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宮城県知事へ首長ら不満続出、「遅い」「初動の不備」に

4月16日

宮城県知事へ首長ら不満続出、「遅い」「初動の不備」に

4月15日、東日本大震災で被災した首長らと村井知事が
「地域の復旧・復興のあり方」を話し合う会議が、仙台市
で開かれた。
 がれきの処理や仮設住宅の建設を巡って、県の対応が
「遅い」ことや、その実現性の乏しさへの避難の声が相次
いだ。
「がれきの仮置きの場所がないんだから、すべて県外に
お願いするなんて、夢みたいな話ではダメだ」と女川町長
は県の震災廃棄物の処理方針に対して、声を荒げた。
 23年分の一般廃棄物の量だとの県の説明、さらに
仮置き場の用地確保など、具体的案がなく、今後、市町村
と協議していきたいと他人事の如く対応に、住民の不満は
高まっている。
 一方、県内で3万戸を必要とされる仮設住宅の早期着工
を求める声を相次いた。これも事前のブログにも書いたが
、岩手県は陸前高田市で震災後8日に着工を開始したが、
(阪神・淡路大震災は4日後に着工)宮城県は17日後、
仙台市あすと長町からである。「遅い」のである。
さらに、会議冒頭から、村井知事は津波で浸水した地域
に仮設住宅を建設しない方針を改めて強調したが、
井口経明・岩沼市長は「理論上は正しいかもしれないが、
建設場所が限られている」と指摘した。
 結果としても「遅い」のだ。
首長からは着工が進まない現状にも不満が続出した。
 佐々木・美里町は「仮設住宅の手続きの権限を県から
移し、市町村で独自に対応できないか」と訴えがあった。
 つまり、県が予定場所を予め決定して、県の職員が
市町村の職員を、納得させるために、建設場所の打ち
合わせをする構図が見えてくる。トップダウン方式だ。
それが、リーダシュップの発揮だと勘違いしている。
 困っているのは、市町村だから、寝ないで地元の業況を
把握して、親身になって、建設場所は考えていたのに。
机上で津波の来る範囲を予想して作った案である。
市町村では、現実に今回の津波の来た場所、地形により
一様でなかった状態を把握しながらの、仮設住宅の場所
である。

 村井知事は、県の案を暗に、従えと言わんばかりの冒頭
の話であから、首長らの反発が当然ながら起きたのだ。
 県の職員は、県の予算でやるのであるから、市町村は
黙っていろという構図でもあるが、今回は、市町村も、住民
の声が切羽詰まっているので、おいそれと首を振れない。
 仮設住宅建設場所は、基本として、現場を知っている
市町村の案を基に、県がどれだけ、その場所を容認できる
かを探りながら、決定していくのだ正しい解決策だ。

 亀山・石巻市長は「県の動きはあまりにも遅い。いつまで
に何戸建設するという展望が示さない限り、被災者の避難
も進まない」と批判した。知事は「待ってほしい」とだけ。
この提言は正しい。
被災者の避難をどのように終結してゆくか。
避難場所の閉鎖をどのように早くするか。
普通の生活になれるように、どのように提案してゆくか。
その一つが仮設住宅の建設でもあるが、それだけではない
大切な、復旧・復興の道筋を提案しなければならない。
会議では復興に向けた今後10年間の県の指針「県震災
復興基本方針」(素案)が示されたが、市町村からは
「地盤沈下の問題について振れられていない。大津波の
備えについての記述に緊迫感に欠ける」(菅原茂・気仙沼
市長)などの意見が噴出した。
 この県方針はこの会議のために急造に拵えたもので、
津波については、岩手県と比べて津波の波高の認識の相違
が、白日の基に晒されたが、その低い波高に対しての防災
計画であった反省もなく、従来の津波対策の延長線上の
防災計画であったから、当然ながら反感を持たれた。
 稚拙すぎた計画はいらない。国が復興構想会議を作った
のに対抗しての案だろうが。復興構想会議が遅いという
アピールであろうが、このブログでも10日目には震災後、今後、
で「東北復興院構想」「仙台市副首都構想」を書いていたが、
「遅い」ということは頷けるが、自民党知事の顔が出すぎる
ことが多すぎるようだ。
 村井宮城県知事が、自民党谷垣総裁を直ぐに県内にいれ、
石原知事との連携をするように火葬場、避難場所の受け入れ
を引き出したが、自民党への肩入れ、政党色の色合いが
強いことは宮城県民にとって、許しがたい汚点である。
東北の他の知事との連携による、東北の復旧・復興を妨げ
ることに繋がる結果をもたらう。
菅首相も村井知事もパホーマンスすぎる。見えないところで
着実に仕事をしていることで、信頼は生まれるのであるから。

 一つの例であるが、1日2食に野菜がでる避難所がある。
七ケ浜町の5箇所の避難所だ。多賀城市との合併話を
キャンセルした人口2万人の町である。私の親戚の家も
海岸部であったので、津波に家を持っていかれたが。
震災後、町はすぐに、防災訓練の反省会からでた提言を
生かし、震災後のあり方を決めていた。
 食事に野菜が少なくて、体の偏重をきたす避難者が
多くなるということで、町職員の四分の一の人々が、震災後
1週間はこの野菜の調達にあたるシステムであった。
 30日にが過ぎた今でも、町内会などを中心に新たなリーダー
により、避難所での食事に野菜の提供がなされている。
 私が経験した避難所での4日間の生活でも、口が渇き
、唇が荒れ、野菜不足での体調不良をきたした。
防災訓練の知恵と、被災者の知恵と、地域の役場の知恵
を生かすことを、村井知事は学ばなければならない。

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