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2011年5月

福島、クフシマー風評被害に負けるな

福島、クフシマー風評被害に負けるな 5月30日

「福島県で生まれた耳無しウサギ」など、デマ、風評被害が広がっ
ている。
福島県は、大震災での、建物崩壊、地すべり被害、津波被害等、
岩手県、宮城県と同じように遭遇している。
しかし、福島は、フクシマになってしまった事情が、決定的に
他の県と違う。
 関東地方へ避難した福島県内のナンバーの車が、落書きされ
たり、出て行け、と罵声を浴びせられることがおきている。
被爆者扱いをする動きである。
根拠がある話ではない。
まったくのデマである。
そのデマを流した人達を、見逃している人々も多い。
世界中から、日本人は、大震災にあっても、各人は沈着冷静、
他人には思いやり、悲しみに耐えていると映っているようだが、
そんなことは一部だけだ。
大震災が、東北、みちの奥に起こった震災だから、耐えているのだ。
千年以上、中央政権から攻められ、支配されてきた耐える人達
なのだ。
東北の民の首アテルイが坂上田村麻呂に征伐された802年、
そして京都で首を打たれたのに、現在も、青森のねぶた、ねぷた
のように田村麻呂を称える夏祭りを行っている。

ところが、1カ月を過ぎてから、状況が変わってきた。
福島県のいわき市では、父兄の要望で、給食に、福島県産の食料
を使用しないような動きがでている。
福島県内で他の地区でも、科学的根拠をなしに、自分の県産を食べ
ないようにする動きがでている。
簡単に福島原発地からの避難民引き入れた近隣の市町村長に
非難が起きている。
一ヶ月程度と見ていたが、1年以上になる予定もあり、住民は
不満をあらわにしてきている。
この動きは風評被害というより、福島原発への近隣住民の苛立ち
である。
苛立ちを向ける相手が、東電であり、遠い存在なので、身近な
避難民に向けているのだ。
冷静に考えれば、避難民と接する機会が多ければわだかまりは
消えるだろう。
その努力を、市町村長は、交流会などで、払拭するべきだ。

一方、いただけない話が、仙台市でおきていた。
仙台市の小学生の一泊二日の修学旅行の話だ。
仙台市の小学校125校の90%以上が例年だったら、福島県
会津若松市への修学旅行だ。
仙台市太白区の子供達が通った西多賀小学校、長町南小学校
でも会津への旅だった。
白虎隊の木刀を買ってきたものだ。
東北の近代の歴史を学ぶのに、伊達藩との歴史的考証からも
面白い場所である。
だから、50年以上の前から合津への修学旅行になっていたのだ。
福島原発から仙台市までは、一番近い場所で95キロ、
会津若松市は98キロだ。
放射線量は、当然ながら、阿武隈山地、奥羽山脈越えの
会津若松市は仙台市より、少ない。
 とこらがである、今年の仙台市の修学旅行はPTA会からの要請
で、会津への修学旅行を取りやめた学校が90%になったという。
山形県、岩手県へ振り替えたという。
今年でないなら、他見への修学旅行があってもいいが。
今年に限って、この動きは。
PTAはポピリズムに陥り易く、ゆるい会であり、だれも責任をもたない。
そのPTAの動きに、何も指導できない、仙台市、仙台市教育長は
風評被害を拡大しているという自覚があるのか。
責任ある立場にある人の判断を、市民はみて、正しいことをする
市民は、悲しいながら、半分はいるのである。
小学生に、旅行先の変更をどのように説明したのか。
先生はどのように説明したのか聞いてみたい。
理由を言えた先生は皆無であったことを願う。
先生は父兄の声に逆らうのは難しい。
グレートクレーマーにすぐになっていまうからだ。
仙台市が決然と、「例年通り」と指導すべきだった。
仙台市民が、風評被害を拡大している元凶にだけはしないでほしい。
仙台市PTA会は、冷静になって、この風評被害を考えてほしい。
さらに、仙台市PTA会の幹部をしている、仙台市議会議員の資質
が疑われる。
仙台市民は、これでいいのか。
東北のリーダーシップを唱える仙台市が絶対あってはならない判断
をしてしまった。
東北の住民は、仙台民の通った道には草木も生えないと言われて
いることを、もう一度 思いいたることが大切だ。
仙台市は今一番よい新緑の季節を迎えているが、この差別的な
判断、行動は、すべきでなかった。

因みに、会津若松市観光協会が仙台市へ、旅行のお願いにきたが
後ろめたくで、顔が上げられない。

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台風2号崩れー茨城、福島、宮城の被災地襲う

台風2号崩れー茨城、福島、宮城の被災地襲う5月30日

5月30日未明より雨が大粒で降ってくる。
眠れ無い夜が過ぎた。
朝のニュースで、台風2号が沖縄で55mの記録をしたそうだが、
紀伊半島沖で温帯低気圧になっても勢いは衰えないという。
その訳は、太平洋岸に居座る停滞前線を刺激して、湿った南風を
呼び込んで、台風の前面の関東地方茨城県、福島県、宮城県の
雲を刺激し、現在、大雨が襲っている。

私の住む仙台市太白区での観測だが、朝7時38分には一分程、
雷の音が厚く覆った黒い雲から轟いている。
このように長い時間、雨が降って、その量や集中豪雨的な降り方
では、東日本大震災で地表に亀裂の起きたところの被災地には、
雨が地面に入り、固体であった土砂が、雨を含んで液体状況に
なり、地すべりや地面が崩れてしまう危険が高くなる。

ブルーシートを敷き、砂を詰めた麻袋で押さえをして、地面を覆う
などの対策は有効であるが、地面に亀裂が入って、半壊している
家は同情するが、住民は大変だろうが、危険で避難するしかない。

このブログでも記いてきた、東日本大震災地すべり被害調査地区
(日本土木学会)福島県の白河地区、特に須賀川市長沼地区、
農業用ダム「藤沢湖」が決壊して、下流の部落を襲い、8人の
死者をだしているが、その「ため池の堤」堤防は応急復旧中をして
いるだけである。
いつ決壊してもおかしくない。
まだ、国から査定がされておらず、復旧の手当ては、手付かずで、
心配だ。
白河地区は雨に反応して流動化されやすい土砂特有の土砂災害
警戒区域であるので、梅雨を迎えるこれからの季節に関して、
地滑りなどの危険がさらに高まっている。
他のダム監視も必要だ。
しかし、国は金がないので、仕分けでカットされたままだ。
それにしても神頼みだけしかなのか。

これ以上、人災は作ってはいけない。

また、仙台市の太白区緑が丘団地、青葉区の折立団地等では、
切土(もとの地山面、硬い地盤)と盛土(周りの土を削って、押し
出した土砂の平らにした面)の間に雨が入って、地滑りを誘発
する。
シートの覆いだけでは、山から、周りからの水が元の山の谷あい
の面に雨が染み込んで、一度起きたものは、そのままだんだん
崩れてくるのを待つしかない。
昭和53年宮城県沖地震で緑が丘団地では100世帯以上の
家の移転をしたが、一部は防護壁用の大掛かりな杭を打ったり
したが、今回の地震で、期待された効果には程遠い。
今が8時過ぎたが、雨の強さは変わりない。
午前中は雨が続く予定である。
これ以上、強く雨が降らないでほしいと神頼みだけだ。

石巻市等の地盤沈下地区、北上川下流等の津波の被災地区は
岸壁も低く、もともと堤防も低く、河川の増水や高潮による浸水が
心配でならない。
万石浦の渡波町や塩富町なども、浸水被害が心配だ、
海上では20m以上の風が吹き、波高は6mの大しけである。
その余波は海岸部に押し寄せてくる。
船も転覆が予想されるので、もやいをしっかり係留柱に巻きつけ
なければ。
船の固定が必要だがそれ以上の対策はうてない。

河川管理事務所では、洪水警戒水位を1.5m下げて、警戒を
呼びかけるようであるが、堤防の決壊は、地域住民の目も
大切である。
地震による堤防の亀裂やモグラ穴などで緩んでいる場所は
消防団や国、県の河川管理事務所に早い通報が不可欠だ。
遠慮はいらない。
ぜひ早い通報を。
各地には、災害対策用基地があり、緊急資機材もあり、ヘリ
ポートも整備されているので、緊急時の救命も可能であるの
だから、早い連絡がほしいのだ。
国の河川管理事務所には、各地の出張所に、自動誘導の監視カメラが
設置されているので、対応は早いが、堤防の亀裂は、2名程の
見回り員がパトロール車一台だけで約40キロ両岸の堤防を見回っ
ているので、緊急時は人が足りないからだ。

それにしても梅雨時、台風前に、なぜ復旧工事をしないのか。

どうせやるしかないのに、何もしていない。

宮城県には、土砂災害警戒警報が出されているが、警戒だけで

対策は打てない、打っていないでは、無政府状態ではないか。

政府は金の心配はいらないから すぐ復旧工事をせよと指示をだす

だけでいいのに。

被災地がまた、二次被害を起こしたら、泣くになけない。

福島原発事故での放射能漏れの影響を少なくすべし。
原子炉爆発した場合の放射能の全量は、今回の水素爆発での
放出、拡散された放射線量は1000分の1だ。
つまり、これ以上、放射能がもれないようにしなければならない。
特に、この雨での、福島原発事故地区からの高汚染放射線量の
水の海への垂れ流しは阻止しなければなrない。
福島原発地区の1キロ圏内に、高汚染水保管場所を確保する
プール、うまくいけば地下100m等への貯蔵などである。
双葉町住民など原発避難民には不満であろうが、世界的に
みれば、高汚染水を海上に垂れ流してはいけない。
日本で影響を終結させなければならない。
早く、雨での汚染水増加対策を取らなければならない。

仙台市や東京でも、放射能対策は同じである。

3月は放射能が空中にあったので、マスク等をして内部被爆を
防ぐ方法がベターであった。

4月は空中の放射能が雨に混じって、地表に落ちてきたので、
雨に当たらないことが一番の対策だった。

5月は地表に降った高放射能に触れない対策だ。
 校庭の土砂の撤去も有効、高放射線量の牧草地の草の撤去
 もしたいが、難しいようだ。
 生茶葉が高いのはそのためだ。
 若草や、芝生に寝転ぶ喜びは、今年はなしがいい。

6月は乾燥して風が運んでくる吹き溜まりの場所、水が運んで
 きたために、吹き溜まりとして高放射線量の場所、下水道や
 側溝など。
 梅雨の前に、町内会等が中心になりしていた、水はけがよく
 なるようにとの意図の側溝掃除などはご法度だ。
 溝浚いという季語もあるが、東日本地区ではご法度だ。
 その濃縮は、100倍以上にもなり、口からの内部被爆も考えら
 れるので、絶対すべきでない。
 風でも雨でも、それが原因で吹き溜まりになる場所へは立ち
 入らないことが肝心だ。
 立ち入り禁止区域をバリケードで示すのも、笑い事ではない。
 放射線量を下水道や側溝で測れば、その高放射線量が測定
 される。
 仙台市は放射線測定装置貸し出しすべきである。
 市民に測定させて、結果をしらせるべきである。
 測定方法が簡単だからだ。
 地表面からの高さだけを間違わなけば、数値は変わらないから。
 仙台市の放射線量測定への対応は変である。
 わざと隠しているようだ。
 アンパンマンには、ご執心であるようだが。
 現実はリアルな政策を実行すべし。

 7月、8月は、果実、木も野菜も含めて、成った実である。
  露地栽培の、桑の実、梅の実、桃の実、トマト、きゅうり等
 地面から栄養分と同じように、セシウムもストロール化して
 実に蓄えるからだ。

因みに、放射線量と比例して、それは直線的であり、20ミリ未満で安全

というのではなく、少なければ少ないほどよいということだ。

病気は癌の発生率が高くなるのだが、特に白血病、甲状腺がん、心臓病

の発生に影響が高い。桜井充民主党国会議員医師団議連により。

桜井氏はシックハウス症の規制議員立法を成立させることに中心的な

立場で活動した議員である。

 
 以上がこのブログで書いてきて課題だったが、この雨で気になることを
 書かせて頂いた。
 このブログを時間経過で読まれれば、以前に指摘してきた事、
 対策をすべきだと書いてきた事が、リアルな結果として、早ければ
 1週間で世論の波で、実現されている。
 これは、インターネットの波及の速さだからと思う。 

 また、3月20日のこのブログ、原発事故の今後の展望対策を書いたが
 4月20日頃、政府から建屋テントの話がでた。
 6月のはじめには、福島原爆建屋に放射能拡散を防止するテントを
 張り終えている筈であった。
 1ヶ月遅かった。
 
 対策は、早まわしに対処すべきである。
  
 大雨での被害がでないように、神様にお願いするしかない。
 

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東日本大震災の対談

東日本大震災の対談  5月28日

今野紀美子 プロフィール

滝同人、震災後、塩釜市で町内会活動から、避難所の体育館で約五十日間のボランティア活動を行う。主に、こころの癒しの場として「ほっとカフェ」を開き、お茶のみ場を提供しながら、避難者と正面から向き合って、話相手になってきた。

特に、友人とともに、避難所の子供たちのこころのケアに尽力し、話相手だけでなく、玩具、漫画本、文房具等も提供した。

赤間 学 プロフィール

滝同人、震災後、仙台市太白区富沢中学校の避難所で一週間ほどのボランティアを経験する。阪神・淡路大震災で現地入りしボランティア活動経験あり。仙台市太白区泉崎南町内会活動で、宮城県沖地震対応として防災対策部を立ち上げ、震災緊急時マニュアルを作成した。地元富沢中学校と地震時の初動体制や、中学生と地域防災マップの作成の指導にあたった。

日本赤十字社によりAED講習会を開催して、地域医師による緊急医療トリアージの訓練等、住民の防災啓蒙に当たっている。

震災時はどうでしたか。

学 紀美子さんは東日本大震災の時、宮城県塩釜市で被災され、その後、避難所でボランティアの活動を五十日間ほどなされたと聞きましたが、被災状況、句友のこと、俳句の事なども織り交ぜながらお話を聞かせて下さい。

 先ず、地震の時は何処におられ、どのように対処されましたか。

紀美子 高校のクラスメートと塩釜神社の境内にあるレストランでランチをし、3時から市中心部の壱番館内の図書館での会議がありましたので、ちょっと早く2時頃に外に出ました。するといつもの海光が消えていて、薄暮のような暗さで、神社の裏から黒い雲が千賀の浦の方へ舌のように伸びていました。友人は「雨の降らないうちに帰るわ。」といって別れ、一人で旅行の写真が出来ているはずの壱番館のカメラ屋へたまたま立ち寄った。

 その時、ドシン・ぐらぐらと大きな衝撃、今までに経験したことのない揺れに青くなった。カメラ屋のカウンターと窓ガラスの間で踏ん張っていたら、ご主人が、「大丈夫だよ、この建物は耐震だから」と言いながら、「この機械は何千万だからね」と機械にしがみついている。ところが、揺れは止まず、益々大きくなり、床からコンクリートの粉が吹き上げ、外の舗道がみるみるうちに沈下していゆく。商店街のショウウインドウの硝子がバーン、シャリシャリと砕け、土塀がずしりと崩れ落ちた。電線が切れ、その上を車がゆらゆら走ってゆきながら、プチプチと火花が散っている。長い揺れがおさまると、建物中、硝子の破片が落ちていた。気を取り戻して予定の会議場へ行くと、真っ暗で誰とも会えず、ぼーとしていると、ホテルの裏山の稲荷神社に避難だといいながら人が押し寄せてきた。私は咄嗟に、反対側の塩釜神社へ走った。

 防災無線の警報が「4メートル、7メートル、さらに10メートルの津波が来ます。高台に避難して下さい」と走る背中から追い立てられながら、やっとの思いで階段を登り塩釜神社ついて、振り返った海は暗く何も見えなかった。小雪がが舞い、神社づたいに裏山から自宅に帰ることが出来た。稲荷神社へ逃げた人々は津波が町中を連続的に襲い、水が引かないので、一晩中眠れない夜を過ごしたとのことであった。

 学さんはどうでしたか。

学 仙台市太白区の海岸部から8キロ地点の長町近隣のマンション一階の自宅に夫婦でいました。テレビと本棚を手で押さえ、足で机の上のパソコンとプリンターを押さえ、しがみつく妻に、この地震長いなといいながら、消えたテレビ画面の「宮城県沖で地震」のテロップが頭を駆け巡っていた。

地震後直ぐに、四年前に町内会に防災対策部を立ち上げた縁で、一時避難所の公園へ行き、防災倉庫を開放し、ラジオを掛けながら、七十代の女性を中心になり、高齢者の見回りを始めた。公園には幼児園のグループ、デーケアサービス中の車椅子のグループなどと、三百人ほどが様子見に集まってきた。ラジオからは、三陸で十メートルの津波が来襲との耳を疑う放送が声高に聞こえていた。雪が激しく降ってきたので、避難所の富沢中学校へ、向かった。夜の十二時までに富中の体育館、武道館、小ホールへ約千五百人が避難し、入り口だけを発電機で灯しながら、女子トイレへプールからの水の確保を図り、女性先生とバケツで水汲みを行いました。朝には町内会と中学校で備蓄していたアルファー米五目飯を妻を含め女性部三十人程で千五百食分のおにぎり炊き出しを行なった。以後四回行い、避難者から班長を決めて配給当番としました。紀美子さんは長くボランティア活動をされていたと聞きましたが。

被災地の町の状況のことなど

紀美子 私の自宅は高台で、地盤も堅く、津波被害もなかったので、帰った後で、一人暮らしの方々、高齢者の安否確認をしたりしながら、町内会長とも相談して、避難所も遠いので、在宅避難とすることを決定しました。電気、水道、瓦斯のライフラインが止まったので、一人暮らしの人々には、炊き出しもしました。テレビも電話もつながらず、まだ津波の被害の状況は知りませんでした。夜になり、災害対策本部の体育館へゆくと、避難所の学校の教室も満杯になり、計画では救援物資の集積所の場所まで人が溢れていました。

避難所のボランティア活動

学 紀美子さんは約五十日間ほど、避難所でボランティア活動をしていたとのことですので、その内容など教えて下さい。

紀美子 大震災の三月十一日は卒業式でした。避難所の体育館の近くの中学生が駆けつけて、備蓄倉庫から毛布の搬出などを手伝っていたら、夜になり、突然、泥だらけになりながら濡れた避難者が運ばれてきました。そこで津浪の実態を体で感じました。着替え・暖房・食料も何もない、もとより体育館は避難所でないので、炊事の設備もない。中学生が家からポットや薬缶を持ってきて、卓上コンロとガスボンベや練炭火箸、お茶などがいつの間にか集まり、冷えた体の避難者へ振舞われた。一晩中お湯を沸かす役を勝って出ていました。

 一週間ほど経つと支援物資の中に珈琲や紅茶も届くようになり、避難所の一部を借りて、熱い飲物を中学生が振る舞い始め、ここを「ほっとカフェ」と名付けて、癒しの場になってきました。学生が忙しくなり、私がこの癒しの場を引き継ぎながら避難所の閉鎖の四月二十八日まで続けました。

 避難所の様子は、十二日は食パン一枚、蒲鉾一枚、これが一日分でした。十三日は朝晩食パン二枚、十四日は米子市から自己完結型の支援で豚汁が振舞われた。

四日目にもなると、避難者も落ち着きを取り戻し、帰宅を始めたが、また戻って来ると、家をもっていかれた、車が突き刺さっていた、船や漁具、牡蠣いかだが陸に打ち上げられた等という話をされたが、情報もなく、まだぴんと来なかった。

そして、一週間ほどは、唖然として動けないようでした。

十日も経つと、家に住める避難者は、毎日避難所から自宅へ行き、瓦礫の撤去、電化製品の廃棄、ヘドロの掻き出しと精を出し、社会福祉協議会の運営するボランティアセンターもボランティアを募り、県内の高校生、大学生の支援を中心に各個人の家の手伝いを始めた。

そして五月の連休明けまで続くことになった。

 支援物資は、東北自動車が開通する四月を迎えると、ガソリン不足も解消し、全国からどんどん送られてきた。しかし、支援物資の仕分け、荷捌きがスムーズにゆかず、避難者に届かない事態にもなった。そこで、インターネット通じて、必要な人に必要な物を届ける試みも行われていた。

 避難所には、全国から医師団や保健師が来られていましたし、理容師さんのヘヤーカットやドライシャンプのボランティア、マッサージ師さん、畑中みゆき地元オリンピック選手、山本リンダさんの「うららうらら」の歌に歓声があがりました。

 私達は友人とともに子供のこころの癒しの為に、「海の神様がいたずらしてみんなの玩具や大事なものを、さらっていったけれど、返してほしい物を紙に書いてね」と呼びかけて、ぬいぐるみ、玩具、漫画本、文房具、手作り江戸からくりまで揃えて、避難者の子供にプレゼントをしました。

自衛隊の活躍も有難かった。人の捜索で大変でしょうが、炊き出し、簡易風呂の設置もしてくれた。私も三週間、風呂に入れなかったので、熱いお湯をたっぷりかぶりました。

 仮設住宅六十戸の入居も四月二十八日から始まり、一人暮らしの男性に「夫婦茶碗」をプレゼントして、私の「ほっとカフェ」は、今日で終わりをつげました。

 学さんの富沢中学校での活動を教えて下さい。

学 活動は一週間程でした。避難者が一日目千五百人、二日目千三百人、三日目千百人、四日目百五十人、五日目百二十人 六日目百十人、七日目百人、十五日目には避難所閉鎖。

仙台市では学校管理者の学校長が避難所のリーダーです。

この決まりががうまく機能していた。災害対策本部は市職員が運営し、社会福祉協議会が活動の中心になる組織であったが、町内会と役員がダブっているので、一週間ほどの立ち上げ時は町内会の組織で活動した。しかし、実態は校長の指示の基に、四十人前後の先生が段取りをしていた。後は六つの町内会会員一万二千人を、役員四十人程、平均年齢七十歳以上がお手伝いをする体制でしたね。だから若い先生の寝ないでがんばる姿は感動物でしたね。

 二日目で灯油が残り八0Lしかなくなり、校長と相談し、体育館の八百人に対して、昼は五台のストーブの火を消すようにお願いしましたが、そうだねと皆が了解してくれた時は嬉しかった。切れかけた五日目の夜に灯油の配給がなされた。また、避難所から出来るだけ速く自立することが大切と考え、体育館の脇の壁に、大きな紙を張り、口コミ情報を各自に時間経過のわかるように署名入れで書いてもらった。

安否情報とは別に、お店開店情報、地区毎の通電情報、水道復旧情報、給油所情報、お水使用可能場所情報、携帯電話充電可能場所情報、道路不通情報等、時間経過で書かれているので、復旧過程が一目でわかった。なぜ口コミ情報を提案したかは、若者は携帯等で情報を速く得られるが、高齢者は情報弱者になるので、避難所の若者からボランティアを募り地域生活情報をいち早く書き込んでもらうことにした。

四日目には避難所にいても、自分の家が通電、水道復旧がなされたことをタイムリーに知り、一気に自宅へ帰える事に繋がった。立ち上げ時の私のボランティア活動の役割は終えた。

ライフラインの復旧はどうでした。

紀美子 兵庫県川西市、村山市、長野市等の給水車に長蛇の列が並びました。通電は一週間後、水道復旧は二週間後、都市ガス復旧は四月二十日前後でした。

学 水道復旧は四日目の昼、通電は四日目の夜、都市ガス復旧は名古屋市の東邦ガスで四月十二日でした。ガスが遅れたので、電子レンジ利用での省エネ料理を研究しましたね。

震災後、日常生活に戻ったと感じた日はいつですか

鮪の刺身を食べ、少しワインをいただき、魚は美味しいと思った時かな。塩釜魚市場は幸い津浪の被害が少なく四月十四日に鮪の初水揚げが成され、復興の兆しを示していました。

四月中旬塩釜神社の桜も満開、千賀の浦も青々と煌いていた。

学 四月七日深夜の大きな余震、震度6弱が起きたが、、停電せず、そこでテレビ情報と更なる余震等をインターネットで

配信、ツイッターやブログの書き込みをしながら、取りあえず宮城県沖震源の地震は山は越えたなと思った時かな。

そして八十八年前の東京直下型地震、約三百年周期の東海・東南海・南海三連動型地震へ、震源地は西へ移ったと思った。

家族との安否確認はどうでした。

紀美子 夫は仙台駅を発車したばかりの電車内で被災した。電話連絡がつかなかったが、6時間かけて午後9時頃に雪に濡れて帰ってきて、再会、無事でほっと安心。東京の息子とは、十三日の朝五時に携帯が繋がったが、宮城県内の娘には繋がらず、無事のメールを頼む。石巻市に嫁いだ娘とは三日後に連絡が付き、本人の声を聞くまで心配だった。しかし叔母さんが東松島市の野蒜で行方不明になり、身元不明者として土葬にされていることがわかり、五月三日に自衛隊に掘り起こしてもらい、遠くの栗原市で荼毘に付した。

学 東京の息子は水戸市へ出張中に被災し、そのまま東海原発への風評被害の取材に走ったとの事、四日後に連絡が付く。

嫁いだばかりの娘は名取市の郵便局にいて無事だったが、郵便配達の二人が津浪にさらわれ死亡したとの事で、泣きじゃくっていた。

主宰や俳句仲間とはどうでしたか。

主宰にいち早く電話をしましたら、本に埋もれているが、大丈夫であるとのこと、安心しました。

「浪の会」は菅原祥さんが会員の家を廻って安否を確認してくれて、皆様が無事であることを知った。また、池田智恵子さん宅に横田みち子さんもおり、ミニミニ句会を開催し、落ち着きを取り戻しました。多くの俳句仲間より電話もいただき、励ましの言葉に、優しさに涙がでてたまりませんでした。

