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ひな祭り

/ 庭に出て犬現れず/  ひな祭り   /

/ 草の上 / 目覚めてをりぬ捨雛  /

/ 人形を畏れて/ 雛を飾らずに /

/ 鈴の音の連なり合ひて / 春氷柱   /

/ 薄氷の / 欠片重なる岸辺かな  /

今日3月3日はひな祭りである。桃の節句ともいうが、旧暦3月3日、現在の4月だから桃の咲く季節だから桃の節句といったのでしょう。宮城県に住んでいると、小さいときには、なぜこの日が桃の節句なんだなんていうのが解らなかった。日本の行事はすべて、京都の季節にならっている。清水寺のお水取りの、お松明がテレビの画面に映っていたが、ああこれで春がくるなあと思ったのはわかるような気がする。青森県の八戸地区のえんぶりをみるとやはり春の匂いがする。笑いと鯛のめでたさで。土を叩いて起こすしぐさに素直にそう思える。

源氏物語の諏訪の巻に3月の上巳じょうし・の日にお祓いが行われ、人形を舟に乗せて海の沖合いに流すくだりがある。平安時代にも穢れを人形に付けて流す季節の神事があった。「ひいなあそび」(人形遊び)の習慣から、江戸時代では、江戸城の大奥で、将軍家の夫人たちが嫁入り道具として贅をこらしたひな飾りを持参したとのこと。それが武家の子女に流行したのでしょう。

大河ドラマ主人公、13代将軍、徳川家定の正室、篤姫の持参したひな飾りは東京・両国の江戸東京博物館に展示されているが、ひな飾りには女の波乱万丈の人生が刻まれているようである。だから好きな人も嫌いな人もいるのであろう。ちなみに内の娘は人形が嫌いであった。おじいちゃんが送ってくるといったらいやがった。おばあちゃんが紙のお雛さんを送ってきたが、興味がなかったみたいでまだ内にある。この頃はミネラルファンデーションに興味があるようである。

内裏雛は左右どちらに置いてもいいということである。つまり、京都式(古式)では天皇家にならって、我々に向かって右が男雛であり、東京式は西洋化により、大正天皇から左で即位したので、それに習い左が男雛である。

現在、ひな祭りは町おこしで使われている。先週の「いなかっぺ」の番組でみちのくのひな祭り特集をしていた。また還暦の女性のひな祭りを「還り雛祭り」として復活した柳川市やピラミッド型25段のひな壇のどを3万体の人形を並べた勝浦市なども名物になっている。蔵の町、村田町のひな祭りに集まってきている人々もいる。

今後春を告げるひな祭りはさまざまな趣向で残っていっていくでしょう。

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