ったが、球場は一寸凍った。
その意味で、ぜひ仙台一高に勝ってほしかったが、実力的には二高
が今年は上である。
ヒット数は一高:二高=4:9であり、点数的には一高が健闘したと
いえる。
さらに、その理由は、仙台一高は津波で練習ができなかったにも
かかわらずである。
仙台一高は東北新幹線で東京方面から仙台駅に着く1分前に、右側
に見えるコンクリート校舎である。
しかし、野球部の練習場は、10年ほど前から、他のクラブとグランド
が取り合いになり、使用が難しくなったので、若林区荒浜地区で、
仙台東部道路に隣接した海側の場所をグランドに整地して使用し
ていた。
今回の津波でグランドに3mほどの津波が押し寄せ、壊され、グランド
が使用できなくなったためだ。

因みに、部室も流され、グローブもユニホームも無くした写真が入場口に

貼ってあった。

仙台二高は1年生でも、ユニホームに背番号(29番まで)があったが、

仙台一高の1年生(14名)には、背番号がなかった。

また、練習試合は仙台二高のグランドで行うなど、兄弟高校として、

切磋琢磨している仲間でもある。
入場無料であったが、野球部への募金活動が盛んで、入場口や
スタンドで行われていたので、千円一枚を募金した。

それにしても、青空の下、三塁側バックネット裏で電話のきた友達
と見ていたが、メールで連絡してきた同級生、応援団の吉田君、
私達の左のエース、中里君、体操部、県弁護士会長の森山博君、

元東校長で仙台育英高校の遠藤君などが顔を見せていたが、

3年前野球部主将の父であった浜田君は往診か姿が見えなかった。

元仙台一高の野球部監督石黒正敏君も宮城三桜高校(旧宮城第

三女子高校)から聖ウルスラ高校に第二の職場にて忙しくしている

ようで、いつもの顔が見えない。

去年の岩沼市出身の大沼投手はすごかったとうわさをしたのに。
立命館といううわさもあるが、長身、しなやかで、ダルビッシュの
ようでもあり、準々決勝で東北に1点差で負けたが、宮城県では
一番のピッチャーであったことは、今も脳裏を離れない。
甲子園の道は遠いな。

5月15日(日)午後4時55分から

定期戦はミヤギテレビで放映します。

|

« 宮城県漁協ー村井知事の「水産業特区」、撤回を要望 | トップページ | なぜ進まぬ瓦礫の撤去ー石巻市、宮城県、 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/504062/51670578

この記事へのトラックバック一覧です: 杜の都の早慶戦ー仙台一高2:と仙台二高3の野球定期戦:

» 仙台二 3−2 仙台一@宮城〜定期戦、二高優勝!〜 [KAMMY'S HOMEPAGE 写真館(livedoor移行中)]
 というわけで、今年は試合前の野次合戦?から見ようと思いつつ、着いたのは11時20分頃。・・・って思ったら、球場前でのやりとり(俺のときはそんなのやった覚えなかったな ... [続きを読む]

受信: 2011年5月15日 (日) 18時27分

« 宮城県漁協ー村井知事の「水産業特区」、撤回を要望 | トップページ | なぜ進まぬ瓦礫の撤去ー石巻市、宮城県、 »