また、河北新報に行方不明だった石巻市の渡辺登美子さんの

記事が載っていまして吃驚、六日ぶりに救出されるまで、浸水した自宅の二階に閉じ込められていたそうで、その間、夫が川柳を、妻が俳句を作り批評しあい、運良く冷蔵庫のキャベツを食べて飢えを凌ぎ、励ましあっていたとのことですね。

学 妹の信子さんからも聞き、大変な思いをされたのですね、 兄の白石とは一週間ぶりに連絡が付いた。朝に繋がり、心配していたと怒っていたが、多賀城の歌枕を引用し、沖の石までは津浪が来たが、「白波の末の松山越すかとぞ見る」の通り、末の松山までは津浪は来なかったぞと高笑いをしていた。

滝発行所で翔さん、玲子さん、信子さん、翅子さん、加代さん、啓子さんと俳誌の郵送の手続きをしながら、主宰が印刷所の被災で俳誌は幾分遅れるが、欠番は作らないと決意を新たに示した。さらに三山さんと本に押しつぶされた主宰の部屋の整理をしながら、主宰より宮城県の俳句の歴史、俳人たちの流れやすばらしさを教えていただきました。

震災後、俳句創作に何か変わったことはありますか。

紀美子 奥松島の三島が防波堤となり、松島の国宝「瑞巌寺」は津浪の被害から免れたが、土塀や壁に被害がでたとのこと。

塩釜市の子規、晶子、鉄幹、茂吉、賢治等の海浜公園が去年完成したばかりで、文学散歩道が失われてしまったこと。

滝四月号に「さへづりや千年前の津浪跡 清野やす」の句が載りました。二月の投句分であったので、大震災を予感されていたような気がしましたね。貞観地震から千年、千年に一度の災害に遭遇したのも何かの縁、私たちの俳句も後世に残すのも使命かと思われますがいかがでしょうか。 

学 主宰と話したとき、震災俳句しか浮かんでこないなとも。大震災は価値観の転換をもたらす。戦後の清算とともに、新しい生き方が求められる。物質文明から精神文化への台頭が起こるであろう。俳句創作もその線上に生まれる。俳句は日本人の万葉の世から続く自然への憧憬を縦軸に、大震災後の精神文化を横軸に織り成して、更なる深み進化していゆくであろう。

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海水中断なかったーエぇ^~ー原発所長の判断

海水中断なかったーエぇ^~ー原発所長の判断 5月27日

米国の原発事故対応マニュアルでは、現場の所長が、事故の
場合は原子炉内のベント開閉の決定権がある。

東電のマニュアルでも、緊急時は福島第一原発吉田所長の
判断で決定するとされている。

3月11日午後7時に福島原発で、非常事態宣言

つまり、原発は政府の管理下に入ったということ。

今回の件での課題は何か。

1)さて、今回の海水注入に関しては、緊急時の対応だったのか。

 原発事故に際して、政府の、原子力安全委員会の指示で、
 原発が処理、対応する事に、マニュアルがなっているのか。
 或いは、ありえないこととして、安全神話から、この仮定で
 のマニュアルは当初からなかったのか。

2)東電の原発事故の際のマニュアルで、緊急時はいつまでで、
  いつから、東電の本部の決定が、最終決定として、現場で
 指示がされるようになるのか。
 
 さらに、文章などで指示はなされていたのか。
  口頭でも、決定は実行されてかまわないのか。
  テレビ電話会議での、ISO9001等での書類の流れ、責任者
 が確認印など、決定、実施、結果報告はどのようになされて
  いたのか。
  日本の企業の10万社が行なっている米国流書類システム
  ISO9001のシステムで書類の記録がなされていれば、今回の
  真偽が判明されるが。

3)原発事故の際に、政府(原子力安全委員会)、保安院と東電
 との指示、命令系統はどのようになっているのか。
 その取り決めがなされていたのか。

4)3月12日午後1時から真水注入を開始したが、

 午後2時に真水注入を停止した。

 午後3時36分に水素爆発を起こした。

 これで放射能が漏れた。

 なぜ真水注入を停止したのか。

 すぐ海水注入をしなかったののか。

 この検証をしてほしい。

 これが緊急時対応の瞬間だからだ。

 海水は真水より再臨界が起きにくい。(原子力専門家多数)

 首相が勘違いしていたと思われることは、海水が真水より

 再臨界がおきやすいと勘違いしていたので、怒ったのが実情だ。

5)首相に勘違いですよといういう人物がいなかったことが

 一番問題だ。

6)こんな些細な問題を政局にする国会議員の反省を求める。

 国会議員は復興に汗をかけ。

 

日本最大の企業の内情がわかるだけに、そのお粗末、、調査方法
や言質をとっていいないなど、基本がなっていない。
 否、わざと隠すために、企業の恥をしのんで、うその見解を、何回も
 繰る返しているのかもしれないが。
まだまだ、でんぐり繰り返しがあるのかもしれないが。

事件を追うと、
3月11日福島原発事故により、3月12日午後3時36分水素爆発がおき
冷却のために、原子炉内へ海水注入をすることになった、緊急の
緊迫の瞬間瞬間の、会議、判断と指示、実行、がどのような機関が
どのような指示をだして、どこが対応したのか、または、どこが
力があり、どこが無責任かがわかるような気がするが。

官邸の意向を踏まえて、東京電力が中断した、としていた震災翌日の
福島第一原発第一号機への海水注入が、現場の判断で継続されて
いた。

海水注入が中断された経緯が、国会審議で激しい議論を呼んでいた
のに、そのその前提となる中断の事実がなかったという26日の東電の
発表に、被災者ら不信感を募らせた。
さらに、国会審議が、なんと無駄な視点で討議しているのか、党利党略
での討議でしかなかったことが、判明した。
一日3億円の費用をかけて、無駄を時間を垂れ流している。

この一連の流れから、東電の情報開示のずさんさ。
現場の状況を全く掌握できていなかった政府の危機管理能力のなさも
浮かび上がってきた。

フジテレビ午後5時からのニュース番組で、安藤優子さんからふられた、
吉田所長の独断とも思われる対応に対して、木村太郎は、吉田所長の
独断で、企業の組織の命令系統に従わなければならないと
コメントしていた。
なるほど、一般論的には独断と思われるが、緊急時、技術判断が
なされる場合、現場の責任者が、最終判断者になるのが一般的で
ある。
米国の原発事故マニュアル対応でもそうである。
私たちの津波来襲のでの安全の為に、社内船舶の避難指示も、
沖に船を出せという指示、或いは、すぐに船から脱出して、高台へ
の指示、は現場所長の判断に任せれている。

私は、東電本部と現場吉田所長とのテレビ討論会議の中身を見て
いないので難しいが、
海水中断の件に関して、報道されているように吉田所長が何も
いわず、本部では午後7時20分に中断の意向を示したとあり、
そこで、中断は午後7時20分から55分であったと発表したと
いう事実以外何もない。変だが阿吽の呼吸があるだけだ。
 
 東電本部は、はっきりと中断せよと、指示を出し、何時から、
中断したか、時間を報告せよ、さらに、中断を解除される場合
は指示をするし、解除が現場でなされた時間を、報告せよとか、
明確に指示はでていないと考える。

私の見方は、現場の判断で、現場の状況をみながら、海水通水は
冷却のために続けるべきであるが、政府も再臨界を心配している
ようなので、現場を見ていて、再臨界の可能性があれば、
現場の判断で中断をしてもかまわないというコンセンサスを得て、
会議は終わったと思われる。

そこで吉田所長は最終判断者は自分だと確信して、技術者の
自分の判断で、、中断をしなかったということだ。

東電本部から、中断の有無の報告の指示がなかったので、
報告をしなかったまでで、隠していたわけでもない。
そもそも隠す筋合いの問題ではない。
それを国会が問題にする議員の幼稚さにあきれているというのが
感想だろう。
そんな、中断うんぬんを議論することさえ、現場ではばかばかしい
ことなのである。

技術的には。
原子炉構造は単純で、冷却しかないのであるから。
斑目委員長の再臨界の可能性がセロでない、から国会答弁で
事実上ゼロであると、変節したほうが、「あなたはなんだったのでしょう。」
技術者というより、人格的に信用できない。
変な笑顔はやめてほしい。後ろめたいときのボディーランゲージだ。
この人を選んだ原子力の専門家を自認する首相の、センスのなさが
わかる。

問題は、この右往左往した議論の裏で、避難民は不便な避難所暮らし、
いつまでも、新しい生活のスタートラインに立てない人々を慮れ。

さらに政府の、この事実に今まで、きづかなかったとは、情報収集能力
が決定的に欠けていることが、危うい。

政府よ、しっかりしてよ。

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放射線量測定法の変ー測定高さが違うー値が違う

放射線量測定法の変ー測定高さが違うー値が違う5月27日

 毎日、新聞では、各地の放射線量が掲載あれている。
単位はマイクロ・シーベルト毎時。
測定地点と放射線量が記入されている。
文部科学省からの委託で測定している結果だ。

5月25日の結果は
盛岡市 0.0022、秋田市0.034、仙台市0.073
山形市 0.046
南相馬市0.480 いわき市0.220 会津若松市0.160
「浪江町18.7  
 飯館村3.09  福島市 1.47  郡山市 1.35」
水戸市 0.097 前橋市 0.032 長野市 0.041
さいたま市 0.053 新宿区 0.062 静岡市 0.035

千葉県千葉市の地面上1cm=0.3~0.4(4月26日)

http://www.youtube.com/watch?v=P1LOyjPK7Y0&feature=fvwrel

さいたま市(4月13日)地表1m=0.15前後、0.01m=0.2~0.25

http://www.youtube.com/watch?v=xvoA8sZC5Mg&feature=related

5月になり、福島県より北部の東北の都市の測定値が微高くなって
いる。
4月はじめは仙台市と新宿では、新宿区が高たったのに。
これは、原発地より、夏になり、海風、南風、北西方面へ吹く回数が
増えたことによる。この傾向は10月までは続くでしょう。
だから、夏はあまり外にでないようにしなくては。
紫外線対策以上に。

こんな見方はいけないのだそうだ。文部科学省によると。
文部科学省では、仙台市ならその測定地の日々の変化をみるもので、
他の地区とを比較するものではないというが。

以前から仙台市と比べて、水戸市の測定値が高い値であった。

測定値でも、人体での影響では、1mの高さ、児童では0.5mの高さ
地面では0.01mでの測定方法がよいとされていた。

福島市、郡山市などの校庭の放射線量、地面より0.01mの地点で
測定したら、1mの高さと測定結果と比べ、3~7倍であった。
父兄が驚いて、郡山市では5~10cmの表面土砂の撤去を行った。
5月24日には国会、文部科学省に福島県の父兄500人が撤去など
を求めて、談判に押し寄せた。

また、1mと10mの高さでは1.2~2倍程度高い測定値を普通は
示すというデーターがある。

以上の状況が、普通の人が知らされている情報である。

ところが、新聞にでている文部科学省に委託されて測定値が公表されて
いる、モニタリングポイント東京・新宿区は測定高さが18m、
水戸市は3mと各地高さが違う。
仙台市の測定高さは知らない。

だから、各地を比較するためではないという、そんな言い訳があったのか。
こんな測定値、数値の公表は、変である。

人情としては、知りたいのは、どこが高く、どこが低いかである。
文部科学省は、安全に問題はないというが。
だったら、勘違いがおきないように、報道してほしいものだ。

文部科学省の安全年間3.8ミリ・シーベルトの規制値が、
揺らぎはじめている。
福島県伊達仁志田市長は、わが子の安全を守るための疎開に対して、
補助金の助成をする対策を始めたところだ。
昨日から書いているが、基準値の高い設定とその決定のあいまいさ、
胎児、新生児対策の重要性、児童への影響、18歳未満の放射性への
感受性の過敏性がチェルノブイル事故から警告されているのに。
胎児と一般男性の感受性は10~50倍ともいわれている。
基準値の見直しをすべきである。

年間1ミロ・シーベルトにできない理由が、福島県住民の全員避難に
なる規模のデーターからなら、大変なので、判断できないのか。
この国のあいまいさの不安から、避難している人々に対して、
個人の判断で自主避難しているのでしょうと高木大臣の対応は、変。
教育者が20ミリが安全であると思っていることも、変。
児童のことを中心に考えていないから。

許容放射線量1ミリから20ミリに急に変えた根拠はあるのか。
高田大臣は説明すべきである。

せめて、測定値の高さから、修正係数を示して、1m高さに換算した値を
公表してほしいものだ。

因みに、東京新宿区の放射線量は、5月25日は0.062であるが
1mに換算すれば、0.124程度になる。
0.124×24×365=1ミリ086マイクロシーベルト。
人は24時間外に出ていないが、自然は24時間あびているのである。
さらに重要な内部被爆問題は、昨日も書いたが、せひ問題化すべきだ。

学校のブール掃除がはじまるが、児童にさせてはいけない。

放射線量の見える化が、さらに必要になった。

放射能汚染マップ
http://matome.naver.jp/odai/2130129805361111301

原子力研究開発機構 (福島県土壌汚染調査結果)

http://www.jaea.go.jp/index.shtml

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東京原発(04年映画)の真実ー東京から日本を変える

東京原発(04年映画)の真実ー東京から日本を変える5月25日

東日本大震災後の福島第一原発の水素爆発、放射能漏れ、
、土壌汚染、福島県民の避難、一連の経過の中に、2004年の
映画「東京原発」のリアリィティが話題にたっている。

以前から、東京湾に原発を作る計画をぶち上げて、原発反対を
叫ぼうという動きはあった。
逆療法で、東京都民、国民を目覚めさすという話である。

東京原発(映画)
http://www.youtube.com/watch?v=oIRSk45ea0Y
http://www.youtube.com/watch?v=6QXYi_evSxU&feature=mfu_in_order&list=UL

 東京原発は映画である。
 しかし、現在テレビなどで解説している原子力学者(東大系)よりは、
 リアリィティがある。
 真実に根ざして作られている。

 現実の福島第一原発事故での放射能漏れ、SPEEDIの公表、
放射線量の人体への規制値の安全性の信憑性、
各地の放射線量の測定結果、その信用性。
農水産物の放射線量の暫定規制値、その試験方法。
5月23日から世界から原子力学者が日本に来て、調査が始まる。
正確で、隠蔽のない調査結果を期待する。

以下に、現在まで、放射線に関して、信頼できる学者としては
YouTobu での映像からも感じられるが、誠意があると感じさせる
人、琉球大学の矢ケ崎克馬氏、京大の小出祐章氏の発言を
信じている。
政治的な原発推進、反原発、脱原発の意見を度外しして、
判断しても。
 両者の金儲けもできず、役職を得たがらない、権威主義でない
学者の姿に好感をもつ。
自分の学んだ学問が、世の中で、、使用すべきでないと決意した
ことは、若い日の苦渋の選択をあったろう。
だから、自分がもてるのかもしれない。
すばらしい。
反省しきりだ。

参考 信頼される発言だ。
内部被爆のリスク 矢ケ崎克馬氏(琉球大学)5月13日に丸森町へ
http://www.youtube.com/watch?v=SALUz7FJr2A&feature=relmfu

小出祐章氏(京大助教)非公式まとめ YouTobuまで
http://hiroakikoide.wordpress.com/
こどもへの放射線量20ミリ・シーベルトの警告
http://hiroakikoide.wordpress.com/2011/04/21/tanemaki-apr20/
小出祐章氏 隠された原子力
http://www.youtube.com/watch?v=4gFxKiOGSDk&feature=related
小出祐章氏5月23日 国会行政監視委員会での発言(15分間)
http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/archives/65737210.html

独立系メディア 青山貞一氏 ブログ
http://eritokyo.jp/independent/aoyama-column1.htm

問題のメデア 石川迪夫(日本原子力技術協会前理事長)の御用学者
http://www.youtube.com/watch?v=EcDXRCyyrPI&feature=related
これと同じような東大系学者、原子力村の意見は猛省が必要だ。
放射能は体にいいなどという先生の発言は、凶悪詐欺罪、犯罪行為だ。

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「ゼロではない」と「事実上ゼロ」のま逆発言ー斑目春樹委員長

「ゼロではない」と「事実上ゼロ」のま逆発言ー斑目春樹委員長

5月25日

5月24日国会答弁を見ていると、質問者の建設的発言ゼロ、責任の
なすりつけ。
日本の民意が疑われる。
この非常事態の日本の国会のあるべき姿に照らしみれば。

原発行政の出発点は1950年代、米国の南北朝鮮戦争後の日本への
影響力強化策として、訪米中の中曽根元首相への原子力平和利用の
名目による原子力発電所建設の日本への誘致であった。
1960年代初頭の東海村への実験炉などの誘致は、1955年自民党
一党政権樹立により、米国から要請による赤狩りを終えつつ、安定的、
着実に日本の経済の復興がなされている象徴となった。

死ののちの象徴原発は薊

話を戻すと、3月11日地震発生時から、津波の来襲の影響でなく、
地震そのものの破壊で、冷却装置の配管の破損で、冷却水が送れ
ず4時間後にはメルトダウン(炉心結融解)が始まり、8時間後の
午後11時頃には、炉心燃料棒がすべて解けて炉心炉の底に溶け
ていた。

まさに、仰天だ。
仙台市富沢中学校避難所で夜回りボランティアをしていた最中で。

そして、炉心炉容器を底の一部が破損して、その外側の格納容器
にまで漏れていた。
その早朝午前1時半にはベントの指示をだすが、弁開閉の作業が
できない。
泡てた首相が午後6時にヘリで現地の福島第一原発へ。

一国の首相が、現地で指揮、
               まさに危機管理のなさ。

午前10時に東電社長が本社へ到着して、ベント開始するが、
約3時間後午後1時過ぎに、水素爆発が起きる。

そして午後4時に東電勝俣会長が中国の出張から帰国。
政府(原子力安全委員会への問い合わせ)の要請か、
東電(原子力安全保安院からの指示)の自主判断か、
東電は午後6時に廃炉覚悟の海水注入を決定。

5月24日の国会で自民党議員が問題にしているのは、
この海水注入を原子炉運転記録から見て、「55分間中断した」
のはなぜか、という話だけである。

首相と内閣府の相談機関、原子力安全委員会の斑目委員長が
どのように中断に関わったかに関して、
発言の「いった、いわない」という巷会話レベルの話を取り上げて
大騒ぎしているだけだ。

「朝ズバ」のみのさんは朝、5時30分から、一人で、この経緯を興奮
して説明していた。
大きな予断と勘違いで。
コメンテーター3人は、圧倒されて、真偽のほどではなく、みのさんを
なだめる役に徹していたが。バレーの三谷さんもいたが。

みのさんの勘違いは、
 「水素爆発は、この海水の注入中断があったからではないか」という
予断から発していた。
番組中、2時間の間、この勘違いを誰も訂正しないで、変であるよう
だが、自信がないので、その訂正発言をだれもしない。
フリップをもって説明している女子アナは、その順序、
「水素爆発後、海水注入中断、」
は書かれてあるし、説明しているのだが、そのフリップが変だと
みのさんはいうので、反論できないでいる。
しなかったのは、さすが女子アナである。
4月の初めに、コメンテーターの水泳の田中雅美さんが、日本が元気
になるように5月に水泳大会を行うという話をしたら、自粛モードの
時期でもあり、みのさんが決然と、そんなのはあたりまえと尻をまくった。
それ以来、田中雅美さんは出ていない。
ほされたのだろうか。
自分の意見を持っており、好感をもっていただけに残念。
同情する。

思い込みが招く失態をみたばっかりに、国会でも、この答弁の
やりとりだ。

福島第一原発第一号機への海水注入にを一時中断して原子炉
の損傷をさらに悪化させたその時、斑目委員長は菅首相にどの
ようなアドバイスをしていたのだるうか。ーはっきりしない。
 再臨界の可能性を問うた首相に斑目氏は
「セロではない」と答えたと。
5月24日の国会答弁では
「事実上ゼロの意味だ」と述べた。
指し示す方向は、正反対だ。
国語のパズルをしていうのか。
危機管理のときの言葉を知らないのでしょうか。
明確に、誰にでもわかるように。
イエス・ノーははっきりとだけだ。
危機管理、そのものがデタラメである。
デタラメ委員長の異名を国民新党亀井代表から得たが、
まさにそうだ。

不常時の
危機対応の
危機管理の
緊急時のリーダーシュップとは何か。

コンセンサスを得ない
日本にはない
即断即決のリーダーシュップが必要だ。
今後の課題だ。

参考
斑目原子力安全委員長、原子力神話の事態発言
http://www.youtube.com/watch?v=T2RQlTyeAVc

細野補佐官「再臨界、斑目発言、聞いていた」
http://www.youtube.com/watch?v=GPTtPn-S_5o

海水注入の議事録はない(福山官房副長官)
                    -3月12日水素爆発等、混乱
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110523/plc11052312340006-n1.htm

枝野発言(山崎行太郎的見方)ー再臨界発言
http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20110522/1306054685号機の水素爆発について解説
http://www.youtube.com/watch?v=P4KXX24Dv1U&NR=1

福島原発で知るべきこと、外国向けー緊急速報
http://www.youtube.com/watch?v=8zEHLlOwWVk&feature=related

内部被爆の恐怖(琉球大学矢ケ崎克馬氏)ー広島原爆被爆からの検証

新生児甲状線症とパラレルする母体内部被爆の恐怖(アメリカ)

http://www.youtube.com/watch?v=SALUz7FJr2A&feature=bf_prev&list=ULT-U7epeP2uk&index=21

内部被爆資料

http://www.geocities.jp/hokkaihankakuishi/yagasaki.html

現地視察後の青山氏、このブログで指摘、原発の防潮堤の幼稚さ
http://www.youtube.com/watch?v=0GL7aDThQ7I&feature=fvwrel

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佐渡裕さんベルリン・フィルを振る

佐渡裕さんベルリン・フィルを振る  5月22日

指揮者の佐渡裕さん(50)が20、21、22日、世界屈指の
オーケストラ、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の定期公演で
初めて指揮する。

ベルリン・フィルを日本人が指揮したのは、近年では小沢征爾さん
以来だ。
20日夜、ベルリン・フィルの本拠地のホールで開催されて、
定期公演の演目は、
武満徹の「フロム・ミー・フローズ・ホワット・ユー・コール・タイム」、
ショスターコービッチの交響曲第5番(革命)
を演奏した。
ブラボー、ブラボーのスタンドオーベーションでの拍手が鳴り止まぬ
嵐の中、指揮者の佐渡裕さんは、震災の思いも増幅して、感極まり
ながら、なんども、登壇を繰り返し、歓声に答えた。
「10歳からの夢が叶った。指揮台に立てて本当に幸せ」と流れる汗を
ぬぐいながら達成感をかみしめていた。
公演はあと、2回残っている。
この宵の2500人の聴衆は新たなファンの獲得に貢献するであろう。

佐渡裕さんは公演に東日本大震災への思いを込めたという。
10歳に書いた学級文集の「ベルリン・フィルを振る」の希望を叶えた
佐渡裕さんだが、「震災後はスコア(総楽譜)が違って見えるような
気がした。
美しいハーモニーも、白黒写真のように感じられた」という。
今回の公演を収録したCDとDVDの印税は、被災地への義援金に
充てると表明している。

ベルリン・フィルはカラヤンの劇場演奏用のフィルムで日本のコンサート
ホールで放映された。私は弘前市民会館で入場料1000円で見たが、
弘大フィルの団員80人程で、中段の真ん中に陣取って、スコアを
片手に聴いた、見たもんだ。
因みに、カラヤン指揮の魔法の手の動きを観察しながら、その手は
心臓の中心部へ中心部へと集中していゆく姿の美しさに見入っ
ていたが。

さらに、ベルリン・フィルと言えば、何といっても、
1945年、12月30日、ドイツ、ベルリンでの大戦の敗戦で、その復興
演奏会でのレコードだ。
私がクラシックに興味を持ったのもこのレコードだ。
ベートベンの交響曲第5番「運命」だ。
指揮者がフルトベングラーだからだ。ロマン派の指揮者。
フルトベングラー=「振ると面くらう」といわれたが。
演奏時間は53分。
因みに現在ナンバー1指揮者、震災応援演奏会を開催した、
ズービン・メーター32歳の「運命」の演奏時間は32分だったが。
そして、31日は交響曲第9番「ニ短調NO.125」、「第九」合唱付きだ。
ドイツ国民へ敗戦後の、復興への歩みに希望の火を灯した演奏だった。

その熱気を私は忘れない。

大震災後の、日本のミュージョンの熱意を感じつつ、生の声、生の音の
力を感じる。
時間があれば、演奏会へ足を伸ばそう。
仙台フィルの演奏会も、メーンの3会場の使用ができないなか、
常磐木学園音楽ホールで定期演奏会も開催した。
7月中には、メーンの仙台市青少年文化センターの修繕がおわるとの
ことだ。
待ち遠しい。

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厳戒体制だー名取市へ、館腰小に李大統領、温家宝首相視察

厳戒体制だー名取市へ、館腰小に李大統領、温家宝首相視察

5月21日

5月21日午後1時に名取市の国道4号線を通過しようとしたら、
一気に厳戒体制にぶつかった。

韓国李大統領献花、中国首相激励
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110521k0000e040030000c.html

韓国大統領が仙台空港へ
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110521/plc11052112250006-n1.htm
中国温家宝首相が福島県へ提案。
http://www.news24.jp/articles/2011/05/16/10182781.html

中国の温家宝首相、韓国の大統領、菅首相が、大震災被災地
の視察として、初めに宮城県名取市館腰小学校の避難所を訪問中。

午後は福島市へ。

日中韓首脳、福島県産サクランボを試食。

http://news.nifty.com/cs/topics/detail/110522402890/1.htm

22日(日)に3首脳会議で原子力安全への連携強化や大規模災害での
支援体制強化で一致する見通しだ。

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キーボード暴走、MJKLUIOP=なぜ 0123456-に

キーボード暴走、MJKLUIOP=なぜ 0123456-に

昨日、ついに宮城県でも、牧草から放射能が規制値をオーバー
したデーターを公表した。

特に、このブログでも1箇月前に、1週間前にも言ってきたが、
放射能拡散が宮城県にも降り注いでいるので、早く測定結果を
発表せよと言ってきた。
昨日判明したことだが、SPEEDYが3月12日に報告されていたが、
政府はそのFAXを無視していたことだ。
このブログや世界の放射能関係者が放射能漏れによる被害の
拡散状況を書き込みしてきたので、なくなく政府が3月23日に
公表した。
遅いのか、隠すのか、政府に十分な情報が伝わっていないようだ。

「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム」SPEEDYの
ドイツ製であるので、各国も既に予測していた。
その結果、福島原発の水素爆発3月12日、14日、の拡散予測
から、風向きから、北西方向に放射能粒子が空に浮遊し、
阿武隈山地にぶつかって、渓間の村落に集積されており、
3月15日夜間から朝方にかけた雨により、地上に落下した。
だから、このデーターを用いて、3月17日には、アメリカが80キロ
を避難区域に指定したのだ。
この1週間内に、福島原発事故の被害規模が決定したのだ。
100キロ圏内外の仙台市、会津若松市、水戸市は大丈夫だろうが、
80キロ圏内でも、山側の50キロ圏内の福島市、郡山市、
二本松市、伊達市、宮城県の丸森町が問題だと書いてきた。
海岸部の町は海風で放射能が遠くへ拡散されるので、
放射線量は低い。
だから丸森町の牧草1キロ・グラムあたり1530ベクレルで規制値
の5倍強となったのは、残念でしかたないが、当然の結果とも言える。
宮城県では放射能の測定には消極的であり、だから結果発表も
少ない。
仙台市は特に意図的に放射能測定をしていないように見える。
要らぬ心配をさせない為であろうが、神奈川県の生茶葉も業者の
自主検査結果で判明した話だ。
仙台市は市民に放射線量測定をして、速やかに公表すべきである。

などと書いていたら、突然、キーボードが暴走した。

キーボードを打ちながら、  「せんだ5S1」 となる
これって何、
「せんだいし」と打ったのに、なぜ変換されない。

ローマ字入力しているので。
以前、昭和55年に八戸市勤務中に、事務所で富士通のワープロを
百万円強で購入し、富士通プラザで指の形から早く打てるかと、
日本語入力を推奨されて、覚えた。
ところが、平成になって、パソコンに変えると、ローマ字入力が汎用的
であることから、ローマ字入力に変換中であるが。

富士通のオワシスは、文章を書くには最適ソフトであるが、いろいろと

あって、使っていないなあ。

「あいうえお」は「あ54え6」に。

キーボードのキーをいろいろ打って調べたら、

m=0
J=1
K=2
L=3
U=4
I=5
O=6
P=ー
が変だ。

インタネット検索バーに、手書きバットで、0123456と入力して検索。
運良く、知恵袋で「0123456」のページあり。
Num Lkと印字されたキーボードを押したらいよと。

最上段右側4番目のNum Lock を試しに押した。

一発 OK。

そこまでの時間、13時間。 感謝感謝です。
それで、ブログにアップできなかったので、昨日はおやすみでした。

本当に 能力ないなあ て感じ。

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続報ー次の東南海大地震へ備えよ、浜岡原発停止賛成

続報ー次の東南海大地震へ備えよ、浜岡原発停止賛成5月19日

昨日のブログで話題にした東日本大地震、その震源地は、宮城県沖
180キロで発生し、それに連動しながら26分間ほどの間に、M7.0
以上の地震が4回、青森県八戸市沖から千葉県、銚子沖までの縦に
500キロ、横に陸地から沖へ200キロの長方形のエリアで発生した。
ハーバード大学の東日本大震災地震の解析のシュミレーションがわ
かりやすい。

そして、昨日のブログで地震の震源地は西へ移動すると記いた。

ちょっと待ってほしいが、
東北地方を中心に短期的に見ると、
東日本大震災後、1サイクル約5~10年間で、
震源地は、太平洋プレートの震源地は
宮城県沖→茨城県沖(関東直下型地震・荒川と武蔵野段丘の境目)

→静岡伊豆半島(ホッサマグマ沿い)→富士山→
山梨県諏訪湖→長野県→富山県親不知・新潟県糸魚川→
山形県鳥海山・沖→秋田県沖、男鹿半島→青森県十三湖沖→
北海道奥尻島沖→北海道十勝沖・青森県下北半島沖の周辺約100
キロ圏内であり、1サイクルの一連の震源地移動システム、
「地盤ひずみ矯正システム」が働いていると見ている。
地震規模は、地盤ひずみ矯正システムであるので、M7.4以下で
あると考えられる。
内陸部の揺れは、家具のストッパーや、昭和56年以前に建てた家は
エックスX印で壁を補強し、横揺れの歪みに対抗する方法をとって
置ければ、倒壊は免れる。
ただし地すべり地区、切盛土造成地区の宅地は、保障できないが。

静岡糸魚川構造線(ホッサマグマ)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B3%B8%E9%AD%9A%E5%B7%9D%E9%9D%99%E5%B2%A1%E6%A7%8B%E9%80%A0%E7%B7%9A

さて、日本列島付近には、三つの大陸海底プレートがある。
http://www.s-yamaga.jp/nanimono/chikyu/nihon-01.htm

菅首相が政治判断で決定した、中部電力浜岡原子炉発電所(静岡県
御前崎市)の一時停止に対して、関心が持たれている。
 政府の発表の統計的確率論的には間違いであることを指摘すると
首相が浜岡原発の停止要請で根拠としているM=8.0「想定東海地震」
が「単独で30年以内に発生する”確率”87%という数字」は変である。
政府の地震調査研究推進本部が公表していることの数値は「参考値」
という特殊な位置づけで、科学的な意味での「確率」ではない。

なぜ、その数字を根拠としたかは、政治的判断を、国民に科学的判断
であるかの如く偽装する為の方便であるからだ。
ただし、浜岡原発停止に関しては、津波対策など完成後、原子力安全
委員会、保安院の安全点検で安全が確認されるであろう2~3年後
までに、原発行政の国民合意(5月11日現在は、原発容認派は50%
強であるが)を得るか、話し合う時間もほしい。
8月からの再稼動を考えていた中部電力幹部の福島原発事故を他山
の石にしない意識の欠如に一石を投じ、私は、この判断を良しとする。

福島原発事故の反省の点で、想定外と言われていることは、すべてと
言っていいほど、想定内である。
想定外というのは、学者、技術者の学説、理由に相違があるからだが、
行政サイドが、その数値を採用するかは、コストなど、行政サイドの
都合で決められている。
現在使用されている大部分の数値は、御用学者の数値である。
耳の痛い学者の意見を受け入れてこなかったつけが一気に吹く
出した。

このブログで再三指摘してきたが、宮城県沿岸部の津波波高を2~
3mにしてきた東北大学津波学者の今村教授しかり、
福島第一原発の津波波高は設計の取り方で5.3~7.4mとなる
土木学会の一般的学説での設計しかり、
実際は14mクラスであったとの波高の痕跡がある。
ただし、同様な設計の原発施設、宮城県女川原発では当初から
高台に建設されていたから、津波被害を免れたように言われているが
、津波波高の設計は当初から、現地の地層の津波痕跡状況から
慶長地震などのデーターを生かして、設計波高を9.3mとしていた。

つまり、技術的根拠、科学的判断でなされたものと、政治的判断
(行政的判断)とは、まるっきり別物であることを、私たちは、いつも
意識していきたい。
危機管理に関しては、この科学的判断、行政的判断は区別しなけ
ばならない。その点で、首相の言い訳は問題なのだ。
政府の地震調査研究所推進本部は2011年1月の時点で
東南海地震の30年以内の発生確率を70%、南海地震の確率を
60%と評価してをり、年々、南海トラフでの巨大地震の危険性は
増していると警告していた。

下記に西日本側の南海トラフ上での大地震の時期を書きます。
 887年 仁和五畿七道地震 大阪湾地区津波来襲
1361年 正平南海地震    大阪湾地区津波来襲
1605年 慶長地震  揺れは小さいが津波被害甚大。(津波地震)
1707年 宝永地震  M=8.6、死者2万人強、津波来襲。
(1854年 安政南海地震、から32時間後安政東海地震
 1944年 昭和東南海地震、2年後昭和南海地震        )

1361-887年=474年
1605年ー1361年=244年
1707年ー1605年=102年
(1707年ー887年)÷2=273年≒300年

この地震は、過去の経験上、南海トラフ上の東海・東南海・南海地震
は単独型では発生していない。
つまり、地盤ひずみ矯正システムが短時間で行われる地盤特性が
あるようだ。
だから一つ地震が起きれば、他の震源地を刺激して連動型で波及
する傾向のある地盤が形成されていることになる。

中央防災会議資料から津波波高は、
下田市7.5m、浜岡原発地7.0m、
名古屋市2.8m 尾鷲市8.0m、
大阪市2.9m、和歌山市6.1m、
高知県須崎市12.2m
宮崎市5.5m

一方、浜岡原発の停止は賛成だが、
技術論抜きの政治判断は不賛成だ、
上記で理由を書いた。

浜岡原発の課題を書くが、
現在、津波対策として、中央防災会議が想定する「最大7m」を
上回る8.3mの津波に備えている。
今回は、この対策に加え、2~3年以内に敷地の海岸側に
海面から15mの防潮堤を作る計画も発表しているが、防潮堤の
設計が華奢である。
 三陸の防潮堤では、防潮堤の背後が洗掘されて、倒壊したが、
浜岡原発が想定している防潮堤は、太平洋からの波力に対して、
過小評価をしている。
防潮堤の断面がやわなのである。
設計波力を見直して、防潮堤堤体の設計を見直す必要がある。
原子力行政は、津波対策の構造物に関しては、門外漢だ。
港湾空港技術研究所と設計の検討をすることを要望する。
なお、技術評価をする機関を、政府から分離した独立機関を設置し、
第三者の専門家による技術判断だけをする事が必要で、その結果
にも責任を持つ機関が必要だ。
科学立国の日本としては、世界が評価する技術機関を育成して
いくことが重要である。

首相の浜松原発停止の根拠は、技術評価を飛び越えるような発言、
その議論は結局、その信頼感を損ね、解決を遅らせることになる
ことを肝に銘じるべきである。

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869年貞観地震ー西へ震源移動、国家崩壊から平泉へ

869年貞観地震ー西へ震源移動、国家崩壊から平泉へ

5月18日付

東日本大震災は、平安時代の869年に陸奥国を襲った貞観地震
以来、「千年に一度」の巨大地震だったとされる。

 このブログでも、その伝説の残る話、仙台市太白区長町4丁目
蛸薬師神社や若林区の国道4号線沿いの霞の目飛行場付近の
波分神社のことを書いてきた。

貞観地震で仙台湾から8キロ離れた長町一丁目長町大橋まで、
名取川、支流の広瀬川を逆流して到達したと当時の絵図面に
示るされている。
津波の来襲状況は、地層の砂層から津波の到達した跡がわか
る。
この波力のエネルギーから逆算して、算定すると津波の波高は
9.3m前後であったらしい。

(2001年東北大学まなびの杜NO16、津波跡の地質調査結果

から今村教授(津波学者)が9.3mと想定していたのに、

宮城県の学校の防災、津波教育では最大2~3mでの対応の

防災教育をと学校教育者に指導していた。

釜石市の小中学校では被害者はいなかった。

避難所に指定されていた3階立ての鉄筋コンクリートの学校

(釜石東中学校、鵜住居小学校)

に3階まで津波が来たのに、防災教育と学校関係者の知識に

根ざした、緊急避難対応ができた結果だ。)

さらに、日本書紀以来、6番目の最後の正史「日本三代実録」に
887年までの記録が残っている。

当時のみちのくは 802年頃の坂上田村麿呂が首領アテルイの
捕縛、蝦夷討伐を終了し、陸奥国府は多賀城から水沢城に移転
されていたが、元国府多賀城の城壁等の被害の他に、大津波は
南門まで到達したと記録にある。
芭蕉が涙した古代碑、「壷の碑」の建立場所と鼻の先である。

2011年今年も第18回「壷の碑」全国俳句大会が開催

http://www.tohokukanko.jp/event/event.php?event_id=734

選者、池田澄子(現代俳句協会)、石田郷子(俳人協会)、

    星野高士(伝統俳句協会) 

    地元選者、菅原鬨也、柏原眠雨、鈴木八州彦、

           蓬田紀枝子、高野ムツオ

   大会実行委員会  赤間 白石

一方、日本列島は850年~888年の約38年間、平安時代に
大震災が頻発されて続いていた。
富士山は、貞観地震の前、2~4年前に平安大噴火を起こして
いる。
2年後の871年には秋田県と山形県の境界に聳える鳥海山も
大噴火した。
そして、西へ震源が移動して、878年関東直下型大地震、
881年平安京地震、887年西日本地震、京都、近畿地方で被害、
大阪湾へ津波が来襲、現在的課題の南海・東南海連動型地震
の可能性が大である。

 そこで宮城県から地震を見ると、2005年の宮城県北部地震、

2009年岩手県宮城県内陸部地震の直下型地震、地すべり崩壊

の恐怖など、大地震が続いている中での世界最大規模の

東日本大震災である。

今後の地震が拡大か、終息に向かうのか歴史的検証の元の

統計的予想に従えば、西へ移動して、連動型の地震、

関東地方の直下型地震が想定されることになる。

特に、東海・東南海・南海連動型、九州も含む連動型の
予兆について、以前もこのブログで書いたが、調べれば調べるほど、
今回の大震災と酷似している。
伊豆半島から名古屋、近畿沿岸、四国、九州南部に関して、
大地震による津波の来襲が予想される。注意が必要だ。

今回のテーマは、この一連の平安大震災により、社会に何がもた
らされたか。
 
887年の京都を中心にする西日本地震で、中央の貴族たちは
自分達の給料さえ入れば、あとは地方でなにが起きても関心を
持たなくなっていく。

国家が国民の動きを把握できなくなった。
税制も人頭税から、土地にかかる税になり、地方に下った国司
の受領の権力が強まり、最終的に平家、源氏等の武士の登場
にも結びついてゆく。

東北地方では、この一連の平安大震災を境に、人々の住み場所
が大きく変わったことが、各地の発掘調査で分かってきた。
村ごとの、町ごとの移転が現実に起きていたのだ。

三陸の沿岸部の町ごと内陸部への移転も十分視野にいれて、
震災復興会議で議論してもらいたいものだ。

さらに、日本の精神的風土も変化してきた。
人々は、朝廷など「公」への信頼の代りに、救い主として、死後に
すばらしい世界を提示してくれる阿弥陀仏などの浄土信仰にすが
りつくようになる。

 ブログにも書いてあるが、つまり、この浄土信仰は、今年世界
遺産登録される見通しとなている平泉(岩手県一関市)の浄土
世界の文化遺産として脚光を浴び始めている。

さらに、深読みすれば、貞観地震が平泉の浄土世界の構築の
原因になっているとも云える。

東日本大震災は、果たして、私達の世界へ何をもたらすのであろうか。

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続報ー1号機冷却装置 津波前に停止  エぇ~

続報ー1号機冷却装置 津波前に停止  エぇ~ 5月17日

このブログを更新した後に、5月16日午後7時30分に東電より
、衝撃的な公表があった。

東電は東日本大震災直後の、福島第一原発の原子炉の状況を
示すデーター(昨日掲載とコメント)と、その後、運転員が刻々と
変化する事態に対応した様子がわかる当直日誌などを公開した。

当直日誌の内容から、津波後に停止したと見られたいた非常用
冷却装置が、津波前に一時停止していた事実も判明。
津波後の交流電源(外部電源)喪失、爆発事故へと事態が悪化
していく、当時の雰囲気が伝わってくる。
2600ページの資料が公表されたので、一部を速読で読むしか
なかったが。
緊張感は持てた。映画化されるであろうが。

この非常事態下、映画化など、不謹慎はもっともであるが。

危機管理の面から、反面教師として、ドキュメントがよい。
昨日のブログでの時間経過とともに検証していゆくスタイルがいい。

題名は 「白いディスタンスー世界で最も長い日」

さらに、現場の福島第一原発での吉田所長及び、作業員指揮者、
放射能漏れの恐怖に慄きながら働く作業員の熱い姿と、二重写しに
しながら経過報告がいい。
そこに原子力委員会メンバー、中心の斑目委員長ののほほんとした
姿をあぶりだしてゆく構図である。
誰が、放射能漏れの危機に向かっているのか、鮮明にわかってくる。
いや、誰も責任を追わない姿が浮き彫りになるだろう。
吉田所長は渡辺謙さん、現場指揮者は木村拓也さん、現場作業員
は妻夫木聡、オダギリジョー、水嶋ヒロ、泉谷しげる、八乙女光、
等のメンバーだ。
この映画は日本人の精神の拠り所を、原発事故を契機に、世界に
示す映画である。
天皇(渡哲也さん)と皇后(吉永小百合さん)様の祈りの御姿を、
また、遠目に、事故後の、被災地周りの姿を映し出すのもいい
だろう。

★ 御統の玉貫いて寒昴       学

  みするまのぎょくつらぬいてかんすばる

世界へ福島原発事故の真実の姿の映画を発信せよ。

本題に戻ると、
この公表データーは東電から、は事故原因調査のために、経産省
原力安全・保安院から求められたもので、保安院に提出したもの。

1号機を例にすると、
3月11日午後2時46分、 東日本地震発生。
                 原子炉緊急停止(スクラム)
      午後2時52分  非常用復水器系の自動起動
      午後2時58分  大津波警報発令
      午後3時 頃   非常用復水器系の一時停止
      午後3時30分頃 津波到達
      午後3時37分  全交流電源喪失
      午後3時50分  計測用電源喪失(水位不明に)
      午後7時30分頃 1号機燃料が全露出、炉心融解開始

      午後9時10分   原子炉の圧力急激に低下、容器の破壊
      午後11時  頃  東北電力から最初電源車が到達
3月12日午前 1時30分頃 海江田大臣、東電にベントの指示
      午前 1時48分  非常用復水器系の完全停止
      午前 5時46分  消防ポンプによる淡水注入開始。
      午前 6時  頃  菅首相ヘリで福島第一原発到着
      午後 2時53分  淡水注水完了
      午後 3時36分  1号機で水素爆発
      午後 7時 4分  消防ポンプによる海水注入開始

公表データーから見ると、1~3号機は地震発生後、原子炉に制御棒
が挿入されて、緊急停止。
非常用復水器は8時間稼動可能に設計されていたが、10分で停止に
なり、いまだ原因不明。
約40分後、津波で弁の開閉に必要な電源も完全に失われて、以後
一時 データーはなし。
当直日誌から、作業現場の過酷な対応が読み取れる。
水素爆発を防ぐための格納容器の蒸気を外部に放出する「ベント」操作
について、午前9時過ぎに、主動で実施したが、25%しか開かず、
その後、放射能の高線量のために弁を開く操作を断念していたことも
判明した。遠隔操作しながら、午後3時36分の水素爆発へとつながる
様子も書かれている。
政府は、原子力安全委員会は、保安院は、東電は、現場は、現場で
放射能と格闘する作業員の姿が見えてくる。

原子力基本法では原子力の公開の原則があるので、今回の情報公開の

遅れは違反行為である。

それが、現在政府が進める原発建設の世界ビジネス戦略の影響を

軽減する意図があったのだろうとも。

現場の作業員の視点からの映画を作ってほしい。
ヒューマンストリーで。
しかし、ヒューマンエラーで起きる政府の姿、何も知らせられないで避難
する住民の夜中の脱走劇も含めて描いてほしい。

その後の福島第一原発事故を巡る報道のあり方、され方、
政府と同じように、日本の大メデアもグルではないかと疑問も持たれる
ことに反発する記者の姿、世界の目も絡ませながら、重層的に
響かせてゆく悲しみの連鎖を描いてほしい。

今回は、国会での原発初動から、事故は人災だなどの追求をしている
が、検証は後でいい。
今後、政府がどのような対応をするのか、時間軸を立てて、検証できる
ような内容の工程表、目標をもって示して、実施してほしい。

チェルノブイル原発事故
人体への影響
http://www.olive-x.com/news_30/newsdisp.php?n=107350

原子力・保安院ホームページ
http://www.nisa.meti.go.jp/earthquake_index.html

●速報ーワンジル転落死。

 北京マラソンの優勝者、ワンジル(ケニア)(24)(仙台育英高)が
自宅で女性達と一緒のところを帰ってきた妻に見つかり、自宅バル
コニー二階(2m)から泥酔しながら飛び降り、転落死した。
死のダイブ、自殺とも。

15歳から仙台育成高校に入学し、全国高校駅伝では、優勝の
立役者として、宮城県、日本人にも親しみがあった。
卒業後、福岡県のトヨタ自動車に勤務していて北京オリンピック
優勝(21歳で)へ繋げた。
現在も、来年のロンドンオリンピックに向けて、シカゴマラソンを
二連覇するなど、順調な仕上がり具合だった。
一夫多妻の国とはいえ、去年から、妻に銃を向けたり、暴行を
加えるなど、ケニアに帰ってからは、私生活では問題があったと
伝えれれている。
好事魔の多し。

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1号機炉心溶解(メルトダウン)、まさか早、津波4時間後!

1号機炉心溶解(メルトダウン)、まさか早、津波4時間後!

5月15日

東京電力は5月15日、2ヶ月後に、福島第一原子力発電所1号機
の炉心溶解(メルトダウン)を公表した。
最近起きたのではなかったのだ。
まさか。
それが3月11日中なんて。
4時間後には、始まっていたとは。
国民の99.9%がわからなかったと思う隠し事である。

 東電は中央正御室で地震直後から記憶されたデーターを基にする
と、同原発に津波が襲った時間、東日本地震の約45分後の午後3
時30分、から原子炉の冷却機能が働かなかったと仮定し、原子炉
の水位や炉心温度から推定した。
 その結果、津波襲来から約4時間後の3月11日、午後7時30分
頃には原子炉の水位は約10m低下し、全燃料が水面から露出。
そして、20分後の同7時50分頃には、燃料体の中心上部の約6割
が崩落した。
水がないと、そんなに早く、燃料ペレットの崩壊が始まるとは。

燃料ペレットが圧力容器の底に剥落して、炉心温度も午後6時過ぎ
から温度の上昇が始まり、約300度に、さらに午後9時には、
2800度にも達した。

少し原子炉に関して知識があると思っていたが、常識が通用しない。
原子力委員会メンバー誰も、こんなに早くメルトダウンするとは言って
いなかった。非常用電源で8時間もつが、その後の電源確保が課題
だといっていただけだ。

6時間程で、圧力容器が2800度のなり、圧力がいくらになったのか
は発表されていないが、元設計に携わったGMの設計者によると、
設計の最大気圧が4気圧であったのに設計気圧をオーバーして、
10気圧ぐらいになったと思うと言っていた。
 設計の安全率は3倍であるので、圧力12気圧が最大値であった。

これでは、東電、安全保安院、政府は、余程あわてたと思う。
私などは、、仙台市の富沢中学校の体育館で、雪交じりの夜中に
避難者のトイレの誘導や、夜回り巡視をしていたが。
一般の人は津波のことで、福島原発が本当にどうなっていたのか、
わからなかったのだろう。

しかし、この事実をなぜ、2ヶ月経ってから発表したの。

3月12日午前3時にはベント(圧力低減のため、容器内の放射能
のガスを放出すること)を海江田経産相が指示して、東電は動かず
首相が午前7時に現場へヘリで行きベントの指示をしたのは、
この状況を知ってのことであると思われる。

国会でもこの危機管理の時間経過の対処について、政府の不備を
指摘していたが。
この首相の指示でも、東電は動かず、大阪へ出張中の社長が
北沢防衛大臣からヘリの使用を断られたためもあり、午前10時に
本社に着き、現場に連絡し、午後10時10分にベントを開始した。
因みに、中国へ出張中の会長は午後4時に本社着。
午後10時に冷却のために、炉心へ海中投入(廃炉を覚悟して)。

東電は最終決定者は、会長、次が社長である。
会長、社長が、判断するしかない危機管理の会社である。
現在、米国の原発の現場マニュアルでは、現場所長が炉心を止める
ことも、ベントを開放することができる危機管理マニュアルになっている。

政府は、早くから原発の放射能漏れを知っていた。
住民には混乱が起きるのを防止するために、地震後 3月11日午後
9時23分に福島原発から3キロ圏内に避難指示を出し、
下記の順序で出しているのと、今日発表あった、原子炉のメルトダウン
の速さ、放射能放出への過程までを、時系列にみれば、
政府のあわてぶりと、情報の隠し体質、枝野官房長官の知らないふり
で、自分に責任が及ばない危機管理の一般人にはわからない話し方
であったのが、何となくわかるような気がする。

参考;政府の対応:
福島原発事故の非難指示時間経緯
1) 3月11日午後9時23分に 避難指示半径3キロ圏内。
2) 3月12日、午前5時44分、避難指示半径3キロから10キロへ。
3) 3月12日、午後6時30分、福島原発 水素爆発音か、
   白い煙で避難指示。20キロへ
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201103120582.html

この事実から、この政府を信ぜよといわれても、信じられようか。

現実は放射能を帯びた燃料ペレットが圧力容器から、格納容器に
漏れていると考えれている。
何故なら、冷却用の水の注入と思われる高濃度汚染水、3000トン
が一号機の床に貯留していることから判断される。

2号機、3号機もいまだ実際の放射能漏れの原子炉内部がわか
らず、冷却方法も未定だ。
4号機の爆発は、1、3号機と同様水素爆発のために起きた可能
性がある。
3号機のベントの際に、水素が4号機に流入したことが考えれている。

原発事故対応の終息の工程表を発表されているが、あくまで、
仮定の条件をもとに、作成している工程表であることがわかる。

福島原発事故は、終息に向けては、まだ、入り口である。
政府は、今回の発表のように、放射能の情報を隠しておれば、
見えないだけ不安をもたせ、今後、体への影響があれば、
上記の事態であれば、政府は、初動の対応から犯罪行為を
していたことになる。

福島原発事故に関しては、初動時の、この混乱の時期とはいえ、
メルトダウンと政府、東電、保安院の発表の相関を検証すること
が重要課題になってきた。
そして、政府は、今後の原子炉情報と政府発表の整合性を取り
ながら、国民を安全安心へ導いてほしい。

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なぜ進まぬ瓦礫の撤去ー石巻市、宮城県、

なぜ進まぬ瓦礫の撤去ー石巻市、宮城県、 5月15日

東日本大震災の仙台東部道路を運転してみたが、海側は 遠目
にも瓦礫の撤去が進んでいない。
 2ヶ月を過ぎて、なぜ瓦礫の撤去がなされていないのだるう。
テレビ放送を見ていても、津波で流された家屋や工場の瓦礫が
至る所で山積みのままに放置されている。
1ヶ月前と比べても、2ヶ月を経った今も変わらない風景である。

仙台市では、青葉区の震災ごみ仮置き場が火事になり、各区の
震災ごみ集積所には、5月10日頃から置けなくなった。
火事が発生したことで、近隣の住民から苦情が殺到してことから、
市は突然、ごみ焼却所に車で直接運んで処分するように指示した。
火事で住民がすぐに反応して、仙台市に苦情が殺到したが、東北
の各被災地の住民は、都会と違ってクレーマーを好まない。
しかし、この瓦礫の撤去のスピード感のなさはクレーマーになって
もいい。

少し調べてみると、瓦礫の災害廃棄物の量の割合は宮城県が63%、
岩手県が24%、福島県が12%である。
特に石巻市は岩手県内と同量の瓦礫があるが、未だ、4%の撤去しか
進んでいない。
福島原発地区の放射能漏れで、足も入れられず、手のつけられない
地区とは違うのに。
5月11日までに、瓦礫の撤去が終えた平均の割合は14%である。

国は瓦礫の撤去は各市町村に任せているということであるが、石巻市
のように行政も被災のままで、復旧も復興も手が出せない状況である。
国は金を出すというが、非常事態である認識がないからだが、瓦礫の
撤去も、国が超法規的に、機動的に撤去すべきである。

3年前の5月12日、中国四川省地震(死者数7万人)の被災地は、
3年間で復興を勝ち得た。
地震時、9時間後には、現地で温家宝国務院総理が指揮をとり、
胡錦濤総書記が全権を温家宝に与えて、国家としてして被災者救済
をスピード感をもって行った。
日本の医師や救助隊も24時間以内に現地に入り、死亡した
被災者に黙祷している姿が中国人の感銘を得た話が思い出される。

なぜ瓦礫の撤去が遅いのか、原因ははっきりしている。
瓦礫の撤去は、地元自治体任せであり、その撤去者は、地元の
廃棄物処分の許可を得たダンプを持つ建設業者だけに、さらに口頭
で、随意で、契約書も後回しにしながら、毎日出動した重機、ダンプ、
作業員の日雇い払い形式で作業を委託していることに原因がある。
つまり、地元任せの作業が遅れを助長している。

3月20日頃から、大震災ですぐに対応したのは、全国規模のゼネコン
であるが、国の災害調査の前に、以前施工した施設の調査を各社が
まとめあげて、復旧の今後の仕事の篩分けを行った。
ゼネコンは安定経営の為に、受注の大波を受けないように、計画的
に受注していきたいという意図がある。
この大震災を受けて、無理な受注競争を控え、10数年来の経営危機
からの脱出、さらに経営基盤の安定化を図ることに最大の関心がある。
それは、建設業の発展の為には、納得できる対応と思われるが。

一方、3月末には、築造物の復旧の国の方針がでたが、その内容は、
被災状況の調査を3ヶ月以内を目途に行いながら、その復旧工事の
中規模クラス(工事費として、9億円以下程度)の工事に分割して
発注し、地元のゼネコンに仕事が回るように配慮することに決定した。
その意図は、復旧のスピードより、地元ゼネコン(集票マシーン)救済
として、5~10年計画の長いスパンで仕事が配分されて、建設会社
の安定雇用、安定経営基盤を図りやすくする為の施策である。
国の考え方は、地域振興という美名のもとに、地元建設業者のこの
潤える時期を長く保ちたいという思惑と合致するのである。

中小建設業者も、廃棄物処理業者という看板が力を発揮する特権
(ダンプも許可と不許可車に分離される)に胡坐をかき、重機不足、
を起こしても、全国の業者に依頼はしない。
復旧のスピードより、地域でできる範囲で、長く仕事を継続すること
が最大の関心事である。
エゴといわれようが、ここ数年間は競争、競争で、倒産寸前で頑張っ
ていたのであるから、この保身術も納得できる。

このような大中小ごとの建設会社の事情があるので、瓦礫の撤去が
進まないのである。
大災害風旧工事を各地の建設業団体へ委託する仕組みなどはその
作業を地元で分け合う最たる仕組みである。
団体に加盟している建設会社がさらに、細分化して、地区ごとに分け
合い、融通しながら、無理をせず、仕事をこなしている。
そして、このシステムが大部分であり、まかりとおっている。
ドサクサ紛れに、口約束、丸投げなどのえげつない行政との癒着が
横行している。 
なるほど、石巻市の瓦礫撤去が他の地区に大きく遅れているのは、
石巻市建設業団体の結束が強いことを物語っている。
亀山市長がどのような考え方をしているか
村井知事がどのような考え方をしているか
石巻市選出の安住衆議院議員はこの瓦礫撤去の遅れを、どのように
考えて、どのように対応するのか。
自衛隊などによる遺体の捜査が続いているので、遅れているとか、
仮置き場の用地確保が難しいとか、
民間の用地も探しているが、見つからないとか、
重機・人手がないか、いろいろ理由はあるだろうが、
石巻赤十字病院の医師からは、高齢者などに瓦礫による、肺炎、
感染症が蔓延し始めているという指摘もある。

瓦礫の撤去は、国の発動で、超法規的に素早く撤去すべし。
瓦礫の撤去を、建設業団体へ一括発注はすべきでない。
建設業者は、、目先の雇用確保を目指すのでなく、瓦礫の撤去を
一日も早くして、産業の復興に寄与しなければならない。
それを誘導するような行政の仕組みで工事を発注すべし。
行政は、瓦礫の撤去が最優先課題と心得るべし。

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杜の都の早慶戦ー仙台一高2:と仙台二高3の野球定期戦

杜の都の早慶戦ー仙台一高2:と仙台二高3の野球定期戦

5月14日

五月晴れの土曜日、宮城県クリネックKスタ球場(楽天のホー
ムグランド)で、入場無料で、午前11時開場して、両校の
応援合戦の後、午後1時に試合が開始された。
一高:二高=2:3. 二高の勝利だ。残念。
仙台第一高等学校
http://www.sen1.org/school/sen1start.htm
仙台第二高等学校
http://sen2-h.myswan.ne.jp/frame/index.htm

仙台第一高等学校は、東北地方最古を誇る高校で、119年を
迎え、甲子園出場も4回を数える伝統校である。
30年以前、宮城県下学区制が引かれる前には、一学年400人
中、東北大学に170人、東大20人、国立大学合計300人入学
の快挙の時代があったが、国立大学入学80人前後までに低下
している。
学区制で、仙台第一高校と変わったのが、仙台第二高校であり、
仙台市を南北に分けた関係で、北部は三菱地所の開発した泉区の
最優良宅地パークタウンも控え、また高校が東北大学教養部川内
の隣接地にある地理的優位性から大学の師弟など多く、学力の
伸びは顕著であった。
 一方、仙台一も仙台二も県立で男子高校として全国的に有名で
あったが、浅野知事(仙台ニ高)(東京都知事にも立候補)時代に、
男女共学化を進めて、仙台二高は5年前から女子が320人中
100人ほど入学している。

仙台一高は、男子高校に固守したが、宮城県学区制廃止を条件に、
女子の生徒の受け入れを果たし、1年前から320人中、80人ほど
入学している。
仙台駅からも近く、今後、郡部の伸び盛りの生徒が入学することが
予想され、自由な校風により、昔のように東北六県からの入学を
呼びこみ、再び、東北の雄へ期待されている。
骨太の教育が基本であり、高校では受験勉強をしない、教えない
校風でもある。

仙台一高は、バンカラの校風として、男子応援団が、高下駄、
ぼろの袴姿で、佳境にはいると上半身裸で旗を振るのが決まりだ。
仙台二高は、去年から女子の応援団長しかおらず、団員もにわか
作りの学級推薦で選別されているらしい。
応援の服装は、昔から、白い長い学生服に鉢巻が決まり文句
であり、今日見た団長も同じ服装であったが、身長150cm前後
体重50kgほどの華奢な体である。
歩くときに、いちいち手と足を一緒にしながら、見栄を切って歩く
のが、なんとも愛嬌があった。

試合の前の応援合戦では、他校へ応援団長がゆき、他校の
応援歌(やあまもいかれば、ばんじょうの・・・)の先導をする。
エールの交換ということである。

この定期戦の宣伝として、2日前に、各校から、仙台市の中心街
の一番町にアピール行進として、応援団と在校生が練り歩くことで
杜の都の早慶戦として市民に親しまれている。
60~30年前までは、仙台一高在校生の行進は、高下駄と決ま
っていたが、履きなれなくて大変だった。

さて今回は東日本大震災後であり、自粛も考えられたようであっ
たが、開会式の挨拶で、当番学校の仙台二高校長が、被災にあわ
れた人々に元気をだしてほしいとの思いを込めて開催したとの
メッセージがあり、一分の黙祷のあと試合が始まった。

仙台一高が先攻、3回に1点、4回1点、仙台二高が3回に1点、で
試合は8回の裏になり、2点の追加点を得た仙台二高が逆転で勝った。

圧巻は、2回の裏の仙台二高の攻撃で、ヒットで、ホームに駆け
込んだ選手が、仙台一高のキャッチャ深堀駿君(3年、4番打者)に
アメフト張りに、体当たりしてきた。
深堀君(みどり台中)は飛ばされながらボールを離さず、アウトにした。
しかし、深堀君は動けず、その場に倒れたままだ。
深堀君を二三人で抱えて起き上がらせたのだが、一歩歩いては
ふらつき、またふらつき、6歩ほど歩いてその場に倒れた。
完全にのうしんとうを起こしているようだ。
マラソン選手がゴール前で脱水症状でふらふら歩く症状と同じだ。
5分間ほど、その場にいたが、立ち上がって、キャッチャーに戻った。
仙台一高の4番、中心選手である深堀君は責任感からプレーを
続けたが、指導の先生は、辞めさせるべきであった。
結果的には、次の回の打順で、一塁へヘッドスライデングしたあと、
2年生の岩波勇汰(東華中)にキャッチャを変わった。
審判は、このホームへのプロまがいの体当たりについて、高校野球
ルールの、危険プレーとしてペナルティーを科すことがあってもいい
ように思ったが、球場は一寸凍った。
その意味で、ぜひ仙台一高に勝ってほしかったが、実力的には二高
が今年は上である。
ヒット数は一高:二高=4:9であり、点数的には一高が健闘したと
いえる。
さらに、その理由は、仙台一高は津波で練習ができなかったにも
かかわらずである。
仙台一高は東北新幹線で東京方面から仙台駅に着く1分前に、右側
に見えるコンクリート校舎である。
しかし、野球部の練習場は、10年ほど前から、他のクラブとグランド
が取り合いになり、使用が難しくなったので、若林区荒浜地区で、
仙台東部道路に隣接した海側の場所をグランドに整地して使用し
ていた。
今回の津波でグランドに3mほどの津波が押し寄せ、壊され、グランド
が使用できなくなったためだ。

因みに、部室も流され、グローブもユニホームも無くした写真が入場口に

貼ってあった。

仙台二高は1年生でも、ユニホームに背番号(29番まで)があったが、

仙台一高の1年生(14名)には、背番号がなかった。

また、練習試合は仙台二高のグランドで行うなど、兄弟高校として、

切磋琢磨している仲間でもある。
入場無料であったが、野球部への募金活動が盛んで、入場口や
スタンドで行われていたので、千円一枚を募金した。

それにしても、青空の下、三塁側バックネット裏で電話のきた友達
と見ていたが、メールで連絡してきた同級生、応援団の吉田君、
私達の左のエース、中里君、体操部、県弁護士会長の森山博君、

元東校長で仙台育英高校の遠藤君などが顔を見せていたが、

3年前野球部主将の父であった浜田君は往診か姿が見えなかった。

元仙台一高の野球部監督石黒正敏君も宮城三桜高校(旧宮城第

三女子高校)から聖ウルスラ高校に第二の職場にて忙しくしている

ようで、いつもの顔が見えない。

去年の岩沼市出身の大沼投手はすごかったとうわさをしたのに。
立命館といううわさもあるが、長身、しなやかで、ダルビッシュの
ようでもあり、準々決勝で東北に1点差で負けたが、宮城県では
一番のピッチャーであったことは、今も脳裏を離れない。
甲子園の道は遠いな。

5月15日(日)午後4時55分から

定期戦はミヤギテレビで放映します。

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宮城県漁協ー村井知事の「水産業特区」、撤回を要望

宮城県漁協ー村井知事の「水産業特区」、撤回を要望5月14日

村井知事が提案した、民間企業が漁業に参入しやすくする「水産業
復興特区」に対して、県漁協の幹部が、県庁で知事に、「この特区
構想」の撤回を要望した。

知事の言い分は「主役は漁業者の皆さんで、特区は一つの選択肢。
」「現在の漁業では、資金の問題や高齢化、施設の近代化が心配。
民間と組むのも、一つの選択肢として提案した」と話している。
新聞記者に対しては「撤回はせずに、理解を深めてゆきたい」と
特区に意欲を示した。

漁協の経営管理委員会の木村稔会長は「撤回は1万6千人の組合員
全員の相違だ」と語り、今後の知事選挙に影響あることを匂わせて、
「民間企業は経営が良いときは良いが、悪くなると撤退する」と不安を
訴えた。
さらに「漁業者を協業化して初期投資を減らし、漁業を復興する」とした。
県漁協・阿部力太郎理事長は「知事は唐突すぎる」と憤慨している。

この問題は、知事が、政府の復興構想会議に独断で言っている「沿岸
の養殖漁業に民間参入を促す水産業復興特区」とする漁業商社化構想
に対して、漁業の経営再生は可能で、漁協は漁業のサラリーマン化に
反対だという構図である。

一方、村井知事は、三県でも財界より、復興税を、いの一番に提案し、
岩手県達曾知事と対立し、震災復興広域構想と、住民無視、企業から
の発想の発言である。
宮城県震災復興会議のメンバーはあえて宮城県以外の出身者で決
めたという発言など、関西系の人物、自衛官出身の顔が見えてきて
いることへの反発も、地域再生にかける住民の声として、日ましに増
えてきている。

この特区構想の課題は、宮城県村井知事がとったこの構想は、
水産業の当事者の漁業者、それを総括する漁協に相談していない事。
宮城県の漁協は現在14漁協程度であるが、それほど大きな組織で
はない。
なぜ、相談をしなかったのか。
宮城県は福島県と違い、地震と津波被害だけであり、現状復旧回復
は1~3程度、復興は3~5年程度でなされるであろう。
課題は、未来の宮城の姿を、地域の姿を、将来の目標を掲げて、
新しい宮城の復興をどのように成し遂げてゆくかである。
拙速はいけない。

現在もそうであるが、宮城県漁協の14支部の漁港を津波から守る
防波堤などの大規模施設、防災高台を築造し、14漁港に集約化する。
そこから、以前の小さな魚港にいけるようにし、漁業権を一部守りなが
ら、養殖漁業、海の牧場構想を、漁協単位の組織、民間企業にするか
、各県とも協議しながら、討議することが必要である。

討議もしない中での構想は、何んらかの裏の意図がありそうで変だ。
これに振舞わされる漁民は二重苦だ。
パフォーマンスはやめて、これからの県の震災復興会議に期待する。

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復興は放射能対策もー村井知事は県南の公表、対策を急げ

復興は放射能対策もー村井知事は県南の公表、対策を急げ。

5月13日

福島第一原発事故で放出された放射能漏れがあった。
直ちに人体に対する影響はあるのかどうかは、最大の関心事
であった。
国は直ちに、国立独立法人弘前大学(遠藤学長)に要請して、
3月17日には、郡山市、18日にはいわき市、19日には
相馬市、宮城県県南の丸森町で被爆調査を行っていた。

被爆調査フル活動ー弘前大学遠藤正彦学長、激励
http://www.mutusinpou.co.jp/news/2011/03/15580.html
弘前大学:遠藤学長は仙台市出身、ふるさとへ熱いメッセージ。
http://houohkai.com/act/act.html
遠藤正彦学長(73)は高校大学の同窓であり、陸上競争部の
先輩である。エピソードとして、ハンマー投げの三回転を後輩に
教えるのに、履いてきた革靴を一発で、おじゃんにしたという
つわもの伝説が代々伝えられている。

しかし、宮城県内では東日本大震災での内陸部の地震被害と
沿岸部の津波被害での壊滅的な崩壊で、放射能の事は、
眼中にいれてこなかった。
このブログでは原発事故から1週間目に、原発事故の長期化、
その収束過程と方法などを記いてきた。
最終的には約10年間で終息するであろうと見たが、国が隠して
いた第一号機のメルトダウンが公表せざるをとえなくなり、工程表
も見直ししなければならない状況にもなった。
さらに長期化が予想される状況だ。
 地震被害、津波被害は復旧の目鼻は立ってきたが、福島
原発事故での放射能拡散による影響被害は、国が公表を遅らし
ている関係で、表に出ないことが多く不安である。

その為に、国の報道資料を受けて、国の御用機関となっている
大メデア、特にテレビ報道に対して、私たちのように、インター
ネットを利用しながら、その虚実を、科学的根拠、実社会での
過酷な経験、実績を踏まえて、判断し、ブログ閲覧者に、一つの
参考意見としてみてもらいたく、書いてきた。

NHK特集 5月15日(日)午後10時

ネットワークで作る放射能汚染地図

http://blogs.yahoo.co.jp/atcmdk/53559819.html

福島県の子供たちの許容被爆線量高すぎるなど:
http://blog.goo.ne.jp/think_pod/e/141dc2b4806489fa4d13a95f1bcd91eb

大震災前は一日20人ほどのアクセスであったが、大震災後、
富沢中学校、避難所でのボランテア活動を一応終えた後に
、仙台市のライフライン情報、及び国、県、市町村、ボランティア、
津波、防波堤、地すべり、放射能など、自分の経験してきたこと、
その事例の私の見方を記くと、一気に一日1000人以上のアクセス
数に跳ね上がった。
現在でも一日1000~2000人以上のアクセス数があり、
感謝している。
私にとって、このブログが自分を立て直す切欠になった。

一方、団塊の日本人は、戦後、日本の高度経済成長、バブルを経て、
閉塞状態に陥り、価値観を変える必要に迫られていたが、
今回の大震災でとどめを打たれた。
日本人は変わらなければならないと思う。
大震災は東北3県だけの問題ではなく、日本人全員が、この宿命
を真正面から立ち向かう覚悟が必要だ。
そして、復興のあり方を通じて、どうしたら人間は幸せをつかめる
のか、話し合い、提案しあいながら、新しい社会を作っていきたい
とも思う。

そこで、今、気になっているのは、福島原発のこと。
放射能のこと。
宮城県南の放射能のこと。

丸森町放射線量の測定(沖縄大学)

http://www.youtube.com/watch?v=SALUz7FJr2A&feature=bf_prev&list=ULT-U7epeP2uk&index=21

仙台市への影響は。
夏になり、海からの南風で放射線量の拡散の広がり、その固まりが、
奥羽山脈にぶつかり、仙台市方面に落ちてくる可能性があるように
感じているからだ。
今後、福島第一原発から新たに放射能漏れがあった場合では、
宮城県南だけでないように感じている。
宮城県内でも、子供を持つ親が放射能の不安を増幅しつつある。
郡山市立小学校の運動会延期、福島市小中学校の校庭での遊戯
禁止。
20ミリ、10ミリ、1ミリシーベツと放射線量の基準値の安全性に
対して見解の違う学者群の右往左往。

そんな折、5月12日、白石市では、そんな不安から払拭する目的で
市いきいきプラザで市民公開講座「放射線と私たちの健康」を開いた。
会場は満杯の300人以上を数え、関心の高さが図れる。
文部省の校庭利用の目安は3.8マイクロ・シーベルトのこと、
日本人の平均0.43マイクロ・シーベルトの放射線を浴びていること
などである。講座を聞いた人は安心したとの声もあったが。
3.8マイクロ・シーベルト×24時間×365日=33.288ミリシーベルト

北海道がんセンター西尾正道院長は、緊急時以外、一般人の
自然界以外からの年間許容量は1ミリと考えるべきであると。
この数字は逆算すると、0.114マイクロ・シーベルトになる。

5月12日の各地の放射線量、福島市 1.57 郡山市、1.38
相馬市、0.49
  
丸森町金山小学校 0.440 角田市角田駅 0.348 
山元町山元IC   0.289  白石市役所  0.303

いわき市、 0.23 、会津市 0.15、 水戸市 0.102、 
仙台市 0.074、 仙台市太白区長町南3丁目(区役所)0.077 
東京新宿区 0.064 市原市、 0.046 静岡市 0.040 
盛岡市 0.024  
さらに将来のがんなどのリスクを考えると10ミリシーベルトは放射線
の影響を受けやすい(女の子)子供にとって絶対安全とは言えないと。
丸森町、白石市、角田市、山元町の学校の校庭では、放射線量が
一日中降っているので、この積算量は少なくとも、2.5~3.8ミリ・
シーベルト以上になると考えられる。
 人体は屋外に24時間もいないので、という学者がいるが、自然界
の表面には、蓄積されているのであるから、これに対して対処法を
どうするかと考えるのが正しい判断だ。
表土の入れ替えなど、対策を考えることも 視野に入れる時期だと思う。
なお、濃縮されやすい、水の流れの場所は特に注意が必要だ。

さらに、福島原発事故、1週間後のこのブログで書いた原子炉建屋から

の放射能飛散防止シート(東京ドームのシート形式のようなもの)の覆い

を設置し、東北内陸部への海風、南風に乗った放射能拡散防止のため

に特に早く設置すべきである。

以下に放射線についての記事を載せて起きます。
参考まで。

現在の放射能測定結果
http://df504.blog110.fc2.com/blog-entry-750.html

宮城県年間放射線被爆図
http://blog.livedoor.jp/kindannogenpatsu/archives/4643565.html

福島県放射線量推定マップ(平成24年3月11日まで)
http://agata107.ktkr.net/hinan/genpatu/2011/04/post-32.html
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/other/detail/__icsFiles/afieldfile/2011/04/26/1305519_042618.pdf

福島第一原発から80キロ放射線量モニタリング結果
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/other/detail/__icsFiles/afieldfile/2011/05/06/1305820_20110506.pdf

●福原愛ちゃん(22・仙台市出身)岸川聖也組との男子ダブルス、銅メダル

 34年ぶり、世界選手権大会で初メダルだ。

 福原愛ちゃんは世界ランク7位、 石川佳純8位、平野早矢香(仙台育英高)

 11位。

 女子シングルスは、福原は3回戦、石川、平野は4回戦敗退。

 今大会後の世界ランクの日本人2番目までロンドンオリンピックの出場

 できる。

 女子シングルスは石川は決定、福原も決定か。

 男子シングルスは岸川(23・仙台育英高)、水谷隼(20)決定。

 ロンドンオリンピック、愛ちゃん、佳純ちゃんがんばれ。

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神奈川県南足柄市ー放射能生茶葉刈り捨て、足柄茶回収

神奈川県南足柄市ー放射能生茶葉刈り捨て、足柄茶回収

5月12日

足柄市(福島原発から290キロ)  生茶生産者の方へ  
http://www.city.minamiashigara.kanagawa.jp/newsTopics/3534.html

食品衛生法上の放射性セシウム暫定規制値500ベクレル以下。
5月9日調査採取の生茶葉。
5月11日測定結果判明。
測定値 550、570ベクレル。ヨウ素不検出。 

なお、この調査はJAが民間の分析機関に検査を依頼した結果だ。
今年産の足柄茶は、6日に販売が始まったばかりだった。
出荷済みの生茶類は全数、回収中である。
農家はガッカリ。
なぜ。
飛んだ所に飛ぶ火。
ほうれん草では検出されていない不思議。
お茶の葉のカリウムが微量の放射性セシウムと化学反応したんか。

なぜ、神奈川県で放射性セシウムが基準値をオーバーしたのか。
南足柄市は神奈川県内でも福島原発から遠く離れ、県内の
最西部地区である。
箱根山の外輪山の北東側にあり、酒匂川の支流のひとつ狩川
を中心に市街地が広がっている。
北部は丹沢山地がそびえ、相模湾のある南から温暖な海風が
吹き込むために、年間を通して温暖な地域である。
富士山の伏流水に恵まれて、水のふるさととして、足柄山の
金太郎の里として知られている場所である。

今回の生茶は、立春から数えて八十八夜(5月1~3日)頃の
初茶であり、その茶は美味しく、八十八の「米」の縁起のよさ
もあり、飲めば中風にかからず、長生きができるといて、日本人
には一番なじみのある一番茶摘葉である。
 そして南足柄市の生産地は福島第1原発から約290キロ
離れており、県は「大気中の放射性物質の濃度が下がる中、
茶からなぜ検出されたのか、専門家の意見を聞いて原因を
調べたい」としている。
暫定基準値が2千ベクレルの放射性ヨウ素は、いずれも検出
されなかった。
 一方、静岡県は、同県御前崎市で2日に採取した茶葉から、
暫定基準値を大きく下回る微量の放射性セシウムとヨウ素が
検出されたと発表した。

さて、疑問に思うことを書きます。

1)ポイントは県は生茶の放射線量の検査をしていながら、科学的
  根拠による統計手法を行っていないために混乱をもたらした。

  今回も、茨城県の漁協が自主的に行った、こうなぎの放射
 線量の検査と同じように、JA生産者、供給者から民間検査
 機関に調査を依頼して、わかったことだ。
  この検査を受けて、後追いで、県が検査をするということだ。
 国に、東電に、気がねして県は検査をしなかったとも取れて
 しまう失態だ。

  消費者に対して、誰が一番信頼を得られる方法を取ったか。
  消費者はこの漁協やJAの責任者の取った対応に拍手を
  おしんではいけない。
   逆に、各県の日和見的な対応に対して、怒りをもって
  糾弾すべきである。
   県も知事を始め担当部長の責任を追及すべきだ。
  なぜなら、県、市のある課長クラスから話を聞くと、迅速に
  放射線量の調査を進言したのに、取り合わないことが多々
  あり、裏で国から県に対して圧力があったように感じたという。
  市民は市民サービスのために採用した公務員を、市民を
  裏切るような対応した公務員をやめさせられないことが、
  おかしいのだ。
  各県議会は、この付近の事情、放射線量の測定調査が
  遅れた理由を説明してほしい。

  
2)神奈川県全域を自粛要請すべきであるが。

  神奈川県では、南足柄市が最西部地区であるから、一般的には、
  神奈川県内が該当すると考えられるが、県内出荷自粛、停止と
  指示すべきであるのに、JA南足柄市、小田原市だけに限定した
  のがわかなない。
  お茶には一番大切な出荷時期、隣接地の静岡茶への打撃を極力
  少なくするようにする為県の判断に狂いが生じたとも考えられるが。
  ただし、正直者は馬鹿を見る行政指導はおかしいのである。

3)県は例によって枝野官房長官の真似をして「すぐに健康被害はない
  レベル」といっているが、お茶は毎日飲むものなので、すぐにでなく、
  10年後、30年後を見据えた判断がほしいところだと突っ込みを
  いれたくなる人はいるな。

4)放射線量値の問題。信憑性と資料採取方法の問題点。
  放射線量拡散予測シミュレーションからみても、各地の毎日の放射
  線量から見ても、概ね3月15日にピークをつけている。
  そして減少しているのになぜ今になって高い測定値なのか。
  測定方法が変で、魚は頭を下し、腸は取り除き、身だけを測定した値。
  野菜は水洗いしたあとで、洗い水測定する、という決まりだそうだが、

  変だ。
  この生茶葉も野菜のように水洗いでの洗い水を測定したのでは

  なくて、生茶葉を直接裁断してしてその中身の葉の資料を測定した、

  真面目なのデーターからのもので、測定方法がまちまちな変。
  乾かした荒茶からは5倍程のベクレル値を示すが、飲料では

  生茶葉の5分の1程度にベクレル値は低下する。

  どれを判断基準値にすべきだか、頭が痛い話である。

  八十八夜の新茶が飲みたいものだ。

  
 

5)若葉だから、放射線量を吸収しやすかったのかもしれない。
  生茶は一番茶で放射線量がオーバーしたが、放射線量がピーク
  時の3月16日付近では、まだ若葉は出ていない。
  一番茶の若葉が出てくるのは3月末から4月初めからであり、
  関東地方の放射線量は減少に向かっていた時期である。
  だから若葉には影響が少ないはずである。
  それなのに若葉に高い放射線量が検出されたということは不思議。
  一つの原因は、生茶葉は土壌から大きな影響を得ると考えると高い
  放射線量であることも、筋が通るように思うが、こじ付けか。
  もう一つは、若葉は柔らかく、表面がコーテングされていないので、
  放射線量を吸収しやすいようになっているからか。
  さらに、ヨウ素が検出されなかったことから、放射性物質の絶対
  量は少ないと考えられるが、若葉にはカリウム成分が多いので、
  放射性セリウムとこのカリウムが結びやすい性質がわかっている
  ので、化学反応が進んで、沈着したのかもしれない。
  毎日飲むお茶だけに、原因を追究し除去してほしい。
  

放射能はわからない。
しかし、科学の目で捉えて、判断したい。
今後、国が、適正に処理して、どのように収束されるのか、見ていきたい。  
 

参考に、これまで放射線量に関して、福島原発から遠くでも高い数値を
出すことがあると、拡散予測シミュレーションなどでわかってきたが、
4月26日の群馬県の牧草に関して、暫定基準値が300ベクレル以下
であるが、飯林市440ベクレル、前橋市750ベクレル、高崎市530
ベクレルの測定値が検出されて、大震災後、刈り取った牧草は乳用牛
と肉用牛に与えないように自粛要請がされているが、県は「人への
影響はない」としている。
これも、遠隔地まで放射線は空を浮遊して飛んでゆき、雨などで落ちて
局地的に高い放射線量を得る可能性を物語っている。
これは、遠隔地でも、放射能を浴びる可能性があるということで、屋外
ではマスクや、帽子はしたほうが良いということになる。
因みに私はマスクも帽子も付けていない。

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両陛下、被災地福島県相馬市へー雨の黙礼

両陛下、被災地福島県相馬市へー雨の黙礼 5月12日

東日本大震災が起きてから2ヶ月が経った昨日、両陛下は
7週間、毎週、連続になるが、関東地方の避難所を周り、先週は
津波被害地の沿岸部の宮城県、岩手県を訪問され、福島原発
事故と大地震と大津波の三重苦にあえぐ福島県を視察して歩いた。
福島原発地から40キロの放射能風評被害の相馬市の小浜地区
では雨の中深く黙礼をされた。   
世界中に対して、両陛下が原発立地の福島県へ訪問したことは、
放射能漏れの風評被害の沈静化に多大なメッセージになった筈
である。
漁師の人々には、こうなごの話題になり、まだなのでしょうねと
お声をかけておられた。
警備が大丈夫だと戸惑うほどのレンタカー3台だけの随行である。

連休中から、勝手に国会議員が被災地へ入り、大きな顔をして、
県や市の幹部を引き連れて、車を仕立てて大名行列で視察して
いる姿と余りにも対象的である。
こんな国会議員は、今後の選挙で絶対に投票してはいけない。
もちろんフィリピンでゴルフした三人に投票しないように呼びかける
が比例区なので直接投票できないが、その地区の民主党へは
投票しないことだ。
民主党はまさかこの御仁らを地区比例区に推薦はしないだろうが。

両陛下は、予定時間をオーバーさせながら、避難所を去るとき
「お元気でね、また」と(会いましょうね)挨拶されてお帰りになる。
個人的なことだが、現陛下が先の戦争末期に、日光へ避難されて
いたときに、亡き父も近衛兵であったので随行していったとのこと。

両陛下は、強いご要望の大震災視察見舞いを終えたので、
今後は、お体を大切に養生してほしいものだ。

渡辺健さんの呼びかけで、レオさまが呼応して、ユナイト・フォー・
ジャパンが完成。米国ハリウッドスターなどのメッセージを配信中だ。

渡辺健さん、雨ニモマケズ朗読
http://www.youtube.com/watch?v=hvFEffacY5g

ユナイト・フォー・ジャパン
http://www.uniteforjapan.org/u4j/index.html

突然、フジテレビ、とくダテの午前8時に女性の画面が映りだされた。
真鍋かほりさん(30)が、号泣している画面だ。
理由は早朝に、貧乏タレント、上原美優(24)の自殺したとのことだ。
種子島出身で10人兄弟の末っ子、去年母を亡くしたばかりだ。
真鍋かほりさんは、「上原さんは、恋人がいるが、わからなくなった、
と聞いていた。2日前に飲もうと電話したが、そのままになっていた
ことが残念だ」と、また泣き崩れた。
上原さんのブログでは、以前に自殺未遂の経験を書いていた。

東京に負けないよとも。

3日前には、結婚願望があったので、リアルな話として、

恋愛できないよ、と嘆き節を、からっと明るく書かれていた。
自殺は、知人が発見して、自宅マンションのドア付近であり、警察に
通報して、病院へゆく前に死亡が確認されたとのことだ。

がんばりやさんだからなのだろうか、この種の話は書きたくない。

もう一つのスポーツ新聞ネタのニュースで、
石巻市へ1週間炊き出しをした石原プロの渡社長が、炊き出しにゆく
前の3月末に、社長を退任していたというビックリしたニュースだ。
舘さん、神田さんも取締役を辞任していた。
会長の故石原裕次郎さんの妻、北原三枝こと石原まき子さんは24年も
経つので、6月までに、新しい体制を作ると発表している。
何があったのか知らないが、一つの時代がまた閉じたと言えよう。

さらに、震災後の日本から世界へ安全安心を発信したい歌手や

俳優の来日が期待されている。

近くでは、韓国のアイドルグループの来日が5月2週目から目白

押しだ。

女性9人組足長グループの少女時代が5月13日タモさんの

ミュージュックステーションに出演するために来日する。

KARAグループも来日が決定している。

男性グループも来日しているが、韓国の若い女性は日本の放射能

漏れの危惧から、来日反対の署名活動をしているらしいが。

しかし、いの一番に日本支援を表明したのは、レディー・ガガ(25)で

3月25日には義捐金として1億2千万円を寄付している。

さらに6月25日には、来日が決定している。

千葉・幕張メッセ 午後6時開演の出演のため。

「MYV VIDEO MUSIC AID JAPAN」は、日本から世界へ向けた

復興のメッセージを呼びかける目的のイベントだ。

AKB48がMCを務めることが決定している。

東京タワーも節電を要請されているなか、ライトアップを始めた。

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東日本大震災ー棚から宮城の俳人が落ちた

東日本大震災ー棚から宮城の俳人が落ちた

大震災から2ヶ月が経った。
午後2時46分、海を見て黙祷をした。

大震災、本棚から宮城県の俳人の句集が飛び跳ねた。

大震災後、電気が点き、蛇口から活き良いよく水が跳ね、1ヵ月後
仙台市ガスが回復した。
未だ、地下で当マンションと本管ガス管との接触部に切断箇所が
あり、それを、東邦ガス(名古屋市)が別ガス管を応急で対応して
頂、使用可能にしてくれたが、フレキシブルなガス管がむき出しに
設置されたままである。
共有部分の地震保険(5%)が降りたら、対処するのであろうが、
理事長を3回し、大規模修繕のときもそうであったが、ダイワハウス
の管理会社の対応が、今回は遅いと思うが、それだけ、被害が
少ないからということで、建設的な意見意外は禁句ししている。

なお、昭和56~57年以前建築で、仙台市の7回階以上の
マンションは約200棟あるが、このマンションに関しては、地震
被害が甚大で、退去命令をされているマンションも何棟かあり、
小学校の避難所に避難している人々が多い。
さらに避難所は小学校長の管理下にあるので、校長の力量に
より、差異があり、問題化されている。
宮城県小林伸一教育長は、全県へ同じような対応のできるような
避難所管理校長への決め細やかなマニュアルを提示し、簡単な
教習をしてあげるのも必要であるようだ。
一般的に校長も様々である。
運動会の全員一等賞的な発想にならないでほしい。

4月28日には地震保険、5%被害に該当し、約40万円の保険金
が入金されていて早くて、ビックリ、感謝である。
やはり避難所暮らしの人々には、100万円ほどの仮払いは早いに
こしたことはない。気分としてわかる。

去年嫁いだ娘夫婦が、仙台市役所勤務の関係で、仙台市地下鉄が
4日後の3月15日には運転が開始されたので、南長町駅に近いの
でガソリン不足もあり、富沢中学校の避難所から帰宅した日より、
我がマンションで寝起きし、勤務地へ5日間ほど通うなど、逆に婿殿
とは、海外旅行で一緒だけだったので、よい信頼関係ができた。
連休中は、東京から息子が帰省したが、震災見舞い物資が送られて
きた名古屋の娘さんとの関係が見えてきたりしたが、阪神・淡路
大震災を大阪の関西大学で経験していたとのことで、福島県や
茨城県産など北関東地方の風評被害の食料加工品も送ってきて
くれた。
 米は宮城県産「ひとめぼれ」10キロ×2袋であるが。
なかなか気の利く娘さんであるので、息子に発破を掛けたが、
名古屋に行ったきり、その後の様子は、未だ連絡がない。
金のわらじの娘さんだ。

仙台市のお店も開店が相次いだが、東日本で最大のショッピング
モール、ザ・モール仙台長町店(西友)が、建物の天井の崩落が
多く、修繕に時間がかかったが、紀伊國屋書店が4月28日に
開店で、全店開店の運びになった。
それはそれは、人手が、すごい。
震災を少しも感じさせない。
この光景を見て、日常の生活が戻ってきたと感じた。

さらに、連休中盤からは、大震災で被害が多かった家々や、何も
したくない人々も、正気に戻り始めたように感じた。
そんな関係で電話が掛かってきたりで、震災地の実情を知るために
も、いろいろ見て、お力仕事で、汗をタオルで拭き拭く、お手伝い
している。

連休中から仙台市の街騒が響よんでいる。

仙台市の至る所にある欅並木の新緑が匂ふが如きである。

この新緑に力をもらっている方々も多いだろう。

かみさんはいわき市小名浜へ。
九十歳に足をかけている両親を見舞いに、ここ5年間は1月の間
1週間は出かけていたが、大震災で行けなかったので、連休明け
、震災後、初めて顔出しをしている。
震災後、寝たっきりになりがちで、少し、認知症が進んでいるような

話をしていたが。

大震災で本棚から落ちた宮城県の俳人の句集も整理がついた。

  名前        句集
赤間悦子       紬
阿部みどり女     陽炎、石蕗
青山緑風子      松窓乙二句集 不忘の山
安達朝子       合津柿
石崎素秋       まぼろしの塔、まぼろしの塔Ⅱ、Ⅲ、
石崎径子       耳順
伊藤四郎       こほろぎ
岩田 涼       存在乃家、存在乃家Ⅱ
石母田星人     濫觴、膝蓋腱反射
市川雨好       遠郭公
岩井タカ        花旋風
伊東辰之丞      虫しぐれ
伊深登志子      夕陽旅立ち
牛島富美       日々の流れに
小笠原弘子      約束
岡本正敏       俳句の一会
奥田七橋       天声
大河原白告月    露白光
大槻利貞       白牡丹
小田桃晃       冷やし飴
柏原眠雨       炎天、草清水
柏原日出子      西瓜玉
川原寂舎       うたかた  琅玕
金子昌煕       新仙台平野 
菅野茂甚       藍の海
菅 美緒       洛北
角田夕花       夕桜
加藤邪呑       水曜日はどこでしょう
片野達郎       寒桜
北島白蜂子      意気投合、妻子が母子、 生きる顔、
             暁の視野
菊地乙猪子      魚雁、風の輪
京武久美       二月四日
久保田葵美      風姿、竹韻
小松雅朗        回廊、廻廊Ⅱ
小島花枝        鳴動
小熊座         小熊座二十五周年記念合同句集
小枝秀穂女      糸遊、蘭契
紺野武二       紺野武二句集
今野八重子      玉繭
寒河江桑子      広瀬川
佐伯 秋        白夜
桜井菜緒       帰雁、春雪
佐藤啓子       竹煮草
佐藤 伸、圭子    一本桜   
佐藤鬼房       名もなき白夜、風の樹
佐藤喜仙       壁炉
佐治英子       花時計
塩入田鶴        芒の山
庄子真海       カザック風土記
菅原洋々       広瀬川
菅原鬨也       曲炎、琥珀、飛沫、遠泳、祭前、
             宮沢賢治、宮城県の俳人群、
             十七音の世界、
須ケ原樗子      風の暦
士見敬志郎     父の景色
志賀白雪子     太平洋
原田青児       地の塩、北京、晩夏 薔薇園にて、
             ある晴れた日に、日はまた昇る
林友次郎       天帝
鈴木とき子      小判草
鈴木八州彦      樹の耳
高野ムツオ      陽炎の家、鳥柱、 雲雀の血、蟲の王、
高橋昭子       光の子
高橋彩子       if
高橋洋子       梵妻日記
千田稲人       無影燈
津山 類       秘すれば花
角田はる       火男
永野孫柳       砂時計、花筺
内藤さき       花野径
中島松涛      封人の家
中山知子       海
西山 睦       埋火、火珠
畑中次郎      威し銃
原田かほる     白原の過ぎ行くままに
松岡きよ       枝垂梅
松本利次      音叉
松本笹枝      大いなる未知
松本哲夫      牡蠣の海
守江点平      澄
森 優子      糸遊
蓬田紀枝子    青山椒、一文字、葉柳に、はんてんぼく
渡辺大年      寡黙
渡辺誠一郎    数えてむらさきに
渡辺吐石      厄日、
渡辺乃梨子    枯草、秘色
若佐歌子     流氷
山崎沖樹     余燼
矢持義峰     若駒
矢崎たかし    虎尾草
山田みづえ    忘、草譜、手甲、中今、野山、まるめろ、
           木思石語
横山たかし    手描地図

まだ、全国的と見られる俳人は床に落ちている。
全国的な俳人とは、NHKがらみで出演している人々であるが、
必ずしも、好きな句を作る人々たちではない。
俳句に関して、師系、先生の影響が大きい文芸はない。
芸術とは、師の影響をどのように克服し、自己独自の画風とか
芸風とか持つことが重要でキーポイントになるが、俳句は師の
影を踏まず、踏み込みもせず、その教えに従うことがよい関係
であるという伝統がある。
だから、俳句を読む続けると、誰の影響が強いか、十七文字
で、わかってくるようになる不思議さがある。
それがなぜか本当の所わからない。
大震災で俳句を作らなくなった人、作れなくなった人も多いらしい。
どうせ俳句では何もかわらない。
震災で、津波でもっていかれた人を考えると俳句を作るなどの
お遊びは、罪悪感さえ持つ。
私は震災俳句を100句ほど作っているが、真摯に俳句に向かう
気かけになったと思う。

ただし、いまだ行方不明者が約1万人もいる。

そして、今も体育館に遺体が置かれている。

★文字のなき紙一片や三月尽

大震災2ヶ月が経って、目が覚めつつあるように感じる。

滝俳句会は6月5日(日)場所はいつもの仙台市戦災復興記念館

が使用できないので、場所を太白区の仙台市野草園として、

大震災後、ミニ句会は別にして、初めての合同定例句会を開催する。

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福島原発事故ー2ヶ月後、やっと一時帰宅始まる

福島原発事故ー2ヵ月後、やっと一時帰宅始まる 5月11日

福島原発事故から2ヶ月が経って、防護服を着て福島県川内村の
警戒区域にバス5台に便乗しながら、2時間の一時帰宅が始まった。
また一時帰宅者には自己責任で帰宅するとの同意書にサイン
させている実態が判明した。
国の行政の恐ろしき企みを見ているような気がして憤慨した。
こんな状態にしたのは誰だと。
震災直後の、3月12日の原発のベント放出の遅れ、海水注入の
遅れによる国の人災的原因で、住民に避難生活をさせてしま
っているという反省がなされていない。

道すがら、葉の花畑や豊かな山菜が見られ、初夏の彩りに包まれて
いた。
特に10日、気温が25度Cにもなり、機密性の高い白い防護服
は暑く、息苦しく、汗ばんで目につけたゴーグルは曇った。
やりきれない思い出で、アルバム、写真や通帳、判子、権利書
などの書類、位牌、夏物衣類を透明な70cm四方のビニール袋
に詰め込んでいた。
その合間に、死んでしまった猫や犬を穴を掘って埋めてやる人々
もいた。
牛などの家畜も死んでおり、一部は放し飼い状況で生きている牛
もいた。
ただし、ペットの持ち出しは出来ないことになっている。

一方、動物愛護団体のNPO法人代表が、30キロ圏内で猫、犬
の捕獲して、救助する団体もあり、300匹以上を数えるという。
さらに3月29日からは大桃&麻木不倫バトルで有名な戦場カメラ
マン山際徹氏らが、犬、猫の救助活動を始め100匹以上を救助した。
これらの活動は、任意で自治体から目をつぶってもらいながらの
活動である。

2時間の一時帰宅の終わった午後2時過ぎ、無線に終了を告げる
連絡が入り、川内村の体育館の中継基地に戻ると、数人がかりで
住民の所持品や身体を念入りに放射線検査をした。
政府からは、いずれも、心配ないレベルと報告された。

しかし、同乗のマスコミ関係者の放射線量を見ると、区域外の福島
市内より、この警戒区域では放射線量が低かったという。
住民にとっては、国の保身のために避難を余儀なくされている
実態が浮かび上がってきた。
福島県のこの地区は、山間の集落が多く、2号機の放射能漏れの
3月15日、16日の風向き、降雨の原因が、地区ごとに違う。
一律に放射線量は決めての警戒区域選定であるが、これだけの
放射線量測定箇所と時間測定が可能になっているので、決め
細やかな放射線量マップも作成できるはずである。
それを国は是正をせずに、暫定的に決めた場当たり的な判定に
、一律的に決めているにしかない。
村長の嘆きの声が画面に映りだされている。
村長も今後のことがあるので、国に村の地区ごとの放射線量の
値を公表するように要請すべきであり、もし国が公表しないなら、
村で地区ごとの放射線量を測り、それを村民に公表する義務が
あると思う。それで村民と共に討議して、一時帰宅を合法的に
訴えることが必要だと思う。

少なくとも、川内村は、将来帰宅が可能な場所であるからだ。
しかし双葉町、大熊町の半径5キロ圏内は、現在の状態では
5年単位ほどの期間内の想定もできず、いつ帰宅できるか
見当もつかない。
今後は、川内村、葛尾村、川股村のような警戒区域とかを、
細分化しながら、交通の範囲、生活圏を総合的に判断して、
決め細やかに避難地区を縮小してゆく作業が必要になる。

役人目線でなく、住民目線の国の行政手法が求められている。

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宮城県「EMIS」脱退していたー「孤立病院情報」抜き落ち

宮城県「EMIS」脱退していたー「孤立病院情報」抜け落ち5月10日

SEIS(広域災害救急医療情報)を宮城県は、当然ながら導入して
いたが、浅野知事から村井知事に変わり、2年前から、年480万円
の接続料を出せなくして、予算削減を行い、2009年度から脱退し
ていた。
県議会は間違った仕分けをし、疑問を持たず、賛成多数で通した。
このSEISに入っていないのは、東北では宮城県だけだ。

このシステムは、震災時、各都道府県庁、災害拠点病院、緊急病院
がこの閲覧システムに現場の状況を、ネット経由で入力する。
それを閲覧した医師(DMAT)と各都道府県が、被災病院情報を見
極めて、被災時まぎわの緊急情報、災害の大小から被害者を
トりラージする判断材料、被災後の医療体制の確立などを、
効率よく計画立案して実施をするためのものである。
被災病院から入力された患者受け入れ情報、病院建物被災情報、
患者の殺到情報、ライフライン不可情報などを一覧で閲覧できる
サービスだ。
このサービスは、阪神・淡路大震災の教訓を受けて、国が整備を
進めてきた「SEIS」である。

大震災時、電気、通信が使えなくなり、インターネットが使えないので
あるから、県が接続料金が無駄になると判断したのかもしれないが。

今回の東日本大震災で、検証してみれば、被害が大きかった石巻市
、宮城県では、この被災情報システムに接続されていないので、
孤立病院がつかめなかった。

 震災発生から2日後の3月13日、石巻市役所に、ずぶぬれの2人
の男性がたどり着いた。
石巻市立病院の医師と事務職員。
「一階が水没し、入院患者170人が残されている」と救助を求めに
きたのである。
水が腰の高さまでありながら、道を約3キロ近く歩いて来たという。

 市役所もそれまで、病院の入院患者の安否を確認し対応する時間
があったのに、48時間、市役所が何もしないという危機管理の無さ
もあるが、このシステムが稼動していたらと思うと身につまされる。
 小さな病院では、低温障害で死亡、後々、病気の免疫力の低下
での疾病、みすみす放置しないですんだろうというくやしさ。

 すぐに石巻赤十字病院に連絡、集結してDMAT(災害派遣医療
チーム)が市立病院に向かった。
翌日、14日、約170人の入院患者は仙台市の病院などに無事搬送
されたが、約65時間孤立状態だった。
 宮城県の災害対策本部は災害発生直後から職員10人が無線など
を使い病院の被災状態の把握に努めた。
しかし、県という組織が、市から上がってきた情報から、対処する
組織であるので、本来の県の役目を果たしていないと思う。
市からの要請がなければ、何もしないのが普通として捕えている
感覚も問題である。
宮城県災害対策本部は宮城県ナンバー2の市の石巻市立病院でさえ
、状況を把握していなかった。
宮城県の防災対策計画では、本来なら、考えられない事態だ。

EMISに接続できないような、財源支出削減の危機管理は、宮城県
議会議員の議会討議の質の低さ、議員一人一人の危機管理不足
だと言われても反論できまい。
地域の要望には対して、住民の期待に応える議員は多くても、一般
的課題に対しては、県議会議員の事柄をイメージする力、本質を見
抜く眼がないといえよう。

 一方、国のDMAT事務局の近藤久禎局次長はEMISの病院一覧
を見ながら、DMATで手分けして孤立化を防ぐ努力ができたと。
しかし、岩手県と違って、宮城県ではその作業すら出来なかった。
岩手県は被災した病院で手が足りず、入力されぬ事態も一部はあっ
たが、活用はされた。

このことと同じような事態が、宮城県災害対策本部と各市町村との
間に横たわる連携ミスであり、それが顕著であり、多々あった。

その一例が、NHK災害特集5月7日(或いは6日)午前8時30分
からの番組で、石巻赤十字病院の医師達(50人)が、宮城県の
拠点病院として、手分けして、不眠不休で3日間ほどで、被災者の
状況を調べ上げた。
本来は市役所の役目であるが、人手がなく、このチームがまとめた。

 病院は被災者の病気を治療するには、被災者のおかれている状況
把握からはじめたので、被災地の食料状況、震災後10日間も経って
いる石巻市でも、食料物資が届かなく状態にあることに唖然とした。
石巻市役所に医師がゆき、調査事態を報告すると、石巻市職員は、
被災者の実数すら、把握しきれていなかった。
後でわかることだが、宮城県の報告では、石巻市は4万人の緊急
食料物資の依頼をしていた。
しかし医師達が把握していた食料物資を必要としている人数は7万人
であった。後にわかったことであったが。
 もし、石巻市から7万人の食料物資の要請があり、県が対応できな
い場合は、国が直接、石巻市へ物資を送るシステムが出来ていると
国は語っている。
宮城県は、石巻市からの要請分、4万人には対応できたので、国に
対して石巻市への物資の補給を要請しなかったという。

 番組では、宮城県の医療状況を徴収する会議が仙台市であり、
石巻市日赤、石巻市立病院の逞しい医師も出席しながら、食料物資
の現状を強く訴えた。さらに呼応するように、東北大学病院病院長の
方も宮城県の医療体制の不備を正して、食料物資の点も医療と
密接に関係のあるので、災害対策本部の物資担当者をこの席に
呼ぶように要請した。
ところが、この会の纏め役として宮城県の担当部次長が、議長として
にやけながら、まあこの会の趣旨は食料物資搬送などは考えて
いないという発言があってから、大学病院長は災害対策は現場を
みて判断すべしと鋭く追求し、紛糾したので、県側はあわてて、
番組テレビクル-を退席させた。
場面は消えた。
・・・・・・・・・
宮城県、あるいはこの会の纏め役の県職員は、一番肝心な情報が
漏れるのを恐れたのかもしれない。
つまり、災害対策本部は立ち上がっているが、その機能はされて
いないということを。
セクションごとに、会議を踊られているに過ぎない実態がはっきり
したと見るが皆さんは、どう考えるであろうか。
宮城県庁の各部の連携がうまくいっていない。
いつものセクショナリズムが横行している。
県職員は 異常時で、身に振るかかる炎を振り払うことのみに
きゅうきゅうしているようだ。
村井県知事は、マスコミに再三登場して、国に宮城県の窮状を訴
えており、いち早く県の災害復興会議を立ち上げて、県ビジョンの
作成を始めているが、政治的な匂いがする復興税に言及したり、
現在は改まったが、仮設住宅の用地に、県主導で行うことを明言
し、市町村に訂正するなど、地に足が着いていない。
 このブログにも記いたが、岩手県と比較すると、岩手県は盛岡市
隣接地滝沢村に物流拠点基地を4日後には開設して、国からの
支援物資の受け入れ態勢を整備した。
しかし、宮城県は、8日間経っても拠点化作りがなされていない。
石巻市に食料物資が届かず、15日後頃から何とか動き始めた感
がする。
自体は宮城県が危機管理体制が機能せず、遅すぎるのである。
仮設住宅も、岩手県高田市は8日後に、宮城県は仙台市のあすと
長町地区に18日後に初めて着工した。
村井宮城県知事の若さゆえの、パフォーマンス的動きはよく目立つ
が、県職員把握術に関しては、課題が多い。
案はぶち上げるが、実行が遅いからだ。
県職員は、村井知事の自衛官としての経歴から、危機管理能力は
高く、その知識は認めるが、本当に必要な統治能力に疑問を持っ
ているのである。
村井知事は逃げ場をいくらでもあるからと県職員は思っている。
関西人の顔がたまに出るのを県職員は見ている。

もう一度、EMIS(広域災害救急医療情報システム)を削減を提案
した宮城県知事の考え方、さらに宮城県議会議員の声も県議会内
で聞きたいものだ。
そして、今後も導入をしないのか、聞きたい。
国中が同じ条件で入力できるようにして、災害時は衛星システム
を活用し、必ず使用できようにしながら、導入すべきである。
さらに、テレビ番組クルーを退席させた県職員の対応を、県議会
で追求してほしい。
臭いものには蓋の発想が見られて、宮城県災害対策本部の本質
を見たきがして、いやな気分で過ごすのは私だけであろうか。

石巻市日赤医師と大学病院長の真摯な質問と、被災者目線の姿勢
に感動して記いた次第だ。

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震災支援ーうらと海の子一口オーナー制度

震災支援ーうらと海っ子一口オーナー制度 5月9日

いろいろな震災支援がある。

東日本大震災の津波で大打撃を被った宮城県塩釜市・浦戸諸島の
海苔・牡蠣の養殖魚師らが、復興をかけて
「うらと海の子一口オーナー制度」
http://www.urato-uminoko.jp/pc/project.html?mskey=24

を始めた。
一口1万円の支援金を募り、資材・設備費に充てる代わりに、
出資者に浦戸の海産物を送る。

制度は桂島のカキ養殖漁師小泉善雅さん(36)が県漁協浦戸支所
の賛同を得て、4月中旬からインターネットサイト「うらと海の子
再生ブロジェクト」を開設し、制度をPRした。
現在全国から2000口の申し込みがある。
「4島の漁師がみんな力を合わせ、必ず漁業を再生させたい」
と決意は固い。
支所の千葉真澄運営委員長(69)は「若者が再生を誓って
立ち上がったことがうれしい」と。
さらに「絶対成功させる」と。

皆様も、この再生ブロジェクトに支援を。
「一口オーナー」に申し込みをお願いします。

★暮の秋行きつゝ灯る定期船

★何人も星なる途中秋の暮

★夜なべして母縫ひてある襁褓かな

★ 早暁の橇曳く馬の気霜かな

★松島の光の中の冷し牡蠣

この松島が大震災の被害で、比較的少なかったのはこの浦戸諸島はじめ
八百八島の島々が大津波の防波堤になったためである。
浦戸諸島の桂島、野々島の海抜15m以下の家々はすべて全壊、流された。
その数は全世帯の60%である。

宮城県民にとって、桂島は、夏の海水浴場で一番の人気のスポットだ。
外海に臨み、海がきれいであるのが理由であるが、岬の突堤の形が夏の波
を遮断してくれて、やさしい波が押し寄せる家族遊泳のベストスポットだ。
定期船も通っており、春を告げる菜の花の咲く島々としても有名である。
また、あの菜の花を見たい。
子供とまた桂島へ海水浴へいきたい。
そして、島に住む皆さんと、笑顔で語り合いたい。

うらと海の子一口オーナー制度に申し込もう。
問い合わせ、申し込み電話番号 : 080-6023-2926

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ウィキリークス公電公表ー官僚が米国に「妥協するな」と

ウィキリークス公電公表ー官僚が米国に「妥協するな」と。5月8日

官僚が、普天間飛行場移設問題で、米に「妥協するな」とアドバイス。
 ウィキリークスにより、 米国公電の情報漏洩が発見された。
朝日新聞だけが、ウィキリークスより、米国公電の情報を買い取った。

公電情報がもし、正しければ、問題は、、日本の外務省・防衛省
官僚が米国に日本の実情の情報を流して、米国に寄与し、日本を
売っている事実だ。
ウィキリークスからの漏洩情報は100%真実だ。
さらに、なぜ朝日新聞だけがウィキリークスから入手した米国外交
公電の情報を買えたのか、買ったのか、流した意図がわからない。
菅首相は、ウィキリークスが非合法情報として、日本政府として
コメントも確認もしない方針だとした。

流出公電ー現在の総括、米軍グアム移転水増し問題など
http://www.dailymotion.com/video/xila9i_yyyyyyyyyyy-yyyy-yyyyyyy_news

日本政府・官僚の粉飾外交の姿が問題だ。
「ウィキリークス」が入手した米政府公電で、暴露される日本政府、
外務省、防衛省官僚の粉飾外交の姿。
鳩山政権の「普天間基地問題の県外移設に、検討は形だけだった」
と暴露した外交公電の公表。
日本民主政府が県外移設を言っているが、日本外務省・防衛省官僚
は「形の上だけ」で検討しているのでと、米国高官へ「妥協するな」、
「妥協すべきでない」と日本を売る密告の公電公表。
外務省、防衛省官僚は、どこの国の為に働いているのか。
 日本の外務省、防衛省官僚は、自分こそが日本を一番知っている

のに、日本政府はその忠告を聞く耳をもたない。
だから、米国は、その隙間を突いて、日本の官僚を手なずけて、
米国国益に値する政策を実行する手助けに使っている。
そんな官僚はいらない。
この点だけは国会で追及してほしい。
国会では、日本の週刊誌ネタで小沢問題や石井一ゴルフ問題で
週明けに質問するであろうが、この粉飾外交の姿を、官僚本人から
聴くべきである。
日本の国家のあり方に及ぶ問題である。
台湾2000万人から160億円もの義捐金を頂いた。
日本政府は、東日本大震災で義捐金を頂いた国々の新聞に、感謝の
メッセージを発した。
ありがとうというメッセージだけだ。

世界が一番関心のある今日的問題は一言もない。
フクシマ、福島原発事故の事だ。
原発事故の今後の取り組み方、
さらに、放射能漏れの影響の捉え方とその謝罪と収束方法など。
この原発事故の対応が書かれてない日本政府のメッセージは、世界に
失望と、日本の無責任さをアピールする場になってしまった。

日本の
日本人としての思想の軸がなければならない
原子力の平和利用に対して
原子力発電所に対して
エコエネルギーに対して
どのように考えるのか
その軸を世界に発信すべきだった

2001 9 11
2011 3 11
世界の価値観が変わった瞬間だ 

いまこそ、政治家が発信すべきときだ
東日本大震災の
実質的な地域の復旧計画を
世界を見据えた復興特区計画を
東北を世界に先駆けたエコタウン特区地域へと
東北を世界のIT基地特区へと
東北に金を投入する仕組みを創造せよ
東北を税金を納めなくてもいい地域にせよ
それが、いかに奇想天外でも納得するであろう
志があれば
夢があれば
希望があれば
政治家は語ろう

日本が、
日本人がどこに向かうのであろうか
人間のひとりとして
二本の脚で
大地に立つこと
大地の湧きあがる息吹を感じること
いまこそ
情熱が
実行力へ
かたちにする
チャンスだ

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平泉、HIRAIZUMIが世界遺産へ、小笠原諸島も

平泉、HIRAIZUMIが世界遺産(文化遺産)へ
小笠原諸島(自然遺産)も  5月7日 早朝発表。

★ 夏草や兵どもの夢の跡     (芭蕉)

★ 五月雨の降のこしてや光堂  (芭蕉)

★ 蛍火の昼は消えつつ柱かな  (芭蕉)

★ 卯の花の兼房みゆる白毛かな (曾良)

★ 光堂より一筋の雪解水     (有馬朗人)

平泉で詠んだ句です。

東日本大震災による平泉遺跡の損傷はなかったが、岩手県は
大津波の甚大な被害を受けた。
世界遺産へ勧告され、「内定」が決まり、観光客へのPRなど
東北を活気づける契機になることは間違いない。

世界遺産登録とは
1972年、ユネスコ総会で「世界の文化遺産及び自然遺産の
保護に関する条約」が採択された。
「世界遺産」とは、この条約に基づき、全世界の人々の共有財産
として国際的に保護・保全していくことが義務づけられている
「遺跡」や「建造物」、「自然」などのことである。
 「世界遺産」として登録するには、ユネスコ「世界遺産委員会」
において資産の内容が他に類例のない固有のものであり、
国際的に決められた判定基準に照らして「顕著で普遍的な価値」
があると認められなければならない。
また、その価値にふさわしい、有効な保存管理が手厚くなされ
ていることも、必要条件となっている。

平泉の文化遺産
平泉とその周辺には、国宝「中尊寺金色堂」や特別名勝
「毛越寺庭園」のほか、特別史跡「中尊寺境内」、特別史跡
「毛越寺境内附鎮守社跡」、特別史跡「無量光院跡」、
史跡「柳之御所・平泉遺跡群」など平安時代末期に奥州藤原氏が
築いた仏教寺院、庭園など多くの遺跡が現在まで守り伝えられて
いる。
 文化庁、県、関係市町では、「平泉の文化遺産」の世界遺産
登録を目指し、各種事業を推進してきた。

平泉の文化遺産の評価
平泉は、12世紀日本の本州北部において、仏教に基づく理想世界
の実現を目指して造営された政治・行政上の拠点である。
 仏堂・浄土庭園をはじめとする構成資産は、6世紀から12世紀の間
に中国大陸から日本列島の最東端へと伝わる過程で日本に固有の
自然崇拝思想とも融合しつつ独特の性質を持つものへと展開を遂げた
仏教、その中でも特に末法の世が近づくにつれ興隆した阿弥陀如来
の極楽浄土信仰を中心とする浄土思想に基づき、現世における仏国土
(浄土)の空間的な表現を目的として創造された独特の事例である、
と評価されている。
 それは、浄土思想を含む仏教の伝来・普及に伴い、寺院における
建築・庭園の発展に重要な影響を与えた価値観の交流を示しており、
地上に残っているものだけでなく、地下に残る遺跡も含め、建築・庭園
の分野における人類の歴史の重要な段階を示す傑出した類型である。
 さらに、そのような建築・庭園を創造する源泉となり、現世と来世に
基づく死生観を育んだ浄土思想は、今日における平泉の宗教儀礼や
民俗芸能にも確実に継承されている。

平泉と仏国土(浄土)
推薦書では仏国土(浄土)に関して次のように説明している。
 仏国土とは、仏の国又は仏の世界のことであり、菩薩の誓願と修行
によって建てられた国をも指すものである。
浄土は、通常、阿弥陀如来の極楽浄土のことを指すと考えられやすい
ですが、東アジアの仏教においては、絶対永遠の仏の悟りの世界、
高位や下位の菩薩の世界、凡夫と聖人とが同居する世界などが一体
として存在し、そのすべてを浄らかな仏国土(浄土)とすることができる
と捉えらてきた。
 特に、6世紀から12世紀にかけて発展を遂げた日本独特の仏教では、
現世に究極の仏の理想世界である仏国土(浄土)を実現できると理解
されました。
 平泉の建築・庭園及び考古学的遺跡群は、日本の自然崇拝思想とも
融合しつつ独特の性質を持つものへと展開を遂げた仏教、その中でも
特に末法の世が近づくにつれて興隆した阿弥陀如来の極楽浄土信仰
を中心とする浄土思想に基づき、現世における仏国土(浄土)の表現を
目的として創造されました。

ユネスコ憲章と精神と浄土思想
奥州藤原氏初代の清衡は、中尊寺の建立にあたり、「中尊寺供養願文」
において次のように宣言した。
 「古来、奥州では、官軍の兵、蝦夷の兵の区別なく、多くの者の命が
失われてきた。
毛を持つ獣、羽ばたく鳥、鱗を持つ魚もまた、数限りなく殺されてきた。
命あるものたちの御霊は、今、あの世に消え去り、骨も朽ち、奥州の土塊
となり果てたが、中尊寺のこの鐘を打ち鳴らすたびに、罪なく命を奪われた
者たちの御霊を慰め、極楽浄土に導きたいと願う。」

 これに対し、ユネスコ憲章には、「戦争は人の心の中で生まれるもので
あるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」との理
念が高らかに謳い上げられている。
憲章に示された平和希求の精神は、まさしく藤原清衡をはじめ、奥州
藤原氏が現世に実現しようとした浄土世界及びその基調になった浄土
思想と共通するものだといってよい。
  世界遺産候補である「平泉の文化遺産」には、平和を求める普遍的な
精神が深く息づいている。

平成23年度登録推薦資産
 平成23年に登録推薦を行う「平泉の文化遺産」は、次の資産となる。
1)中尊寺金色堂(国宝・重要文化財)、金色堂覆堂(重要文化財)、
  中尊寺経蔵(重要文化財)、白山神社能舞台(重要文化財)、
  中尊寺境内(史跡)
2)毛越寺境内附鎮守社跡(特別史跡)、毛越寺庭園(特別名勝)
3)旧観自在王院庭園(名勝)、毛越寺境内附鎮守社跡(特別史跡)
4)無量光院跡(特別史跡)、
5)金鶏山(史跡)
6)柳之御所・平泉遺跡群(史跡)

「平泉の文化遺産」を未来へ
世界遺産の目的は、地域の大切な宝物を人類共通の宝物として
次の世代へ引き継いでいくことにある。
 「平泉の文化遺産」を構成する資産の保護はもちろんのこと、
浄土思想を背景として周囲の自然環境と一体となって形成された
景観を確実に保全するとともに、持続可能な取組みを進めるうえで、
地域振興への活用も重要になる。
 「平泉の文化遺産」を未来に引き継ぐために、各資産と周囲の景観
を一体的に保全することを目的とした包括的保存管理計画を策定する
とともに、保存と活用に関するアクションプランを策定し、取組みを
進めている。

ちなみに、11件の文化遺産と3件の自然遺産合計14件は
http://sekaijapan.web.fc2.com/
①知床 (自然)
②白神山地 (自然)
③日光の社寺 
④白川郷・五箇山の合掌造り集落
⑤古都京都の文化財   
⑥古都奈良の文化財
⑦法隆寺地域の仏教建造物 
⑧紀伊山地の霊場と参詣道
⑨姫路城 
⑩石見銀山遺跡とその文化的景観 
⑪原爆ドーム(広島の平和記念碑)
⑫厳島神社
⑬屋久島 (自然)
⑭琉球王国のグスクおよび関連遺産群

一方、政府が推薦している遺産はほかに文化遺産の国立西洋
美術館(東京都)と自然遺産の小笠原諸島(同)があったが、
国立西洋美術館は今回は見送りになった。

正式には、来月、パリのユネスコ世界遺産委員会で決定される。

因みに、3年前に世界遺産登録で平泉とともに、松島も落選に

なったが、松島はあきらめた。

松島は生活の場であるだけに、漁業の制約や、景観の制約が

あるので、松島周辺住民の反対が多いことも落選理由であった。

今回のこの大震災、大津波で、世界的に松島の名前が上がったが

、惜しい機会を逸したという気になるのは私だけだろうか。

しかし、島が防波堤になり、比較的被害が少なかった、

日本三景松島は東北観光の核になって引っ張っていてほしい。

大橋町長に期待する。

被災地松島は、姉妹都市秋田県のにかほ市から、震災の日に

水運搬車や支援物資を送ってきたという。

理由は、奥のほそ道つながりである。

松島と象潟(きさかた)、表の松島、裏の象潟、

象潟は芭蕉が訪れた元禄2年(1689年)当時は、松島と同じように浅瀬の

海であった。

ところが享和元年(1801年)鳥海山の大噴火で、大地震がおきて、

象潟の浅瀬が5m程隆起したので、現在は、陸地であり、

稲穂が実る田んぼになっている。

島の部分は、今でもその形をと止めて、松が生い茂る特異の

景観を見せてくれている。

 きさかたの雨や西施がねむの花 当初句

 象潟や雨に西施が合歓の花  (芭蕉)

は知られているが、1987年象潟町(現にかほ市)と夫婦町、

姉妹都市提携をした。

夫婦町の経緯

 松島町と象潟町は、俳聖松尾芭蕉の紀行文『奥の細道』で

「俤 松嶋にかよひて又異なり 松嶋は笑うが如く 

象潟はうらむがごとし」とつづっているように、

往時から広く世に知られた対照的な絶景の地でした。

 また、約700年前、象潟町横町出身の谷(たに)女が松島町の

すでに他界した小太郎に嫁ぎ、その父母に孝養を尽くし、

一生を小太郎に捧げた『軒端の梅心月庵紅蓮尼物語』は

日本女性の鑑として語り伝えられており、松島町名物の

「松島こうれん」は紅蓮尼が残したものである。

 こうした地理的、歴史的背景によって両町は夫婦の如く存在し、

緊密に結ばれていることから、昭和62年8月1日に「夫婦町」

の盟約を取り交わしました。

 同日、紅蓮尼の生家跡である象潟町公会堂の前庭で、

紅蓮尼碑が建立されました。

 なお、「夫婦町盟約締結調印式」が8月1日に行われたのは、

芭蕉が象潟を訪れた元禄2年(1689)6月16日が、今の新暦で

8月1日頃に当たるためである。

にかほ市の温情に感謝する。

因みに、松島町は芭蕉(翁、おきな)を忍び、55回以上にわたり、

松島芭蕉祭全国俳句大会、11月2週目の日曜日に開催している。

第50回松島芭蕉祭、選者長谷川櫂、特選一席

 「暮れてなほ暮れゆく秋やみちのくは」   学

時には豊臣秀吉より伊達政宗が譲り受けた桃山様式の茶室、

月見の観覧亭に、屏風仕立ての短冊が飾られている時がある。

                           

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緊急告知ー5月7日(土)開演12:00仙台市4校が八木山ベニーランドで吹奏楽演奏会

仙台市は震災で演奏会場が使えない。

(公共施設は、7月以降しか使用ができない状態だ。

 全公共施設の天井が落ちたためである。

 これは建築基準法上、天井の留めかたが簡易な吊り天井で

 設計され、施工もボルトなど三点で簡易に留めれてている

 からだ。

 2005年の宮城県北部地震で泉区の焼却炉の付属施設、

 温水プールで天井が落ちた。

 設計はINAで設計会社とゼネコンの新しい枠組みのJV工事

 であり、設計、施工上、建築基準法上は問題ないが、天井部分の

 崩落は実際起きたのであるから、天井部分のの建築基準法上の

 見直しが叫ばれていた矢先の天井崩落でもある。)

そこで、ひとつ汗をかいたのが、ベニーランドである。

初の試みであるが、今日、若者の演奏が、震災の町に

元気を与えて呉れるだろう。

入園料だけで、演奏会入場、演奏が聴ける特典がある。

日 時 : 平成23年5月7日(土) 開演 12:00

会 場 : 八木山ベニーランド 野外ステージ (雨天時:レストハウス)

料 金 : 入園料が必要です。
       大人(中学生以上)500円、
       小人(3歳~小学生)・シニア(65歳以上)250円

参加校 : 仙台市立八木山中学校吹奏楽部
       宮城県仙台南高等学校音楽部吹奏楽団
       聖和学園高等学校吹奏楽部・チアリーディング部
       東北工業大学高等学校吹奏楽部

* 公開リハーサル 9:30~11:30の予定

* 12:00~13:30の本番開催予定

* 聖和学園高校・チアリーディング部も参加

因みに、仙台フィルハーモニィー管弦楽団もホームグランドの

青年文化センターが使用できず、6月までは、全国を活動の

場として活動中である。

 是非、仙台フィルが各地へ行った際は、暖かい声援と

ご来場して一聴して下さい。

弦楽器の厚味のある荘厳な響きに酔いしれるでしょう。

仙台フィル友の会員より。

● 4月17日のこのブログでひまわりと菜の花を植えようと

  訴えたが、鹿野農水省が動いた。

  福島第一原発事故での放射能漏れ事故による土壌汚染問題

  解決方法として、今月中にも、放射性セシウムなどを吸収する

  効果があるとされるヒマワリを、福島県飯舘村などの農地に

 試験的に植える方針を固めたというニュースが飛び込んできた。

 飯舘村の農地は土キログラム当たり放射性セシウムの値は

 2万891ベクレルで、農水省の設けた規制値5000ベクレル

 を6倍弱であった。

  秋にはナタネを植えて、それぞれ栽培のビフォー、アクター

  を調査するとのこと。

  調査の結果から本格的には、来年から東北、北関東に植える

  予定のようである。

  必ず、もう一度農業のできる農地にするのだ。

  北国は黄色い花に包まれるだろう。

  そして北国は黄色い花で生まれ変わるだろう。

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浜岡原発すべて停止ー菅首相要請、5月6日午後7時

  • 浜岡原発すべて停止ー菅首相要請、5月6日午後7時

政府、浜岡原発の全原子炉の運転停止を要請。
政府の圧力ではなく、あくまで要請だと経済産業相。

この発表と決定は、中部電力が原発をかってに作ったのではなく、
国が決定にかかわったのであるから、国が停止を決めるのは良い
とする。
ただ、中部電力に相談なしで、根回しなしに、決定としたのは、
いかにも、菅首相のようで、いつもの  「思い付き」であるとみる。
良いことでもあまりにも突然だと、変な気分だ。

これは海江田経済産業相が5月5日に浜岡原発を視察したさいに
中部電力社長の対応が生意気であると感じたことに始まる。
東電の福島第一原発と同様に、安全だ、安全だといわんばかりの
言い訳が気になったようだ。
津波対策も海側の土の堤防があるので、それを高くするという
だけの具体的図面がない。
あれだけの福島事故での影響があるのに、他山の石にしていない
発言にカチンと来たのは確かだ。

一号機、2号機は廃炉に向けて09年1月30日に運転終了である

が、、4号機、5号機は運転中であり、、定期安全点検中で
休止中の3号機を安全の確認が取れたら、7月から再運転をした
いとぬけぬけというものだから、その発言は、周辺住民100万人
の感情をさかなでた。
また、週刊朝日の各原発立地位置が、活断層帯にあるとのいつ

もの繰り返された記事を参考にしたようだが、今回は直接、身内の
静岡県連の民主党議員からこのままでは選挙ができなくなるとの
危機感が高じた結果でもあった。
「浜岡原発再運転反対」こそが、今の民主党議員の唯一の選挙
作戦であると離党覚悟で訴えたので、菅首相がパニック状態で、
「浜岡原発すべて停止」を発表したのが真相だ。
だから、思い付きだというのだ。
だから、海江田相は、浜岡原発運転停止で電力量が足りなくなる
ので、これから関西電力に連絡して、中部電力へ電力を分けて
もらえないかとお願いする予定だという発言になった。
場当たり的で、周りの大臣も辻褄あわせに右往左往である。

さて、4月28日のこのブログでも、南海トラフの三連動型地震を
指摘してきたが、今回の停止の決定を促したのも同じ理由だ。
 東海地震は駿河湾を震源とするマグニチュード(M)8クラスの
地震で、政府の地震調査委員会は、今後30年以内に発生する
確率を87%と想定する。
 フィリピン海プレート(岩板)が日本列島の下に沈み込んでひずみ

を蓄積し、高知県沖にかけて過去に90~150年周期でM8級の
巨大地震を起こしてきた。
 一方、最近では1944年に東海沖から紀伊半島沖を震源とする
東南海地震、46年にその以西の高知県沖の南海地震が発生。
この二つの地震で駿河湾付近は震源とならない「空白域」となり、
70年代半ばに石橋克彦・東京大助手(現神戸大名誉教授)が、
東海地震の切迫性を指摘。
以降、国は世界でも例のない予知観測体制を敷いてきた。
 しかし、近年の研究で東南海、南海地震と連鎖的に発生する可能性
が指摘され、従来の体制では予知が難しいことも指摘されている。
連動型地震だと東海地震単独の発生と比較して地震エネルギーが

増し、東日本大震災のようなM9級の可能性も否定できない。
 一方、中電は05~08年、国の耐震設計審査指針改定を先取りする
形で、浜岡原発3~5号機について、連動型の東海地震も考慮した上

で重力より大きな1000ガル(ガルは加速度の単位)の揺れ(設計段階
では600ガル)にも耐えられるよう耐震性を向上させる工事を実施した。
なお、新潟県中越沖直下型地震で柏崎刈羽原発は4000ガルを記録
している。設定が、想定が甘いとしかいえない。
 また、東日本大震災を受け、国から求められた緊急安全対策で、
中電は、想定波高は8mであるが、設計高さ12メートル以上の砂丘

型堤の背後に15mの防波壁を築くことや、非常用発電機の高台へ

の移設、電源車の確保などの津波対策をまとめた。
浜岡原発の前面の海には、福島原発と違い、前面に防波堤がない
ので、津波の力をまともに受けるため、土堤型の砂丘と防波壁15m

で波高だけを計算をしているが、防波壁の転倒崩壊が懸念される。
波力の計算がしっかり条件にいれなければならない。
つまり、直下型は4000ガル、津波は波力を見直して、構造物が
完成し、国民の合意が得られたら、再度、原発の再運転を、申請
するのが妥当である。

結論として、浜岡原発の中部地区発電力量は9%弱であるが、

中部地区の経済活動、トヨタ自動車などの生産活動に

影響はでるであろうが、浜岡原発全面停止は評価できる。

菅首相の唯一の英断である。

しかし、世界はこの突然の原発停止要請をどのように見るで

あろうか。

背後で専門家でどれだけの検討が成されたのであろうか。

場当たりの気がしてならないことが悲しい。

●敦賀原発も7日から停止

日本原子力発電は6日、1次冷却水の放射性物質濃度が上昇した

敦賀原発2号機(福井県敦賀市、加圧水型、116万キロワット)の

原子炉を7日に手動停止すると発表。

燃料の被覆管に微小な穴が開くなど損傷した恐れがあり、同社は

燃料を取り出して原因を調べる。

日本原電は2日、ヨウ素133と希ガスの濃度が前回測定時より

大きく上昇しているのを確認。

その後の測定でヨウ素131も約4倍に増えて高止まりしていることが

分かった。

数値は同社の原子炉停止基準を大幅に下回っているが、

福島第1原発の事故を受け慎重を期した。


参考

浜岡原子力発電所
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%9C%E5%B2%A1%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%89%80

http://www.chuden.co.jp/energy/hamaoka/index.html?cid=ul_me

   浜岡原発では、現在、4号機と5号機が運転中。
菅直人首相は記者会見で、国民の「安全と安心を考えた」措置であるとし、
万一、同原発で事故が起きた場合の甚大な影響を考慮したと述べた。
 首相は、文部科学省・地震調査研究推進本部によると、
今後30年以内にマグニチュード8程度の東海地震が発生する可能性は
87%と切迫した状態にあるとした。

浜岡原発すべて停止の記事
http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90920000&sid=a9ZniZKYxWuM

中部電力の浜岡原発の運転停止要請のコメント。
経済産業大臣より、本日19時に、浜岡原子力発電所の運転停止に
関する要請を受けました。
当社としては、要請内容について迅速に検討いたします。

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福島原発事故ー女性0~5歳児の甲状腺ガン発症リスク対策を急げ

女性0~5歳児の甲状腺ガン発症リスク対策を急げ

5月6日

放射線量拡散予測
http://matome.naver.jp/odai/2130151931164178701
http://bww.jp/dwd-simulation.html

何も知らされない間に、放射性物質は拡散していた。
http://getnews.jp/archives/113134

各地の放射線について
http://www3.nhk.or.jp/news/genpatsu-fukushima/houshasen/

東日本大震災:福島第1原発事故でHPに「放射能予測」公開
   ー遅い公開ー女性0~5歳児の放射能被爆対策を

 政府は3日、東京電力福島第1原発の事故で、公開していなか
った放射性物質の拡散状況を予測した約5000枚のシミュレー
ション(試算)結果についてホームページ上で公開を始めた。
試算結果は、実際に各地で計測された累積放射線量の分布状況
とほぼ重なる傾向にあり、政府の情報公開の遅れに対して改めて
批判が出そうだ。

 試算は、文部科学省が開発した「緊急時迅速放射能影響予測
システム」(SPEEDI)で実施した。
公開されたのは、ヨウ素など1ベクレルの放射性物質が原発から
放出され続けたと仮定した場合、風向きなどを考慮してどう放射性
物質が拡散するか予測した結果。
例えば、1号機原子炉建屋で水素爆発が発生した直後の3月12日
午後4時時点の試算結果では、北北西方向に放射性物質が広がる
様子が分かる。

★また、2号機の圧力抑制プール付近で爆発発生後の同15日
午後の試算結果では北西方向に放射性物質が拡散する状況が
うかがえる。
 福島第一原発の位置から北西へ(福島市方面へ)の放射線量
が高い値を出ているのは、この後の16日午前中の降雨で、空気中
の放射能が地上に沈着した結果と推測されている。
飯舘村、一部の川俣町などが避難区域対象になったのはこの
影響であり、この時点でSPEEDIでは、放射能漏れの人体に対し
ての影響が20mSV以上であることを想定できた。
つまり、この地区の住民を緊急避難させなければならないための
SPEEDI活用法であるのに、パニックを起こさせないようにとの名目
でそのデーターを隠匿していたことは、政府の犯罪行為である。

特に第一段階として女性の0~5歳、第二段階として女性6~18歳
までは、避難指示をすべきであった。
現在でも、国はこの地区のこの年代の女性を、特定し、放射能の
管理を行いことが必要である。
チェルノブイリ事故で、はっきりと甲状腺がんの発症件数が高い
データーを示しているのであるから。
いわき市独自で緊急配備したヨウ素剤は、いわき市への荷物の
運搬拒否という風評被害をもたらしたが、飯舘村などのこの地区
にこそヨウ素剤の配備が必要であった。

 SPEEDIの情報公開を巡っては、細野豪志首相補佐官が先月
25日の記者会見で全て公開すると発言。
だが1日夜になって約5000枚もの未公表の試算結果があること
が判明し、細野氏は2日の会見で謝罪した。
 謝罪の理由は、「SPEEDI」は事故直後の防災対策に役立て
られなかったことで大きな問題があったと認めるものである。
さらに放射性物質の拡散も市民にとっては高い関心事で、試算と
いえども隠さずに、説明を尽くしながらもっと早く出すべきだった
との反省からである。
政府の発表は遅い。自分で守ろう自分の家族。

正しい知識で、放射能被害から自分を守ろう。

文部科学省関連機関

文部科学省関連
放射線医学総合研究所(NIRS) (http://www.nirs.go.jp/)
日本原子力研究開発機構(JAEA) (http://www.jaea.go.jp/)
高輝度光科学研究センタ-(SPring8)(http://www.spring8.or.jp/JAPANESE/)
核物質管理センタ-(NMCC) (http://www.jnmcc.or.jp/)
原子力研究バックエンド推進センター(RANDEC) (http://www.randec.or.jp/)

日本アイソト-プ協会(JRIAS) (http://www.jrias.or.jp/)
原子力安全研究協会(NSRA) (http://www.nsra.or.jp/)
原子力安全技術センター(NUSTEC) (http://www.nustec.or.jp/)
放射線利用振興協会(RADA) (http://www.rada.or.jp/)
放射線影響協会(REA) (http://www.rea.or.jp)

理化学研究所(RIKEN) (http://www.riken.jp/)
理化学研究所-加速器研究施設(RARF) (http://www.rarf.riken.go.jp/rarf/index-j.html)
物質・材料研究機構(NIMS) (http://www.nims.go.jp/nims/)
防災科学技術研究所(NIED) (http://www.bosai.go.jp/index.html)
宇宙航空研究開発機構(JAXA) (http://www.jaxa.jp/)

海洋研究開発機構(JAMSTEC) (http://www.jamstec.go.jp/jamstec-j/index-j.html)
科学技術振興機構(JST) (http://www.jst.go.jp/)
高度情報科学技術研究機構(RIST) (http://www.rist.or.jp/)
若狭湾エネルギ-研究センタ- (http://www.werc.or.jp/)
医用原子力技術研究振興財団 (http://www.antm.or.jp/)

原子力公開資料センター (http://kokai-gen.org/)
科学技術館(SMT) (http://www.jsf.or.jp/)
サイエンス・サテライト (http://www.satellite.gr.jp/index2.html)
大阪科学技術センタ- (http://www.ostec.or.jp/)
きっづ光科学館ふぉとん (http://www.k-photon.com/)

むつ科学技術館 (http://www.jmsfmml.or.jp/msm.htm)
科学技術政策研究所 (http://www.nistep.go.jp/index-j.html)
核融合科学研究所(NIFS) (http://www.nifs.ac.jp/index-j.html)
高エネルギ-加速器研究機構(KEK) (http://www.kek.jp/ja/index.html)
国立情報学研究所(NACSIS) (http://www.nii.ac.jp/index-j.html)

体質研究会(HRF) (http://www.taishitsu.or.jp/hrf/)

--------------------------------------------------------------------------------

経済協力開発機構/原子力機関(OECD/NEA) (http://www.nea.fr/)
オ-クリッジ国立研究所(ORNL) (http://www.ornl.gov/)
国際原子力情報システム(INIS) (http://www.iaea.org/programmes/inis/index.html)

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東日本大震災とこどもの日

東日本大震災とこどもの日

★ 寝顔を見せにくる子ありこどもの日

東日本大震災で弟を亡くした宮城県の高校生が、「こどもの日」の
5月5日、震災で亡くなった子供たちのために鯉のぼりを揚げた。

http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4717463.html

揚げたのは、子供を表す青い鯉のぼり。
インターネットなどを通じて全国からおよそ200匹が集められました。
 「人の温かみが知れたし、亡くなった子供たちの供養ができて本当
にうれしいです」と5歳の弟を亡くた伊藤健人さん。
 5日は、鯉のぼりを集めるのを支援した和太鼓グループもかけつけ、
追悼の演奏をした。
この青い鯉のぼりは、来年以降も揚げられることになっているとのこと。

また、気仙沼市のデザイナー女史の声をインターネットで訴えたら、
約63万円の義援金が集まり、いろいろな思いを書いた鯉幟りが送れ
てきて、被災地の空に掲げている。
 毎年掲げる予定だということだ。
一年一年復旧、復興する姿を震災幟りとともに祈りたい。
震災幟りは秋刀魚もあればマグロもあり牡蠣もびらびら舞っている。
日本各地から被災地に声援と、こどもの日の鯉幟りが送られ、寒空
ながら元気に泳いでいる。
今年のこどもの日は寒い。

一方、「こどもの日」大地震から子を守るための発信が盛んだ。
幼い頃に地震の後遺症が、ずっと後になって出てくることがあると。
 仙台駅東口の広場北側に開業している精神科医の話であるが、
 21歳になって、就職試験で受けにいってから、突然強い不安に襲
われたといって医院を訪ねてきた大学生。
襲ってくる不安に耐えかねて、うつ状態になってしまった。
でも理由が見つからない。
 カウンセリングの結果、青年は、やがてその不安が5歳のときの
阪神・淡路大地震時の被災の恐怖に起因していることがわかったと。
 怖くて暗い外に出て、傍らの石にしがみついたこと。
からだが凍ったようになったこと。
 お母さんが箪笥に挟まれて動けなくなっったこと。
いつしか抱かれたり、手をつながれたりして、一人で知らない避難所
へ連れていかれたこと。
でも母さんは少年を迎えにこなかったこと。これなかったこと。
 この地震のことは、その後も忘れなかった。
しかし、そのときの恐怖と孤絶感の生々しい感情はいつしか封印し
てしまった。
その感情が、心の深部にずっとくすぶっていて、後になって本人の
心をかき乱し始めたのだ。
 少年は幸いいい先生のカウンセリングを得て、本人さえ分からずに
いた感情を見つけてもらい、それを外に出してガス抜きすることが
できたという。
そのことによって危機を脱して自分を取り戻したと。
 少年ような症状を最近ではPTSD(心的外傷後ストレス障害)と
呼んでいることはよく知られている。
少年自身まさかと思ったというが、どの体験が原因なのか、本人にも
分からないことがある。

東日本大震災は、地震のほかにその地震後の壊滅的な大津波から
逃げた恐怖と不安が、深刻さをもってくる可能性がある。
 ある被災地の保育園では津波の後、父母が迎えに来られなかっ
た子を、保育士が暖房の消えた真っ暗な部屋で、朝まで必死で抱い
ていたという。
この保育士の懸命の行動に心から拍手を送りたいが、親から離れ、
真っ暗闇の中で一晩いた子どもたちの恐怖は、何らかの形で後の
彼らの心に影響する可能性が考えられる。
 また、テレビなどで地震や津波のすさまじさを見るだけでPTSDに
襲われる子どももいる。
数%がそうなるという説もある。
その意味で今は日本のすべての子どもを対象に対応を考えねば
ならない時期になっている。
 PTSDを防ぐ細かな手立ては専門家の指示を仰ぐのがよいが、
国民として対応の原則をわきまえていることは必要だろう。
 基本は、子どもたちの不安な感情をできるだけ表現させてやり、
周囲の大人がそれを共感・共苦的に受けとめることだと思う。
 ある幼稚園で子どもたちが津波ごっこをしだしたので困ったという
保育者がいた。
しかし、むしろ子どもはたくましいとみるべきだろう。
 心の深部の不安や恐怖をそうした遊びの形で外に出し、昇華させ
ているからだ。
 震災のことを絵に描かせるアートテラピーなども同じ理由による。
泣く、わめく、すがる等、自由に不安を表現させてやる。
そうして、子どもたちが震災のことを冷静に過去形で語ることが
できるようになったとき、PTSDの危機はある程度免れたということが
できるであろう。
 ぜひ早急に、学校へカウンセリングの専門家を派遣すべきである。
宮城県教育委員会でもその体制をとっていると聞くが、現実的には
専門家が少ないという課題もあるようだ。
東京都から70人ほどの先生の応援を得られるようであるが、子供へ
はカウンセリングのために、退職養護教員の活用を考えるべきだと思う。

さらに、今実的課題は、福島原発事故からの放射能漏れの不安だ。
特に女の子の15歳児以下の持つ親に与えている不安は、計り
知れないがその心配は正しい。 
 福島県の調査では、県内小中学校の75.9%で年間5.2ミリシーベルト
(msv)以上の放射線量が出ている。
国が一般人の立ち入りを制限してきた値を超えており、放射能の蓄積は
明らかだ。
児童生徒は一刻も早く疎開させるべきなのに、政府は年間20msvを
基準にすることを決めた。
この「ヘン」は ブログに書いたばかりであるので、それを覗いてみて
もらいたが、薬害訴訟に見られたような毅然として民主党とは違い、
民主党政府対応が福島県のこどもたちに危険に落としいてている。
被災者のこどもを寄宿舎であずかるとか、集団疎開をするとか、
その時期は早ければ早いほうがいい。
こどもの日に、さらにその考え方を深くした。

 世界最大級の大地震と有史以来最大の大津波、世界最高レベル7
の福島原発の放射能漏れ、という三大災害の不安と恐怖の影響は、
PTSDでも経験のない世界へと突入している。

 「こどもの日」は子どもたちの幸せを願い、その健やかな成長を社会
が祈念する日として戦後制定された。
その趣意に沿った日になるかどうか、今年は格別な重みをもって
問われている。
単にお祭りで終わらせない意志と知恵が求められている。

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採用増やす企業倍増ー2012年春の新卒者採用

採用増やす企業倍増、2012年春の新卒者採用、5月4日

「採用増やす企業倍増」 2011年春の新卒者より企業は増やす
傾向がはっきりしてきた。
まだ、震災のために、経営環境が不安定であるので未決定は10%
だけで、企業は早くも、震災後の復興へのアウトラインを描いている。

2012年春、新卒者採用を増加する企業は以下のである。
自動車   トヨタ自動車、日産自動車、ホンダ、三菱自動車
電気    東芝、NEC,三菱電機
精密機械 キャノン
繊維・化学 東レ、三菱ケミカル、住友化学、花王、
鉄・非鉄  JFE、三菱マテリアル
ガラス・セメント 旭硝子、太平洋セメント
商社     住友商事、丸紅、
エネルギー 関西電力、出
光興産
食品     サントリーHD
流通     高島屋、セブンイレブン、ローソン、ファーストリテイリング
通信     ソフトバンク
運輸・住宅 JR東日本、積水ハウス
銀行     三菱UFG、みずほFG、三井住友銀行、りそなHD
リース    オリックス

各社の調査結果から、就職氷河期が和らぐ兆候がある。
この潮流は、新興国など海外経済の伸びを受けて採用増に踏み切る
企業が前年より多いことを示してるのであり、新規採用増会社は
軒並み、世界企業である。
日本の内需企業は反対に減少傾向は収まっていない。
内定を得られるには、この状態を見て、企業へのアタックが必要だ。
ただし、個人の希望もあるので、会社の中身をしっかりリサーチする
ことが必要である。
私の学生を採用する活動経験からすると、東北は各学校に企業の
リクルート小冊子を送って、希望学校を訪問して、就職担当者や、
例年学生を推薦してくれる各先生を訪問し、あらかた人物の推薦を
得るようにしていた。
また、その人物と学校で事前にあい、積極性、協調性、責任感など
を判断に、採用本部へ人物評価表を送付したりしていた。
基本は今年は東北地区では6人とか人数枠があったので、
就職採用活動中の10年間では、私が推薦して採用された人は
40人ほどで、100%近い数であった。
私は技術系の採用地区担当者ということであるが、技術系では
この傾向は変わらないと思います。
つまり、学力試験、一般試験、適正試験、面接などがありますが、
それは、会社が、後の採用者の傾向をしる資料となり、定着率など
を判断するためのものでしかない。

 また、同業会社を受験する場合は、同業会社の採用担当者同士
の集まりをもち、情報の共有化をされているので、何かある場合も
あり、落ちすぎる場合は業種の変更を考えるべきだ。

文系学生と比べて、技術者は積極的に、企業へ、企業担当へゆき
自分とあった企業を感じることが必要だ。
企業というより、研究方法や、技術の伝承方法や、技術者は企業
の色というより、その技術の、技術者集団の文化の点が会社への
帰属、貢献への、持続性に大きな関係があるからである。

一方、被災地の東北というより、東北の大学生は、一般的に就職
活動が遅い。ハングリーさがないからだ。
一般的には、技術能力、人物として東北の大学生は優秀である。
じっくりと学生時間を堪能しながら、勉強、サークル活動をしていら
れる環境があるからだが。
ただし、就職した会社により、将来の方向性が80%が決定される
ことは事実だ。
個人の優秀性に胡坐をかいているのも、東北の学生に多いことを
事実である。
自分が将来どうするかをしっかり捉えて、就職活動を楽しく励んで
ほしい。

今後の就職活動の方向性は、国際的な競争に対応する人材を確保
する動きが企業に広がっていることだ。
メーカーだけでなく、国内市場の成長が見込めない中、国際部門など
成長分野を中心に攻めの対応に踏み切るための人材採用という
側面を企業がもっていることを忘れてはいけない。

企業と一緒に歩む覚悟があれば、必ず就職ができるとの信念を基に
さあ、就活に励みましょう。

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ゆず仙台路上ライブーもっと元気にしたいと

ゆず仙台路上ライブ決行ーもっと元気にしたいと 5月4日

全国ツアー中の人気デュオ、ゆずが3日、仙台市の市民広場で復興支援の
フリーライブを行った。
ツアーは当初、3月26日=サンドーム福井を皮切りにスタートしたが、
震災の影響で会場が使えないなどの理由で、5月3日の仙台公演もやむなく
中止となった。
北川悠仁(34)と岩沢厚治(34)は「自分らの歌を楽しみにしていてくれたであろう
東北地方の方々になんとか自分らの歌を届けられないものか」とスタッフと
話し合って、フリーライブを決行した。
この日、地元のラジオ番組に出演し、ライブを告知して会場に移動した。
仙台市民広場に一時間の間に約3000人が一気に集まった。
ステージに2人は「会いに来たぞ~」と叫びながら登場。
「もっと元気にするんだ~」と熱く呼びかけながら進行。
絶対やりたい曲という「虹」「夏色」などこだわりの9曲を熱唱、また来ると約束。
13年ぶりの路上の原点に戻ったようで、新鮮な感動も二人は味わった。
お客様の笑顔が忘れない。
ともに幸せな時間をもった。

ゆずのオフィシャルブログ
http://ameblo.jp/senha-yuzu/entry-10880556050.html

12年前、仙台市へライブに来た。
それを聞きに、いわき市の高校生の姪っ子と友達が家に泊まったことがある。

今、その姪っ子は東京、友達はニューヨーク在住だ。
それから気にしていたアーチストだが、「栄光の架橋」

http://www.youtube.com/watch?v=ntMCQIa8wOs

「桜会」

http://www.youtube.com/watch?v=ajeC0773eX8

「Hey和」

http://www.youtube.com/watch?v=GuQYAu-ppis

などで昭和の匂いのする歌の数々で再認識していた。

さすが

あやぱん、高島 彩

http://www.youtube.com/watch?v=jCGKH2PGC-s

あやぱんの父 竜崎 勝

http://www.youtube.com/watch?v=19Il37XXz3s

悠仁君との関係は長いが、どうしたのか。

北川悠仁君の母

http://www.kannagara.or.jp/index.php

などいろいろ絡んで結婚は難しいものだ。

息子が連休中、東京から帰省していたが、

今日仙台空港から名古屋に嫁取りに向かった。
だらだらするなと発破をかけた性かもしれない。

●5月4日 祝日 みどりの日

 プロ野球 球場に20万人集める

 5月4日のプロ野球結果速報

 http://www.yomiuri.co.jp/sports/npb/results/

  

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福島原発事故の賠償ー国は電気料金値上げを容認へ

福島原発事故の賠償ー国は電気料金値上げを容認へ

福島第一原子力発電所の事故の賠償策を巡り、政府・民主党が
3日、東京電力が負担する賠償金に充てるため、電気料金の値
上げを容認する新たな仕組みが設ける方針で調整に入った。

 数兆円と想定される賠償金を支払う枠組みは、東電のリストラや
毎年の利益から捻出するのが原則だが、それだけでは資金が足り
ないためだ。
今回の枠組みで資金拠出を求められる他の電力会社については、
一定の電気料金の値上げを認める方針だ。

福島原発事故の賠償額の内訳のイメージは
東電の賠償負担+電力各社の分担金+国が一部負担
=東電のリストラ+毎年の利益で返済+不足分は電気料金値上げ

安易な値上げのないよう政府の厳しいチャックするが、標準的な世帯
の場合、月数百円程度の大幅な値上げとなる可能性がある。

現在の電気料金制度は、必要経費に一定の利益の上乗せを認めた
うえで、さらに燃料費の高騰や下落にあわせて自動的に料金改定
する仕組みだ。
 それを改めて、原発事故の賠償原資に充てる分を料金に上乗せ
できる制度を設けるか、電気料金の中に含まれている電源開発
促進税を増税して賠償金の支払いに充てることができるようにする
二つに方法が考えられる。
 電源開発進税は、建設費促進のために電力1キロワット時に
対して37.5銭が課税されているが、東電では標準家庭では月に
108円程度を負担している。
2010年は3300億円の税収があった。
政府・民主党は来週中に賠償策の枠組みを発表する予定だ。

国内の社債発行残高は約60兆円あり、うち東電の社債は最多の
5兆円に上る。設備投資などに充てる資金を、主に社債発行で
調達しているためだ。
原発事故を契機に東電を含む各電力会社の社債の利回りが上昇
傾向にある。各社の財務内容が悪化するだろうと見ている。

日本の電気料金は、地域独占から、甘えの構造がある。
だから、もともと割高、料金が大幅に上乗せされれば、工場などの
海外移転が加速しかねないとの懸念がある。
資産売却など冗費節電を徹底するのは、当然ながら、東電社員の
給料の2割カット、各電力会社のコスト削減を行なったあと、電気料金
の値上げを最小限に抑えるが当然である。

まあ私の家庭の月電気料金が7000円程度だから、一割の7百円位
のアップがあっても仕方がないかなとも思う。
それは甘いといわれればしかたないが、電気代に転嫁せざるおうえ
ないと思う。
電気供給はアメリカのよう私企業とした場合、価格の競争のあまり
カルフォルニア大停電のように2兆円程度の損害を一瞬のうちに蒙る
可能性があるので、電気供給は国策的でかまわない。
しかし、国は経済産業省の事務次官級を各電力会社へ天下りさせ、
その数も60人以上に上る。
さらに現在13人が各社にいる状態の馴れ合いでは、国民の信任は
得られない。
 この付近の是正もすぐに行わないと、電気料金のアップには納得
いかない。

以上が感情論的意見であるが、建設的な意見を記します。

第一段階に東電が被災者の皆様に賠償金の一時金仮払いを行う。

避難住民に対して、一時金として1世帯当たり100万円程度。

第二段階は東電の資産の凍結。東電は賠償金が支払えないと言って

いるのであるから、倒産状態であり、破産処理の状態を取る事。

また、東電は、福島原発事故で、株価が急落したので、資金不足を

防ぐ為に、銀行から2兆円の融資を受けている。凍結しないと

銀行からの借り入れを返済するためである。

銀行が東電は優良企業であるからと、今後の取引先確保として

銀行経営者が融資の判断をしたのであるから、経営者責任である。

因みに、日本航空の倒産処理と原則は同じである。

社員のリストラ、退職金ゼロ、株式、社債の紙くず化、等・・・。

第三段階は原発の存続か廃止かを決定する。

廃止の場合は東電資産の原発はコストだけになるので、収益に影響が

あるから、電力収支の決定には必要な事項である。

私的意見としては、新規原発を凍結しながら、既原発の安全性を

確認しつつ、計画年数の運転を継続する。

一方、電力量の減少に対しては、太陽、ハイドロメタンなど新エネルギー

に転換してゆく政策を考えている。

第四段階は日本の電力系を「発送電分離」にしてゆく。

10電力、Jパワー、原燃、の組織を、発電する機関と送電する機関と

に分けて、民間の競争企業に再配分する。

新ビジネスとして「スマートグリッド」により、遠距離電送中の現在の漏電

率20%を減らして、効率的な電力送電設置を可能にする。

世界と比べて高い電力料金の低減と企業の採算性に貢献する。

強いエネルギー大国を実現する。

これを実現するには、東電などの電力各社のメンバー、銀行筋が、

この意見に賛同する官僚を飛ばさないようにする仕組みを構築しな

ければならない。

東電は国がやれるののならなってみろと牙を向いている。

各電力会社総計は日本の民間投資の25%以上を占めている

大企業群である。

さらに、自民党は企業献金を、民主党は連合の投票マシーンと

結びつきが強く、政治的にも国を動かしている。

賠償金問題は日本の今後を占う課題である。

これに風穴を空けられるか。

日本の再生がかかっている。

●また、ソニーが情報漏れ。

 今回は約2500万人、合計で約1億人だ。

 4月16日から18日の「巧妙な手口」を5月2日に気付く。

 今後もソニーのシステムがハッカーの標的になる可能性が

 高く、情報管理体制の根本的見直しが迫られている。

 世界のソニーは夢の中の夢か。

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ビン・ラビディン殺害ーオバマは2期目を射程に

ビン・ラディン殺害ーオバマは2期目を射程に

5月3日

オバマ大統領、ビンラディン殺害について

http://www.youtube.com/watch?v=80XDfV5pxss

米大統領、ビン・ラーディン殺害作戦の映像を見守る

http://www.cnn.co.jp/usa/30002633.html

ビン・ラビィン隠れ屋で殺害

http://www.youtube.com/watch?v=UNw22hst7Rg

オバマ大統領、ビン・ラビィン殺害を発表

http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1105/02/news066.html

ロイター通信の世論調査結果は、殺害作戦に関して

正しい決断79%、正しくないは14%

オバマ大統領の「米国は安全になったか」は

思う は25%, 思わないは59%だった。

アメリカが殺害したウサマ・ビン・ラディン容疑者について、
アメリカ政府は、DNA鑑定などによって本人と確認したあと、
アメリカ軍の原子力空母から遺体をアラビア海に葬って水葬
にしたことを明らかにしました。

また複数の家族から採取したDNAを使って鑑定した結果、
100%の確率で本人と確認したと説明しました
アメリカ政府の高官は、イスラム教では、通常遺体は土葬で、
24時間以内に埋葬することになっているが、引き取ってくれる
国が見つからなかったため。
また土葬にした場合は、その埋葬さえれた場所が聖地になる
ためにそれを防ぐためでもある。

アメリカ政府とビンラビィンが居住していたパキスタン政府関係
については、2月28日にパキスタンでアルカイダ捜査機関の
米国人

SEALS

http://www.youtube.com/watch?v=19Il37XXz3s

CIA人員を拘束していたという微妙な関係にあった。

つまり、アメリカ政府は、今回の作戦にもCIAが参加していた
ようにビンラビィンとの連絡員の存在から、パキスタンに居住
していたことがわかっていたが、2010年、8月には米国政府に
報告されていた。
首都イスラマバードから50キロのアボタバードでパキスタン
の軍事基地や陸軍士官学校の近くの場所の豪邸に潜伏して
いたことから、パキスタン政府は匿っていたのではという憶測
を呼んでいる。
この急襲の40分の殺害作戦は、同盟国の韓国には知らせ
ていたが、日本や当事国のパキスタンには事後報告として
知らされた。
アメリカはパキスタン政府を信じていなかったからである。
当事国政府も蚊帳の外に置かれた作戦には「主権侵害」、
「作戦実行は正しくない」と前ムシャラフ大統領は米国を
批判している。  

一方、ビン・ラビィン(ビン・ラービィン)とは冷戦後に世界が
直面した「欧米対イスラム過激派」の対立構造の象徴する
ものである。

イエメン出身で、サウジアラビア国籍、父が無一文から建設業
を興して財閥を築いた。
大学では土木工学、経営学を専攻した。
1970年代、西欧化のレバノンに滞在中、イスラム過激原理主義
への傾倒を強める。
80年代、ソ連に侵攻されたアフガニスタンで「イスラム聖戦士」
と向かい戦う。つまりアメリカ軍についたわけである。
父の遺産240億円の財産を背景に、アルカイダを支援。
90年代、湾岸戦争でサウジが女性兵士も多い米軍の駐留を
認めると、「イスラムへの冒涜」と非難し、反米主義を強める。
98年には、「いかなる時も、米国人とユダヤ人を殺害するのが
イスラム教徒の義務」と宣言。欧米をテロの標的にする。
01・9・11後、米国のアフガン侵攻後、世界にジハード「聖戦」
を呼びかけた。
アフガンの旧支配勢力タリバンは、アル・カイーダから長年の
資金援助を受け、結びつきは強い。
だから、ビンラビィンの影響は、形となって、現在も、
「真のイスラム教徒」の思想が広がり、根付いているので、
新たなテロの報復も考えられ、欧米は最大の警戒を敷いている。

 この事態に、ウサマ・ビンラディン容疑者が殺害されたことについて、
ヨーロッパをはじめ、テロとの戦いに積極的に関わってきた各国は、
アメリカの作戦を一様に評価している。

 韓国はブッシュ政権下の01年の懸賞金2500万ドル、

 05年に5千万ドル(約40億円)が誰の手に渡るかで喧々諤々である。

 拘束につながる情報提供者に懸賞金は支払われる事になっている。

 一方、アメリカと敵対しているイランの外務省も声明を発表し、
「もはや外国の軍隊がテロと戦うという名目でこの地域に駐留する
必要はなくなった」として、アメリカ軍は直ちにアフガニスタンなど
から撤退するべきだ、という考えを示しました。
さらに、パレスチナのイスラム原理主義組織ハマスの指導者の
ハニーヤ氏は「アメリカによる抑圧でイスラム教徒とアラブ人の血
は流され続けている。

聖戦の戦士の暗殺を非難する」と述べ、ビンラディン容疑者を

英雄視するとともに、アメリカを厳しく批判しました。

さらに、日本では、菅首相は「対テロ、顕著な前進」と歓迎のコメント
を述べている。
さらに、米国と協調して「テロの戦い」に臨む姿勢を明確にした。
民主党の岡田幹事長は、政権交代後は海上自衛隊のアフガニスタン
給油活動を終了させた。
 自民党は米国同時テロを受けて、小泉首相は海上自衛隊をインド洋
に進め、米国のアフバニスタン支援をした。当時の福田幹事長は
「テロとの戦いの成果だ」語った。
公明党は「テロ活動を国際社会が結束して封じ込めていく大きな転機」
と評価している。
 一方、福島瑞穂社民党首は「報復が繰り返される危険性がある」と
米国を批判した。何を考えているのか、世離れている。
共産党は「司法の裁きを受けさせるべきだ」と米国の成熟していない
裁判事情を理解していないおりこうな発言である。

さて、ビン・ラビィンの死がもたらすものを考えてみる。

1.オバマ大統領の2期目が射程に。

  弱腰外交、財政再建、国民皆保険、不景気からの脱却など、
 支持率も50%をきり始めたところに、この殺害のニュースだ。
 2010年8月には、潜伏場所を特定していて、殺害作戦実行
 時期を模索していた大統領が5月1日という日を選んだ。
  アフバニスタンから米国軍が7月には撤去が始まるシナリオ
 がある。
 オバマ支持者は大学生が多い。5月中旬から夏休みになるので
 その前に「オバマ万歳」をさせて、帰郷させることにに意義がある。
 6月にフランスでサミットがある。サミット開催日に近すぎず、
 遠からず、「殺害の成果」が忘れられないほどのタイミングの日、
 それをオバマ大統領は見計らっていた。
 さらに「殺害の成果で世論は盛り上がるが、やがて下がることも
 予想して、9月の「01・3・11の十周年」でオバマ大統領は
 また、国民にテロ首謀者への殺害者、英雄として歓迎される
 シナリオを作った。
 最後のシナリオは、歓迎ムードの4月30日の最大の同盟国英国
 のロイヤル・ウエディングである。
 シナリオは出来上がった。
 その瞬間を縫っての、40分の奇襲、ビンラビィン殺害である。
 こんなシナシオの映画が放映されるであろう。

 オバマ大統領の2期目が射程距離にはいった瞬間でもある。

2.アメリカの裁判の脆弱さの露呈。

  逮捕でなく、最初から殺害計画であったビンラビィン奇襲計画。
 それは、裁判が厄介だということだ。
 民主化が進んでいるアメリカという幻想に目を奪われてはいけ
 ない。
 ビンラビィン被告人を仲間が「奪還作戦を行う危険」が常にあり、
 そのための社会的不安を払拭しておきたいためでもある。
 また、刑事司法文化をアメリカは持っていない。
 さらに裁判中、アメリカでのアルカイダ的グループを封じ込める
 ことの難易度が高い。
 アメリカの保守派(共和党)は今でも「オバマはイスラム教徒」だ
 といわれるイメージもあり、政治的に強いメッセージを与える
 必要があったともいえる。

3. 中東民衆革命ー世界の大いなる勘違い

  昨日のブログでも記いたが、
  欧米の空爆や外交圧力では中東諸国の混乱に終止符は
 打てない。
 民主化への長い道をアラブ人自身が歩んでゆくしかないのだ。
 民衆革命運動がアラブ世界に拡大するなかで、アラブ諸国の
 統治者たちは、彼らを支持してきた欧米の指導者たちも、
 途方にくれている。
 どのように行動すべきか。
 何を語ればいいのか、わかっていない。 
 この混乱の中にアメリカ政府によるビン・ラビィン殺害が行われた。
 各国の思惑が覗く。
 オバマ大統領は、エジプトなどの民主化進行が、アル・カーイダ
 のような過激思想を周縁に追いやることに期待をかける。
 もはや、中東などイスラム諸国の体制変革をもたらすのが、過激
 派の暴力や思想ではなく、民主主義の希求であることが示された
 からだ。
 イエメンはテロの温床が進み「第二のアフガン」といわれているが、
 反体制デモが民主化の波となってくるに従い、米国はそれに便乗
 しながら勢力の拡大を図っている。
 リビアでも、反政府軍に英仏ともども支援しているが、反政府軍
 にはアルカイダが潜伏しているので、武器の供与で迷っていたが、
 今回の掃討作戦でアルカイダの組織を把握して、その傾斜は
 独裁者カダフィ大佐への爆撃へ進むであろう。
 シリアについてもイラクへ交通路としても重要で、米国の軍事
 行動は明確に、政府軍への脅威になろう。
 しかし、今回の民主化の流れで国の軍隊組織は分断されているが、
 シリアは政府軍に軍隊が入り、殺戮を繰り返し1000人ほどの
 犠牲者もでている。
 アルカイダは組織がネットワークであるために、その掃討作戦は
 困難である。
 また、アル・カイダは民主化の波ともつながっており、進化しながら、

 潜伏して、だから特定して掃討するのは困難を極めている。

 パキスタンの国民が最初の火を付けるだろう。
 各国は、新たなテロの対策を行うことが重要である。
 気を抜いてはいけない。
  
 新たな世界の構築をじっくり見ていかなければならない。
 

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大震災中のー激動の中東情勢、リビア、シリア、イエメン・・・

大震災中のー激動の中東情勢、リビア、シリア、イエメン・・・

5月2日

●5月2日午後1時(日本時間5時)ビン・ラーディンを米軍が殺害。

 01年 9・11の米中枢同時テロの首謀者、ウサマ・ビンラディン容疑者

  を米軍がパキスタンの首都イスラマバード郊外の住居で殺害した。

 オバマ大統領が近々声明すると。

  グラウンドゼロに、ホワイトハウス前に、人々は集まり歓喜の輪。

 ただしアフガニスタンではアルカイダ系組織が刑務所から500人程が

 脱獄したばかりだ。

  新たなアルカイダ側からの報復が繰り返される可能性が高い。

  飛行機は注意。原発も注意。

  予断は許さない。

  摩天楼のビル、夜10時世界貿易センタービルへ飛行機が突っ込み、

  一時間後に、また飛行機が飛び込み、そのビルが1時間後に崩壊

  するという映像を見たときの驚きは今でも忘れられない。

  あの青空を背景にして。

  摩天楼より新緑のパセリほど  (鷹羽狩行)

東日本大震災からの復興に手一杯の日本であるが、この激動の
中東情勢が、日本を始め、米欧以外の国にとっても対岸の火であ
るとは言い切れない。
 特に震災中の日本は、この地区の石油情勢など、国際経済に
果たす役割は大きく、さらに、、地中海沿岸部の社会不安は国際
社会の構造変動を招く可能性を秘めている。
 そのためにも目が離せない。

5月1日にリビアのカダフィ大佐の息子の死亡が伝えられた。
チュニジア・デジプトから始まった独裁者の国外逃亡、民主化の
波が、リビアへ波及し、サウジアラビア半島のシリア、イエメン、
サウジアラビアでもこの民主化の波は広がってきた。

 このグログでも1月から始まったチュニジア、エジプトへの民主化
の波は、インターネットの普及が影響していると記き、その民主化
の潮流は、アラブ諸国への波及し、それが将来的には中国の
民主化の波になるとした。そして中国への波及は5~10年程度
であろうと記いてきた。

この民主化の流れは、国際社会の構造変動の流れでもある。
石油の埋蔵地区であるだけに、国際社会への影響も大きい。
また、米欧社会が構築してきた、世界的価値観も揺らぎつつある。
そこに大震災中の日本でも、しっかり世界へ目を見据えるべきで
ある。

 リビア・中東情勢をと国際社会の関わりを述べてみる。

第一は、米国と欧州諸国の間の意見と未調節である。
リビアへの国連決議に対して各国の思惑があり、纏まらない。
空爆については 米国は消極的、英仏は空爆も辞さない対応、
ドイツは空爆と飛行禁止区域の設定に懐疑的であり、まだ攻撃
に不参加。ロシア、中国は石油の利権から曖昧で不参加。

第二は、40年もの独裁政権のリビア、カダフィ大佐がしかけている
長期化戦術に対して、欧米のこの地域へのご都合主義的な中途
半端な姿勢がある。
 地中海沿岸部への民主化を本当に欧米は支援してきたのか。
1月からの北アフリカ沿岸部の民主化の流れに対して、3月初頭
から民主化を支援してきたにすぎず、「民主主義と繁栄のための
協定」を提案した。

第三は、欧米の手図まり状態に対して、BRICS(中国、インド、
ロシア、ブラジル、南ア)の影響力の増大がある。
4月の半ばに、中国で行われた第3回首脳会議は、ドル体制に
対する批判と世界の多極化への支持を鮮明にした。

以上から、チュニジアから始まった民主化の波は、近代以来の
米欧的価値観を是とする世界観に対するアンチ・テーゼの模索
が表面化しつつあると見ることができる。
 中東諸国反政府運動は単なる民主化要求ではすまない。
その根底には50・60年時代の帝国主義時代・米ソ冷戦時代
に抑圧されていた、これらBRICS地域の民族意識や独自の
価値観が屈曲した形で潜みながら、噴出しつつあるのだ。

日本人は、日本外交はこの国々の屈曲した根底の意識を感じ
つつ、大戦後、他国へ軍事行動をしなかたという中立の立場で
自由に言える。
大震災で世界の目は一時、 日本に目が向いた。
しかし、半年も過ぎれば、注目は失われるものである。

提言であるが、
この際、中国、ロシア、の多国軍の領海侵犯にも、毅然とした
発信をすべきである。
放射能漏れに関しても、世界へ正確な情報を発信すべきである。
日本外交が、岡田氏、前原氏で、硬直感のある対外外交から、
柔軟な外交への切欠にすべきである。
今回の大震災対応で見えてきた、世界と日本、日米安保を基軸
とした外交の深化を図る切欠にする。
軍事基地のある沖縄県民への日本国民の過剰な反応への是正。
閉塞感のあった経済への巻き返し、国際投資機関へ復興への
積極的投資・特区を促す政策など、わくわくするなどの元気のいい
政策ができそうだ。

「災い転じて福となす」である。

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余震M=8・津波備えー福島原発に仮設防波堤を

余震M=8・津波備えー福島原発に仮設防潮堤を 5月1日

このブログ28日付、「余震M=8近づく-原発に津波対策を」」と記した

が、すかさず、30日に東電福島第一原発の事故対策統合本部が、
「仮設防潮堤」の新設など、東日本大震災の《余震》に伴う
津波への対策を発表した。
 同本部は余震と津波について「工程を妨げる最大の脅威
として対策を急いでおり、7月までに完了させる方針だ。
ここで、本部が今後の余震状況を判断するのに、その余震に
よる津波の高さを推定するため、北海道大の谷岡勇市郎教授
らがシミュレーションした。

東日本大震災の際は、高さ15mを超える津波が同原発を襲った。
今後は余震としM=8級を想定し、M=8級の昭和三陸地震
(1933年)と同規模の地震が発生した場合、同原発には6~7m
の津波が到達した。
これにより東電は谷岡教授らから意見を聞き、津波波高を7~8m
と想定する対策をまとめた。

 この想定だと、津波が来襲したら、海に突き出た二本の防波堤
があるが、船の運航のために、北東方向に開かれている。
津波は今回と同様に、その南側の防波堤の港内側に入波して
その防波堤に沿って、波力を強め、津波の波高も高めるながら、
陸上部と平行の既存の防波堤南部へ突入する。
だから、想定以上の波力で、東日本大震災時の波の飛翔
(H=25~30m)が映像に残っている。
現在のままだと、余震M=8級で、津波の影響は、原発敷地の
南東側から標高4mエリアに侵入し、さらに遡上して標高10mの
エリアにあり、南側に立地している3,4号機の原子炉建屋周辺
までが1~2m浸水すると予測した。

参考に、福島第一原発地区の標高10mとは、海抜(海面上)から
平均高は9.1m高さで大潮時期は海抜8.2mであることを付記し
ておくが、津波高さを7~8mと想定したのは、良いとして、あの
原発を襲った時の、波の飛翔を見ればわかるように海に突き出た
南側防波堤の港内側で、陸上防波堤の南側部は、上記の波の
動きで、津波が大きく膨れ上がり、1.5倍程度の津波に襲われる
と想定されるべきである。
想定設計波高 H=8×1.5+(大潮時+1.8m)=13.8m
≒14m とするのが妥当だ。
4号機の原子炉周辺までは津波は1~2mとしているが、
津波は4m以上であるとするのがよい。

その津波対策は、仮設防潮堤を標高10mの敷地の南東側に
全長500mにわたって1~2mの高さで設置。石を詰めた籠状の
金網を積み重ね、間に水の遮断シートをはさんで津波を防ぐ。
6月中旬までに終了させる予定だとある。

これでいいのか。
少しなおざりすぎないか。
籠状の金網とあるが、昔から河川護岸部に使われてきた大型蛇籠で
、中に大きな石詰めたものである。
施工時は、現場から別の場所で製作し、現場にその蛇籠を運搬して、
クレーンで積み置くという方法で防潮堤をつくるということであろうが。
運搬車やクレーンの規模により違うが、一個、20~50トンクラスの
蛇籠の積み置きと考えられるが、その間に水の遮断シートではさむ
とあるが、シートは廃棄物場所を仕切る樹脂製のシートを厚くした
ものであろうが、一枚が広くなると、避けやすく防水効果は期待でき
ない。
高放射能現場の作業短縮施工方法をとらなければならにのである
から、困難な作業になるが、熟練工であれば間単な方法がある。

大型籠状の金網形式でなく、噛み合わせ型(へそあり型)、
長方形コンクリート「L5m×B3m×H1.5m」約50トンにすること。
その据付のコンクリート盤同士の隙間は(2~10cm)として、
そこに厚いT=20mm、幅B=1mの樹脂製のシートを埋め込める
ほうが堅牢になるし、現場施工性も良い。
高さも3段あるいは4段に、底辺は5列(15m)天端幅は3列(9m)
の防潮堤を二列配置し、津波の浸入を防ぐとよい。
 一方、敷地内の作業用トンネルや立坑を埋めたり、海上への
放射能汚染水の漏出を防ぐなどは、地盤に回転軸でセメントを
攪拌(DJM工法、CDM工法)しながら、止水効果を発揮して
地下水への浸透も防止するなどの方法は良いのであるが、
肝心な津波対策は、ちゃちでありすぎる。
港湾空港技術研究所などの専門家の意見を採用すべきである。
どうも公安院、東電、は出入りの業者の意見を聞く術を知らない
のかもしれない。
そして、東芝も出入りの業者の意見が反映されにくく、特に
津波に対しての対策は最悪である。
仮設防潮堤の設計を再考してほしい。

●福島第一原発吉田所長の発言、「やってられないよ」とは

 東電本部と電子会議中の話で、本部は、津波対策に対して

 防潮堤的なものを「土のう」を積めばいいというので、

 あまりにも、簡易、無知な対応方法に、あきれて発した言葉

 である。

 土のうとは袋に土を入れて1トン程度の重さにしたもの。

 土砂崩れなどのときに道路に置くもので、押されたりする

 力(地面との摩擦によりそこにとどめようとする力)には

 効き目がない。

  今回は少し改善されたようだが、大型蛇籠に石をいれたぐらい

  では、津波の力に対抗できないのも自明である。

  物体を一体化して対抗しなければ対抗できないので、コンクリート

  盤の一体化の設計をすること。

  その隙間を樹脂系シートを貼り付けて防水効果も発揮する工法

 にすべきである。

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